国名 ベルギー王国
英語 Kingdom of Belgium
首都 ブリュッセル
独立年 -
主要言語 オランダ語、仏語、独語
面積 (千Km2) 31
人口 (百万人) 11.2
通貨単位 ユーロ
宗教 キリスト教(カトリック)が大勢
主要産業 化学工業、機械工業、金属工業、食品加工業




歴史
BC6世紀 ネーデルラント北部にゲルマン人、南部にケルト人(ベルガエ族 Belgae)が居住。
BC1世紀 南部がジュリアス・シーザーに征服されてローマ領に。
5世紀 フランク王国の支配下に。
9世紀 フランク王国の分裂に伴い、スヘルデ川(Scheldt)以西が西フランク、以東が東フランクに編入された。
11世紀 イングランドから羊毛を輸入して加工。毛織物工業が繁栄。
14世紀 ブルゴーニュ公国の支配下に。
15世紀 ハプスブルク家の支配下に。
1556年 スペイン・ハブスブルク家のフェリべ2世の支配下に。
1568年 オランダ独立戦争。(-1648年)
1579年 北部7州、ユトレヒト同盟結成。南部10州は脱落。
1581年 ネーデルラント連邦共和国(1581-1793年)。南部10州(南ネーデルラント)は、スペインの支配下。
1602年 東インド会社設立
1609年 スペインと休戦条約。事実上の独立達成。
1618年 三十年戦争
1648年 ウェストファリア条約。ネーデルラント連邦共和国の独立正式承認
1652-1654年 第1次イギリス-オランダ戦争
1665-1667年 第2次イギリス-オランダ戦争。ニューネーデルラントが奪われる
1667-1668年 南ネーデルラント継承戦争
1672年 オランダ侵略戦争
1688年 名誉革命。ウイリアム3世がイギリス王となり、妻メアリ2世と共同統治。ネーデルラント連邦共和国はイギリスと同君連合。(-1702年)
1701年 スペイン継承戦争。
1714年 ラシュタット条約。南ネーデルラントはオーストリアの支配下に。
1793年 フランスに占領されネーデルラント連邦共和国消滅
1795年 フランス軍がこの地域を占領してバタヴィア共和国を建国。
1799年 オランダ東インド会社解散
1806年 ナポレオンによってバタヴィア共和国は廃され、ホラント王国が成立。弟ルイを国王とする。
1810年 フランスの侵攻により、ホラント王国が併合される
1815年 ウィーン会議で、フランス領ネーデルラントが、南ネーデルラント(オーストリア領ネーデルラント)を獲得。
立憲君主制のネーデルラント連合王国となる。(1815-1830年)
1815年 ウィーン会議で、ケープ植民地、セイロン島をイギリスに割譲。
1830年 7月革命の影響で、ブリュッセルで武装蜂起。ベルギー独立。永世中立国宣言。産業革命
1885年 レオポルド2世がコンゴの領有宜言
1884年 ベルリン会議。コンゴ自由国建設
1908年 ベルギー領コンゴ成立
1914年 第一次世界大戦。ベルギー中立国。ドイツに占領される。
1923年 ルール占領
1939年 第二次世界大戦。ドイツに再び占領される
1945年 国際連合加盟
1951年 ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)加盟
1993年 ヨーロッパ連合(EU)加盟。本部、ブリュッセル


ブリュージュ(Brugge)
古都ブリュージュは、ベルギー西部、ウェストフランデレン州の州都。
北海に注ぐライ川が形成したズワイン三角江の船着場に、9世紀初代フランドル伯がノルマン人侵入に備えて建設した砦を中心に形成された。
11世紀頃からフランドルの毛織物業を背景にしだいに発達。

13世紀までにイギリス産の羊毛を一手に引き受け、ヘント、イープルとともに、ハンザ同盟の商業中心地の一つとなり、14世紀に最盛期を迎えた。
町並みは中世の面影を残し、マルクト広場を中心に 47の鐘をもつ鐘楼 (13~15世紀) 、市庁舎 (1376~1420年) をはじめ、12~16世紀の大聖堂、聖堂、美術館など歴史的建築物が多数ある。
2000年、世界遺産の文化遺産に登録された。



1568年のオランダ独立戦争で、力トリックの多かったネーデルラントの南部10州は脱落した。
南ネーデルラントはそのままスペイン・ハブスブルク家に支配されたが、1700年にスペイン・ハブスブルク家が断絶すると、ルイ14世の孫のフィリップがフェリペ5世として王位を継いでスペイン・ブルボン朝が成立した。

これによって起こった1701年のスペイン継承戦争後に結ばれた1713年のユトレヒト条約で、列強はスペイン・ブルボン朝の成立を認め、翌年の1714年に神聖ローマ皇帝とルイ14世の問で結ばれたラシュタツト条約で、オーストリアは南ネーデルラントを獲得している。

(スペイン継承戦争(War of the Spanish Succession 1701-1714年)
スペイン王位の継承者を巡ってフランス、スペイン対イングランド、オーストリア、オランダ間で行われた戦争。
スペイン王カルロス2世が王位をルイ14世の孫、フィリップ(フェリペ5世)に遺して1700年に没すると、イングランドら3国は同盟を結び、フィリップの王位継承に反対した)

