国名 アゼルバイジャン共和国
英語 Republic of Azerbaijan
首都 バクー
独立年 1991年
主要言語 アゼルバイジャン語
面積 (千Km2) 87
人口 (百万人) 9.4
通貨単位 マナト
宗教 主としてイスラム教シーア派
主要産業 石油・天然ガス、石油製品、鉄鉱等
歴史
BC4世紀  コーカサス地方のアルバニア人が独立王国を設立。 
3~7世紀 アケメネス朝ペルシアの支配
7~10世紀 アラブの支配
11~13世紀 セルジュク朝 (トルコ) の支配
13世紀 モンゴル帝国に編入、イル・ハーン朝の支配
16世紀 サファヴィ朝 (イラン) の支配下に入り、シーア派を受容
1813年~1828年 ロシア・イラン戦争の結果、ゴレスタン条約とトルコマンチャイ条約により、
  北部が、ロシア領アゼルバイジャン、南部がイラン領アゼルバイジャンに分割された。 
1918年5月 アゼルバイジャン人民共和国独立宣言
1936年 アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国としてソ連邦に加盟
1991年8月30日 アゼルバイジャン共和国独立宣言。12月21日、独立国家共同体 (CIS) に加盟
1992年3月 国連加盟






ナゴルノ・カラバフ共和国(Nagorno-Karabakh Republic)
旧ソビエト時代はアゼルバイジャン内の自治州だったが、1992年、独立宣言。
自称「独立国家」であり、承認している国は、アルメニアのみである。

アルメニアの首都エレバンのキリキアバスターミナルから、ナゴルノ・カラバフの首都ステパナケルト(Stepanakert)まで約7時間。
アルメニア高原の東端に位置し、標高2000メートルの高地にある。
写真はステパナケルトの名所「我らの山」(We are our mountains)





アゼルバイジャン共和国は、国土内にナゴルノ・カラバフ地方を含み、南西方に飛び地としてナヒチェヴァン自治共和国(Nakhchivan Autonomous Republic)がある。

国土は大カフカズ山脈東部、クラアラクス低地、小カフカズ山脈と山麓高原などから形成される。
山脈の影響で気候は多様であるが、中部、東部は乾燥した亜熱帯気候で、夏の平均気温は 27℃。
半砂漠、ステップ地帯に属し、高山草原が多く、山地斜面に広葉樹林がある。

住民の 80%以上がアゼルバイジャン人で、そのほかはロシア人、アルメニア人などが占める。
公用語はアゼルバイジャン語。アゼルバイジャン人はシーア派イスラム教徒が多い。

古代では、アケメネス朝ペルシア帝国の支配下にあり、7世紀のアラブの征服により、イスラム化した。
11世紀以降、セルジュク朝の進出で、しだいにトルコ化し、13世紀にモンゴル、15世紀にトゥルクメン人の支配を受けた。
16世紀には、オスマン帝国とサファヴィ朝との係争地になった。その後、イランに服属。

第一次ロシア・イラン戦争の結果、1813年のゴレスタン条約でアラス川以北のアゼルバイジャン北部はロシア領となった。
北部は、ロシア革命直後の、1918年、一時独立を達成したが、ほどなくソ連に併合された。
1991年、ソ連崩壊で、北部は独立を回復した。

独立後は、アルメニアとナゴルノ・カラバフ地方 (住民の大部分がアルメニア人) の帰属問題で武力紛争が続いている。
(ナゴルノ・カラバフ問題 )

天然ガス、石油、明礬、鉄鉱、銅鉱、岩塩、鉱泉などの資源に恵まれ、それらの採掘業が発達している。
工業部門では石油精製、鋼管、アルミニウム、機械 (石油工業用設備) 、化学 (硫酸、合成ゴム) 、繊維 (絹糸、綿織物、絨毯) 、食品 (ワイン、ブランデー、缶詰、茶、水産物加工) 、たばこなどの工業が主要工業である。

農業は灌漑農業が発達し、クラ川、アラクス川流域を中心に綿花、野菜、ブドウ、チャ (茶) 、タバコ、柑橘類の栽培が盛んで、養蚕も行なわれる。
山地ではヒツジの放牧がみられる。
交通は鉄道、海運が中心で、カスピ海の大港湾都市であるバクーはまた陸上・航空交通の中心でもある。