ザ・ピーナッツ (The Peanuts)       可愛い花(1959年)

昭和16年(1941年)4月1日、愛知県常滑市生まれ。名古屋市立西陵商業高校中退。
姉:伊藤エミ(本名、伊藤日出代)、妹:伊藤ユミ(本名、伊藤月子)

ザ・ピーナッツは、昭和34年(1959年)デビュー。
東京オリンピック、皇太子ご成婚などから爆発的に普及したテレビの成長期に、爆発的な人気を誇りました。
すばらしいハーモニーと完成度の高い楽曲で今でも伝説にすらなっている双子のデュオです。

昭和33年(1958年)、名古屋のクラブで歌っているところを渡辺晋にスカウトされる。

(地元名古屋で歌のうまい双子がいると評判になり、その噂を聞いたナベプロ創業者の渡辺晋が2人をスカウト。
自宅に住まわせ礼儀作法を教え込み、さらに作曲家の宮川泰に師事し、歌唱レッスンを受けさせます)

昭和34年(1959年)2月、日劇のステージに立ち歌手デビュー。
同年4月、「可愛い花」でレコードデビュー。

(デビュー曲は外国のジャズ曲。編曲は宮川泰。訳詞は音羽たかし)

同年6月、歌謡番組「ザ・ヒット・パレード」にレギュラー出演。

(南京豆のハリボテから登場するピーナッツの「ザ・ヒット・パレード!」のコール、そして「また来週まで、さようなら」の結びまでピーナッツ尽し。
レギュラーとして必ず2曲を歌うのが恒例でした。
ザ・ピーナッツを知らない人はいないという程の人気番組となりました)

同年9月、セカンドシングル「情熱の花」リリース。

(「情熱の花」はベートーベンの「エリーゼのために」に音羽たかしが日本語詩をつけました。
早くもデビューしたこの年に紅白歌合戦に初出場を果たします)

昭和36年(1961年)6月、バラエティ「シャボン玉ホリデー」でメイン司会を務める。

(人気絶頂であったザ・ピーナッツを中心にした番組としてスタート。
当初は「ピーナッツ・ホリデー」という名前を考えていたそうですが、スポンサーである牛乳石鹸の意向によりこのタイトルになりました)

昭和36年(1961年)7月、映画「モスラ」出演。主題歌を歌う。

(かわいい小美人(妖精)の役でキュートな魅力を振りまいていたのが印象的でしたね)

昭和38年(1963年)4月、「恋のバカンス」リリース。

(わかりやすいメロディーに、覚えやすい詩。美しいハーモニー。
日本人なら知らない人がいないほどの大ヒット曲となりました。
作詞:岩谷時子。作曲:宮川泰)

昭和39年(1964年)9月、「ウナ・セラ・ディ東京」リリース。

(この歌が日本レコード大賞に輝き、ついに歌謡界の頂点に 登り詰めました。
作詞:岩谷時子。作曲:宮川泰)

昭和41年(1966年)、アメリカの人気番組「エド・サリバン・ショー」に出演。

(世界のトップアーティストが出演する番組で日本の顔として全米にその名を轟かせました)

昭和42年(1967年)、「恋のフーガ」リリース。

(歯切れ良いリズムにパンチの効いたメロディ。
ザ・ピーナッツの代名詞とも言うべき大ヒット曲となりました。
作詞:なかにし礼。作曲:すぎやまこういち。編曲:宮川泰)

昭和50年(1975年)2月、「かっこよくきれいな時期にやめたい」と引退宣言。
それ以来、レコーディング、テレビ出演はなく、文字通り伝説的歌手となりました。

引退までの約16年間の歌手活動は、テレビ草創期の象徴的存在として、日本の歌謡界の一時代をまさに担っていたといえます。

ザ・ピーナッツ以降、数多くの双子歌手がデビューしましたが、ザ・ピーナッツ以上の音楽的才能を持った双子歌手は現れていません。
今も数多くのファン及びザ・ピーナッツの現役時代を知らない世代を含めた各年齢層に、その歌声は愛され続けています。