国名 ポルトガル共和国
英語 Portuguese Republic
首都 リスボン
独立年 -
主要言語 ポルトガル語
面積 (千Km2) 92
人口 (百万人) 10.4
通貨単位 ユーロ
宗教 カトリック教徒が圧倒的多数
主要産業 製造業(機械類、衣類、コルク製造)及び観光業等



歴史
BC6世紀 ルシタニア人がこの地に定住
BC155-BC140年 ルシタニア戦争。ローマの属州に
5世紀 ゲルマン系スエビ人がスエビ王国を建国
6世紀末 西ゴート王国の支配下
8世紀 後ウマイヤ朝の支配下
1139年 オーリッケの戦いでイスラムのムラービト朝を破る
1143年 ポルトガル王国成立。(カスティリャ王国による承認)
1415年 モロッコのセウタ攻略
エンリケ航海王子、アフリカ西岸の探検奨励
1488年 バルトロメウ・ディアス(喜望峰)到達
1493年 植民地分界線。(法王子午線)
1494年 トルデシリャス条約。新領土の分割方式を取り決める
1498年 バスコ・ダ・ガマ、カリカット到着
1500年 カプラル、ブラジル漂着
1509年 ディーウ沖海戦。マムルーク朝を破る
1510年 ゴアを植民地に。
1511年 マラッカ、モルッカ諸島到達
1529年 サラゴサ条約。スペインとポルトガルの境界をさだめる
1557年 明からマカオの居留権獲得
1580年 スペインのフェリぺ2世によってポルトガル併合
オランダに交易拠点を奪われていく
1640年 ポルトガル、スペインより独立。ブラガンサ朝成立
1807年 ナポレオン戦争により、リスボンの王室はブラジルのリオデジャネイロへ遷都
1822年 ブラジル帝国。(ブラジル独立)
1910年 共和政に移行。ポルトガル共和国成立
1914年 第一次世界大戦。連合国として参観
1932年 サラザール政権(-1968年)。独裁体制の開始
1936年 スペイン内戦。フランコ支援
1939年 第二次世界大戦。中立
1945年 国際連合加盟
1949年 北大西洋条約機構(NATO)加盟
1974年 カーネーション革命。(ポルトガルの春)。民主化
1975年 アンゴラ・モザンビーク独立
1986年 ヨーロッバ共同体(EC)加盟
1998年 万国博覧会開催。(リスボン)
1999年 マカオ返還
1999年 ユーロ導入。(2002年から流通)




ジェロニモス修道院(Mosteiro de Jernimos)
ポルトガル、リスボンのテージョ川沿岸、ベレン地区にあるマヌエリノ様式の修道院。
16世紀半ば、マヌエル1世がエンリケ (航海王子) の偉業に敬意を表し、約 30年の歳月をかけて建造した。

南門、回廊、中庭の柱などをはじめ、修道院全体に繊細な彫刻が施され、石灰岩からなる白亜の建物とともに優雅で洗練されたマヌエリノ様式を代表している。
インド航路発見により巨額の富を築き上げたポルトガル大航海時代の輝かしい歴史を伝える建造物となっており、王家の霊廟として国王マヌエル1世が埋葬されている。
1983年、世界遺産の文化遺産に登録。




ポルトガルは古くはルシタニア(Lusitania)と呼ばれ、前1世紀ローマの属州となり、ラテン化が急速に進んだ。
5世紀ゲルマン民族の侵入を受け、ブラガ(Braga)を首都にスエビ王国(Suebi)が生れたが、6世紀末西ゴート王国に併合された。

8世紀からイスラムの支配下に入ったが、11世紀末、国土回復運動を進めてきたカスティリア王アルフォンソ6世(Alfonso VI)は、ドーロ川、ミニョ川間地方を治めるポルトガル伯にブルゴーニュ出身の貴族エンリケ(Henry, Count of Portugal)を任命した。

その子アフォンソ・エンリケス (アフォンソ1世 Afonso I) は、1139年、オーリッケの戦い(Battle of Ourique)にイスラムのムラービト朝を破り、1143年カスティリャから独立してポルトガル王国(ボルゴーニャ朝)を建国した。

1249年、ボルゴーニャ朝の第5代国王、アフォンソ3世(Afonso III)はポルトガルの国土回復運動をスペインよりも約1世紀半早く完了した。
海外進出を早くから行って、1415年にはアフリカ西北端にあるモロッコのセウタ(Ceuta)を攻略している。

1385年にボルゴーニャ朝に代わってアヴィス朝が成立。
アヴィス朝の初代国王、ジョアン1世(John I)の第三子であるエンリケ (航海王子 Henry the Navigator)は、さらなるアフリカ西岸の探検を奨励して、アゾレス諸島やヴェルデ岬にも探検隊が到着している。

アヴィス朝の第4代国王、ジョアン2世の時代の1488年には、パルトロメウ・ディアス(Bartolomeu Dias)がアフリカ南端の嵐の岬(喜望峰)に到達している。
これに対し、1492年にコロンブスがスペインのイサベル1世(Isabel I)の援助で、大西洋を横断する西回りのルートを通ってカリブ海のサンサルバドル島に上陸した。

