国名 アンドラ公国
英語 Principality of Andorra
首都 アンドラ・ラ・ベリャ
独立年 1993年
主要言語 カタルニア語、スペイン語、ポルトガル語、仏語
面積 (千Km2) 0.5
人口 (百万人) 0.08
通貨単位 ユーロ
宗教 国民の大多数がカトリック
共同元首 フランス大統領及びウルヘル司教(在スペイン)
宗教
主要産業 観光業、サービス業、流通産業、金融業



歴史
(1)10世紀頃、宗主のウルヘル司教と、司教から封土としてアンドラを与えられていたフォア伯爵との間で統治権をめぐる争いが発生。
    その後、1278年に対等の封建領主権(徴税権、裁判権、徴兵権)を共有する「対等の宗主契約」を結び、
    両者はアンドラの共同領主となった。
(2)共同領主の地位は、司教側では現在に至るまで代々ウルヘル司教に引き継がれているが、
    フォア伯爵側では当時のフォア伯爵がフランス王(ブルボン朝初代のアンリ4世)として即位して以来、フランス国王に引き継がれ、
    フランス共和国となった後はフランスの国家元首(大統領)に継承されている。
(3)1993年2月、新憲法がアンドラ国会で可決、同年3月に住民投票で承認され、アンドラは国家として独立した。
    フランス及びスペインは同年6月1日に、アンドラ公国を主権国家として明示的に承認した。
    ただし、アンドラの国家元首は引続きフランス大統領とウルヘル司教(共同元首)。また、同年7月には、アンドラの国連加盟が加盟国の全会一致で認められた。

聖コロマ教会(Iglesia de Santa Coloma)
12世紀に建てられたロマネスク様式の教会。素朴な石積みの塔は、一つ一つ人の手で積み上げられたもの。
アンドラ公国最古の教会で、背景の山はピレネー山脈。



803年、フランク王国のカール大帝がピレネー山脈中においたスペイン辺境領の一つ、ウルヘル伯領を起源とする。
1133年、ウルヘル伯はウルヘル司教にアンドラの宗主権を譲り渡した。
1096年、司教はカボー家にアンドラの防衛を委ねる代わりに、代償としてアンドラの一部カボー谷の統治権を与えた。

カボー家の権利はカステルボー子爵との婚姻によって移動し、1208年にはフォワ伯家によって掌握された。
フォワ伯家はアンドラ全体の統治権を狙い、司教と争うようになった。事態の解決のため、1278年に両者を対等の共同統治者とする宗主契約が結ばれた。
1419年には最初の議会が設置されている。

フォワ伯の地位はブルボン家に渡り、1589年にアンリ4世がフランス王となったことでアンドラの宗主権を受け継ぐことになる。
1607年にはアンリ4世が、フランス王とウルヘル司教を共同大公とする勅令を出し、アンドラは公国となった。
なお、ウルヘル(Urgel)は、スペイン北東部、カタルニャ地方レリダ県にある町である。