国名 アイルランド
英語 Ireland
首都 ダブリン
独立年 -
主要言語 アイルランド語、英語
面積 (千Km2) 70
人口 (百万人) 4.6
通貨単位 ユーロ
宗教 約84.2%がカトリック教徒
主要産業 金融、製薬、食料・飲料
歴史
BC6世紀頃  大陸からケルト人が、アイルランド島に移住 
5世紀  聖パトリックがカトリックを伝道 
1542年  ヘンリ8世がアイルランド国王となり、住民にイギリス国教を強制 
  以降、アイルランドとイングランドの抗争が強まる 
1649年  クロムウェルのアイルランド征服、植民地化 
1801年 イギリスがアイルランドを併合
  グレートブリテン及びアイルランド連合王国が成立
1922年 アイルランド自由国(Irish Free State)が、イギリス連邦内の自治領として発足
  北アイルランドは、イギリス領にとどまった 
1937年 アイルランド憲法 (現在の憲法) 制定 (大統領制の導入)
  アイルランド(Ireland)に国号変更 
1949年 イギリス連邦から離脱、独立。完全な共和制に移行
1955年 国連加盟
1968年  アイルランド統一を求めて、アイルランド共和国軍 (IRA) が武装闘争を開始。 
1973年 EC加盟
1999年 ユーロ導入 (ユーロ創設メンバー)
1998年 北アイルランドの和平合意成立



       

 
















デューングラ城(Dunguaire Castle)
デューングラ城は、アイルライド西端のゴールウェイ湾南東の岸に建つ16世紀の城砦。
名前の由来は、コノート地方(Connacht)の伝説的な王、ダン・グワイレ(Dun Guaire)による。

1924年、デューングラ城は、著名な外科医で文学者でもある、オリバー・セント・ジョン・ゴガーティ(Oliver St. John Gogarty)によって買い取られ、修復された。
雄大なゴールウェイ湾を見渡すように建てられたこの古城は、夏の間、観光客に開放されている。
城内では16世紀の暮らしぶりが再現され、中世の晩餐会を実際に体験できる。




前6世紀頃アイルランド島に移住してきたケルト人が、9世紀初頭に定住したノルマン人と混血して現在のアイルランド人の基礎をつくった。
12世紀以降、イギリスの支配を受け、長年にわたる圧制と、独立運動と宗教抗争の歴史が続いた。

1922年、アイルランド島 32 県のうち 26 県がアイルランド自由国の名のもとに自治領となった。
1937年、新憲法を制定して国名をエールと改めた。
1949年、イギリス連邦からも独立した共和国となった。

一方、プロテスタントが多い北部のアルスター地方6 県は、北アイルランドとして、イギリス統治下にとどまった。
イギリス内にとどまった北アイルランドでは、内部にカトリック系住民(少数派)とプロテスタント系住民(多数派)との深刻な対立をかかえている。

カトリック系住民は、アイルランドとの結びつきを望み、ナショナリストと呼ばれ、イギリスとの結びつきを望んだプロテスタント系住民は、ユニオニストと呼ばれる。

ナショナリストの動きが活発化すると、ユニオニスト側が暴力で弾圧したため、ナショナリストはアイルランド共和軍 (IRA) を組織し、テロ活動を活発化させた。
これに対し、イギリス政府は両者の仲介を名目に、北アイルランドに軍を派遣、実際には当然ユニオニストを支援する。

1972年、イギリス軍はカトリックのデモ隊を虐殺し、流血の抗争の火蓋がきって落とされた。(血の日曜日事件)
IRAは、爆弾テロや暗殺など過激な方法で、アイルランド全島の統一のため闘争を続ける。

1990年代に入って和平の気運が高まり、1998年、イギリスのブレア首相とアイルランド首相アハーンは和平合意に達し、11月には北アイルランド自治政府が発足した。
しかし、IRAが武装解除をしないため、イギリスも態度を硬化させ、自治政府の停止を宣言、和平は遠のいた。

2003年、ようやくIRAは武装解除を宣言した。
しかし、北アイルランドの自治はまだ実現していない。