当時はまだ、ここはインド(アジア)と考えられていたため、スペインとポルトガルは法王アレクサンデル6世(Alexander VI)の仲介で、アフリカ最西端のヴェルデ岬の西をスペイン、東をポルトガルとする、植民地分界緑(法王子午線)を1493年に設定している。

さらにこの線が西に移動したトルデシリャス条約(Treaty of Tordesillas)が1494年に設定され、後の1500年にカブラル(Cabral)が漂着したブラジルは、ポルトガル領と規定されている。
1498年には、バスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)がアフリカ東海岸のマリンディからカリカット(Kozhikode)に到着して、ヨーロッパとアジアを直結するインド航路が開かれた。

さらにポルトガルは1509年、ディーウ沖海戦(Battle of Diu )で紅海・アラビア海の香辛料貿易ルートをにぎっていたマムルーク朝を破り、1510年にはヨーロッパ初の植民地となるインド西岸のゴアを拠点とした。
1511年には、南海交易の中心であったマラッカをボルトガルの総督アルブケルケ(Albuquerque)が占領し、ついにはモルッ力(マルク・香料)諸島に到達した。

1521年にスペインのカルロス1世の援助を受けて、世界周航に出発したポルトガル人マゼランがフィリピンで死に、その部下が世界周航に成功すると、地球が球体であることが証明された。
この結果、太平洋上における植民地分割境界線の必要が生じ、1529年にサラゴサ条約(Treaty of Zaragoza)が結ばれている。

ボルトガルは、1557年に明からマカオの居留権も得て、世界的な交易システムを築きあげることになる。
ポルトガルによって日本に鉄砲やキリスト教が伝来したのもこの時代である。

香辛料貿易で莫大な利益をあげ、首都リスボンは世界商業の中心地となった。しかし貿易自体は王室の独占事業で国内産業の発展にはつながらず、その栄華は長続きしなかった。
さらにポルトガルは、1580年にはスペインのフェリペ2世によって併合され、オランダにその交易拠点を奪われていく。
たとえば、喜望峰はオランダが植民地化してケープ植民地となった。

東南アジアでもオランダ東インド会社が、マラッカやモルッ力諸島を支配してオランダ領東インドを形成した。
そのため、東南アジアに残されたポルトガルの領地は東ティモールなど一部だけとなっている。

1640年にスペインより独立したポルトガルではブラガンサ朝(House of Braganza)が成立した。
しかしナポレオン戦争により、1807年にフランス軍がポルトガルに侵攻。
王室はブラジルへ逃れた。そしてナポレオン戦争後、ポルトガル本国ではブラガンサ朝が復活して立憲政となった。

しかしブラジルで独立運動が起きて、1822年にブラジルに避難していたポルトガル王子ドン・ペドロがペドロ1世となって独立を宣言(ブラジル独立)し、ブラジル帝国が成立した。
19世紀のアフリカ分割では早くから領有していたアフリカ南西部のアンゴラとアフリカ南東部のポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク)を植民地とした。

そして、1889年にブラジルが共和政に移行したのに続き、本国ポルトガルも1910年に共和政となった。
第一次世界大戦でポルトガルは連合国として参戦したが、政治不安が続き軍事政権が成立する中、1929年の世界恐慌を乗り切ったサラザール(Salazar)が台頭し、独裁を開始する。
1936年のスペイン内戦ではドイツやイタリアとともにフランコを支援するが、第二次世界大戦では中立を貫いたため、戦後もその独裁体制は維持された。

(スペイン内戦(Spanish Civil War 1936-1939年)
反ファシズム陣営である人民戦線政府に対して軍部が蜂起(ほうき)。
人民戦線政府側はソ連と国際義勇軍の支援を受けたが、ドイツ・イタリアの援助を受けた軍部・右翼勢力に敗れ、フランコ将軍の独裁体制が成立した)

ポルトガルはヨーロッパにおける独裁国家として君臨しつつ、1945年発足の国際連合や1949年発足の北大西洋条約機構(NATO)の原加盟国になっている。

1973年には、ギニア・ビサウがポルトガルから独立した。
1974年にカーネーション革命(ポルトガルの春)によって長く続いた独裁国家体制が終了すると、長く独立運動を続けていたアンゴラ・モザンビークが翌年の1975年に独立を達成してしいる。

東南アジアでも、ジャワ島の乗にあるティモール島の東ティモールが、ポルトガルからの独立宣言を行った。
1986年にはスペインとともにヨーロッパ共同体(EC)に加盟し、1999年にはヨーロッパ最後の植民地となったマカオを中国に返還している。(マカオ返還)



ポルトガルは、農業、漁業が主産業で、オリーブ、米、ジャガイモ、コムギ、トウモロコシを多産する。

工業は繊維、醸造、魚類缶詰、コルク製造など。
特にコルクは世界の生産高の半分以上を産する。

鉱業も盛んで、石炭、鉄、スズ、銅、マンガン鉱などを産する。
輸出品にはワイン、イワシ、コルク、オリーブ油、樹脂、タングステン、スズなどがある。
史跡、保養・観光地も多い。
1986年ヨーロッパ共同体 ECに加盟。