田宮二郎 (たみやじろう)(1935-1978)

昭和10年8月25日生まれ。京都出身。学習院大卒。本名は柴田吾郎。

昭和31年、スポーツニッポン社主催「ミスター・ニッポン・コンテスト」に優勝。
翌年大映からデビューし、甘いムードの知的な二枚目として売り出した。

昭和41年「白い巨塔」で野望に燃える冷徹な青年を演じたことで注目を集め「昭和のクールガイ」と呼ばれた。

一方、勝新太郎とコンビを組んだ「悪名」シリーズの粋な啖呵をきる軽妙なヤクザも魅力的だった。
この陰と陽を使い分けながら大映の看板スターとして人気を博した。

昭和43年、出演した映画のポスター序列問題で大映との契約を解除され、以後テレビを中心に活躍。

昭和44年、クイズ番組「クイズタイムショック」の初代司会を務め、映画のクールな印象からは想像もつかない
明るいソフトなキャラクターで、軽快に司会をこなした。

昭和52年11月「白い巨塔」のドラマ化が決定。翌年6月から放映開始、視聴率は好調にスタートした。
映画のときは31歳だった田宮もこのときは43歳。彼のこの作品への思い入れは度を越したものがあった。

医師、財前五郎の終盤の死に向かって転げ落ちていく演技には鬼気迫るものがあった。
死のシーンに際して、田宮は3日間絶食して癌患者になりきり、財前の遺書も自ら手書きして撮影に臨んだという。

しかし過労に加え、山本陽子との不倫報道、さらには日英合作映画の興行に失敗し莫大な借金を抱えるなど
トラブルに見舞われた末、躁うつ病にかかり、放映が残り二話となった昭和53年12月28日散弾銃で自殺。
43年の生涯だった。






代表作品

映画

大映「九時間の恐怖」(浜口喜博、中江文男、田宮二郎)1957
大映「足にさわった女」(京マチ子、ハナ肇、船越英二、杉村春子、田宮二郎)1960

大映「女は夜化粧する」(山本富士子、川口浩、叶順子、田宮二郎、森雅之、上原謙)1961
大映「
悪名」(勝新太郎、田宮二郎、中村玉緒、浪花千栄子)1961

大映「続悪名」(勝新太郎、田宮二郎、中村玉緒、浪花千栄子)1961
大映「新悪名」(勝新太郎、田宮二郎、中村玉緒、万里昌代)1962

大映「続・新悪名」(勝新太郎、田宮二郎、赤城まり)1962
大映「黒の試走車」(田宮二郎、叶順子、船越英二)1962

大映「B・G物語 易入門」(田宮二郎、大瀬康一、万里昌代、加茂良子)1962
大映「その夜は忘れない」(若尾文子、田宮二郎、川崎敬三、江波杏子、角梨枝子)1962

大映「夢でありたい」(山本富士子、田宮二郎、渡辺文雄、江波杏子、高峰三枝子)1962
大映「女系家族」(若尾文子、高田美和、鳳八千代、京マチ子、田宮二郎)1963

大映「白い巨塔」(田宮二郎、東野英治郎、田村高広、船越英二)1966
大映「不信のとき」(若尾文子、田宮二郎、加賀まりこ、岡田茉莉子)1968

東映「日本暗殺秘録」(片岡千恵蔵、藤純子、里見浩太郎、田宮二郎、高倉健、鶴田浩二)1969
日活「愛の化石」(浅丘ルリ子、田宮二郎、高橋悦史)1970

松竹「宮本武蔵」(高橋英樹、田宮二郎、松坂慶子、笠智衆)1973
東宝「
華麗なる一族」(佐分利信、仲代達矢、田宮二郎)1974


テレビドラマ

TBS「白い影」(田宮二郎、山本陽子、中野良子、竹下景子)1973
TBS「白い滑走路」(田宮二郎、山本陽子、浅丘ルリ子)1974

フジ「白い巨塔」(田宮二郎、山本学、中村伸郎、島田陽子)1978 - 1979


司会
NET「クイズタイムショック」1969 - 1978