(ユトレヒト条約(Treaty of Utrecht 1713年)
スペイン王位継承戦争の講和条約。
イギリスはフランスのスペイン王位を認める代わりに、仏領アメリカ植民地の一部を獲得した)

(ラシュタット条約(Treaty of Rastatt 1714年)
スペイン王位継承戦争の講和条約。
オーストリアは、スペイン領ネーデルラント・ミラノ・ナポリ・サルデーニャの領有を認められた)

ナポレオン戦争の終結後、1815年のウィーン議定書によって南ネーデルラント(ベルギー)はオランダ立憲王国に併合された。
しかし、1830年のフランス7月革命の影響でブリュッセルで武装蜂起が起こり、南ネーデルラント(ベルギー)は、ドイツ中部の公国からレオボルド1世を王に迎えて独立している(ベルギー独立)。
翌年のロンドン会議で国際的に承認され、後に永世中立国であることを宣言している。

ベルギーは、イギリスにも近くて資源にも恵まれていたために、独立してすぐに産業革命が始まっている。
しかし、経済的に進んでいたオランダに対抗するために植民地がほしかったベルギー国王レオボルド2世は、スタンリーをコンゴに派遣し、1882年にコンゴ国際協会を設立し、翌年にはコンゴの領有を宣言した。

これに対して1884年にべルリン会議が開催され、ベルギーはコンゴの一部をフランスとポルトガルに譲ったものの、レオボルド2世の私領としてコンゴ自由国の建設が認められている。
しかし、国王の統治があまりにも酷かったために国際的な非難を呼び、私領から国領となって、1908年にはベルギー領コンゴとしてベルギー政府が1960年まで支配することとなる。

第一次世界大戦でベルギーは、中立国でありながらドイツに占領されている。
(ベルギーの中立侵犯)
これがイギリス参戦の口実となり、さらに日英同盟を結んでいた日本の参戦の口実となっている。

そのためベルギーは第一次世界大戦後のベルサイユ条約によって、ドイツから現在のルワンダなどのアフリカの一部を獲得している。
1921年のワシントン会議における9か国条約にも調印したベルギーは、1923年に賠償金の支払い延滞を理由に、フランスとともにルール占領を行っている。

しかし、ドイツのラインラントの非武装と相互不可侵を約束したロカルノ条約を締結して、1926年のドイツの国際連盟加入を実現している。
そして1928年の不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)にも調印している。
しかし第二次世界大戦でドイツに再び占領され、戦後に国際連合の原加盟国となり、ベネルクス3国としてフランス・イギリスとともに西ヨーロッパ連合条約(ブリュッセル条約)を結んで、反ソ軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)の原加盟国ともなっている。

さらには1951年のヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)におけるスタートのメンバーでもある。
首都ブリュッセルには1966年にフランスが北大西洋条約機構(NATO)の軍事機構から脱退したため、パリからその本部が移されている。

ヨーロッパ経済共同体(EEC)とヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)の施設の多くがあったため、1967年にヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)とヨーロッパ経済共同体(EEC)、ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)が統合されたヨーロッパ共同体(EC)でも多くの機関が置かれ、1993年に成立したヨーロッパ連合(EU)の本部もブリュッセルに置かれて、「EUの首都」とも呼ばれている。


地理

ヨーロッパ北西部にある国。
北はオランダ、東はドイツ、南東部はルクセンブルク、南はフランスに接する。
北海に面した北西部のフランドル地方は、干拓地と砂丘からなる平地で、内陸部に向かうにつれて徐々に高度を増し、南部のアルデンヌ高原など中位山地へと移行する。

ドイツとフランスの中間にあり、低平で回廊的地勢をもつため、ナポレオン時代のワーテルローの会戦や第一次、第二次両世界大戦の戦場となった。

気候も沿岸部の温暖湿潤なものから内陸部の冷涼なものへと変化し、降水量は年間 750~1000mmと比較的多い。
天候の変化が著しいのが特徴。

国民は約 90%がカトリックで、南東部にドイツ語を話す人々が少数 (約 0.7%) いるが、おおまかに分ければ、南部にはフランス語 (ワロニー方言 ) を話すワロン人 (約 32%) 、北部にはオランダ語 (フラマン語 ) を話すフラマン人 (約 54%) が住む。
フランス語、オランダ語とも公用語で、その使用地域は国のほぼ中央で南北に分けられるが、オランダ語地域のなかの首都ブリュッセルは併用地域で、フランス語が優勢。

北西部のヘントを中心とするフランドル地方には中世以来の繊維工業地帯が、南部には炭田と鉄鉱石資源に基礎をおき 19世紀以降に発達した重工業地帯がある。
リエージュを中心とする各都市で鉄鋼、ガラス、鉄および金属製品、化学、電機などの工業が発達。

近年は、アントワープを中心に、オランダに近い北部で石油精製、化学、金属などの工業の発展がめざましい。
1944年以降、ルクセンブルク、オランダとベネルックス関税同盟の条約を結ぶなど、ヨーロッパ連合 EUの基礎となる地域経済の統合をはかった。
EUの原加盟国であり、ブリュッセルには EUの本部が置かれ、第ニ次世界大戦後のヨーロッパ経済の一つの中心となっている。