国名 ルクセンブルク大公国
英語 Grand Duchy of Luxembourg
首都 ルクセンブルク
独立年 -
主要言語 ルクセンブルク語、仏語、独語
面積 (千Km2) 3
人口 (百万人) 0.5
通貨単位 ユーロ
宗教 国民の大多数はカトリック
主要産業 金融業、鉄鋼業
歴史
963年 ルクセンブルク領の誕生
1354年 ルクセンブルク公国に昇格。その後、他国による統治
1815年 大公国として自治を回復
1839年 領土が現在のルクセンブルク大公国とベルギー領
リュクサンブール州に二分される(ロンドン条約)
1867年 永世中立国
1940年 ドイツによる侵攻(1944年解放)
1948年 中立政策を放棄、オランダ、ベルギーとともに
ベネルクス関税同盟を発足させる。
1949年 NATO(北大西洋条約機構)加盟
1952年 ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)加盟
1958年 EEC(欧州経済共同体、後の欧州連合)
・EURATOM(欧州原子力共同体)加盟
1999年 ユーロ導入


       

 


ノートルダム大聖堂(Cathedrale Notre-Dame) 
首都ルクセンブルク旧市街にある後期ゴシック兼ルネサンス様式のカトリック教会。
イエズス会修道士のジャン・ドゥ・ブロークの設計により17世紀に建造。

ルクセンブルク大公とベルギー皇女ジョセフィーヌ・シャルロットとの婚礼が行われた場所としても知られている。
旧市街全体は、1994年、世界遺産(文化遺産)に登録された。



ルクセンブルク大公国は、ヨーロッパ北西部にある国。ベルギー、フランス、ドイツと国境を接する。
ベルギーのアルデンヌ高原とフランスのロレーヌ台地の間にある丘陵性の地帯にあり、降水量が比較的多く、気候は冷涼である。
住民はドイツ系が多く、公用語はドイツ語系のルクセンブルク語、フランス語、ドイツ語の3種類。
宗教はカトリックが 90%以上を占める。

主産業はフランスのロレーヌ地方から延びる鉄鉱床に依存して 19世紀から発達した鉄鋼業。土地利用では、耕地、牧草地、放牧地が卓越し、酪農、牧畜業が広く行なわれている。
主要輸出品は、鉄鋼、金属製品、繊維、化学薬品などで、ドイツ、ベルギーをはじめ周辺の国々との取り引きが多い。
立憲君主制で、比例代表制による一院制議会がある。
ベルギー、オランダとともにベネルックス三国と称される。
ヨーロッパ連合 EUやヨーロッパ共同体 ECの基礎となったヨーロッパ経済共同体 EECなどの原加盟国。


ドイツとフランスの間にあるこの地域は、もとゲルマン系トレベリ人が住み、前1世紀中頃ローマに征服され、現ルクセンブルク市あたりに小さな城塞を建設、のちフランク王国の分裂後、963年アルデンヌ伯ジークフリートがこの地に建国、「小さな城塞」にちなんでルクセンブルクと命名された。

11世紀中頃伯領となり神聖ローマ帝国の一諸侯として次第に発展、14世紀初めに神聖ローマ皇帝、ボヘミア王を輩出し、1354年ルクセンブルク家の皇帝カール4世は金印勅書を公布、ルクセンブルクは公国となった。
しかし、1444年以後フランスのブルゴーニュ家、オーストリアのハプスブルク家の所属となり、1555~56年にはスペインによる支配が始った。
さらにフランスのルイ 14世の征服を経て、スペイン継承戦争後再びオーストリア領、フランス革命戦争でフランスの併合と長く外国支配が続いた。
ウィーン会議の結果、1815年以後は大公国としてドイツ連邦内の独立国となり、オランダ王が統治。

1830年、ベルギーの独立に際して国民はこれに参加、列国が介入して西半分のフランス語地域はベルギーに帰属し、より狭い東半分はオランダに属した。
このように、この地域の戦略的重要性から中世以来しばしば支配権をめぐる争いが展開されたが、1867年、プロシアとフランスがその支配を争って対立、ロンドン会議でルクセンブルクの独立と永世中立が保証され、翌年立憲君主国となり、1890年、オランダ王家の統治も解消してナッサウ家がこれを継いだ。

19世紀末、南西部地帯の豊かな鉄鉱床を基礎に鉄鋼業が急速に発展し、20世紀前半、世界有数の鉄鋼生産国として繁栄した。
両世界大戦にはともにドイツに占領され、苦難と抵抗の歴史を刻んだが、第2次世界大戦後は中立を放棄して西ヨーロッパ、アメリカとの結びつきを深め、1949年北大西洋条約機構 NATOに加盟、58年ヨーロッパ経済共同体 (現ヨーロッパ連合 EU) の構成国となり現在にいたっている。