国名 オーストラリア連邦       
英語 Australia  
首都 キャンベラ(Canberra)  
独立年 1901年(イギリス)  
民族 ヨーロッパ系白人(80%)アジア人(12%)  
アボリジニ(2%)  
主要言語 英語  
面積 769万2202km2  
人口 2302万8000(2013推計)  
通貨単位 オーストラリアドル  
宗教 キリスト教(64%)  
主要産業 鉄鉱石、石炭、天然ガス  




地理

国土のほとんどが砂漠で覆われているため、
人口の多くは東部沿岸部に集中している。

東部沿岸部は、温暖湿潤気候、西岸海洋性気候の過ごしやすい気候で、ブリスベン、
シドニー、メルボルンといった大都市は全てこの地域にある。

都市人口は全人口の 85%を占め、州都およびキャンベラなど
10万以上の都市に 70%以上が集中している。

大陸の東側には古期造山帯のグレートディバイディング山脈が延びる。
最高峰は首都キャンベラの南南西120kmの地点にそびえる
コジアスコ山 (Kosciuszko) 標高2,228m。

グレートディバイディング山脈の西側は乾燥したステップ気候の大鑽井盆地
(グレートアーテジアン盆地)であるが、井戸を掘れば水が出るので、
羊の放牧が行われている。

大鑽井盆地より更に西はグレートサンディ砂漠、グレートビクトリア砂漠、
ギブソン砂漠等の砂漠が広がり、人はあまり住んでいない。

大陸の北東部は熱帯雨林気候または熱帯季節風気候に属し、サンゴ礁が広がる
グレートバリアリーフが有名で観光地になっている。ケアンズが観光拠点になっている。

ノーザンテリトリーのエアーズロックは複合遺産として認められた代表的な自然景観で、有名な観光地になっている。

グレートディバイディング山脈では石炭が採れる。大陸の北西では鉄鉱石が、西部では金が産出する。
大陸北部ではボーキサイトやウランが産出し、世界有数のボーキサイト・ウラン輸出国になっている。

羊毛、肉、コムギ、酪製品など農牧産品は、1990年代初めには輸出額の約 40%を占めていたが、2010年には約 10%まで減少している。

コアラ、カンガルー、ポッサムなどの有袋類やカモノハシ、ハリモグラなどの単孔類に代表されるように、
地理的隔離と気候の多様性が生んだその生態系は非常に個性的である。



歴史

ヨーロッパ人が 17世紀からこの大陸を「発見」、探検する以前は、遊牧初期の段階に達した先住民が生活していた。
この大陸を包括的に学術調査したのはイギリスの J.クックで、1770年彼はその東岸一帯の領有を宣言した。

イギリス政府はアメリカ独立後この地を流刑地とし、1788年に到着した最初の流刑囚がシドニー市を建設。
やがて羊毛を生産する牧畜業が興り、1803年に最初の対英輸出が行われ、1813年にはシドニー西方のブルー山脈越えに
牧羊地に適する広大な沃野が「発見」され、牧羊業が発展した。

1830年代までに同大陸各地に植民地が開かれたが、流刑制度の廃止、各植民地自治の確立などの要求が強まり、1840年、これらの要求は一応認められた。
1851年ビクトリア州を中心にゴールド・ラッシュが起り、世界各地から人口が流入し、その後 10年間に3倍になった。
その結果、労働力が過剰となり、労働運動が高まる一方で、低賃金労働をいとわないアジア人を排斥する白豪主義が強まった。

また農・鉱・工業の発達に伴い、経済、移民、国防などを処理する統一機構への要請が高まり、1891年シドニーで第1回連邦憲法制定会議を開催、
連邦化運動が進み、1897〜1898年各地に連邦憲法制定会議が開かれ、1900年オーストラリア連邦憲法が制定された。
1908年首都をキャンベラに決定。以後労働党は数回政権を担当、社会福祉が発達した。

第一次世界大戦にはイギリス連邦、連合国側の一員として積極的に参加、第二次世界大戦初期まで親イギリス政策をとったが、大戦後はイギリス連邦を離れ、
アメリカおよびアジアにおける反共諸国政府との密接な提携を強調するようになった。
1970年代に入って、労働党が政権を握ると、保守政権時代の対アメリカ協調路線を修正し、アジア外交に重点がおかれ、現在にいたっている。


  1770年 クック、オーストラリアに上陸
  1788年 イギリスの流刑植民地となる(〜1840年)
  1793年 初の移民上陸
  1803年 羊毛の輸出はじまる
  1851年 ビクトリア州で金鉱発見
  1901年 オーストラリア連邦成立
  1904年 労働党内閣成立
  1914年 第一次世界大戦参戦
  1917年 大陸横断鉄道完成
  1939年 第二次世界大戦参戦
  1956年 メルボルンで第16回オリンピック開催
 



カンガルーの語源は「わかりません」

1770年、キャップテン・クックが、オーストラリアに上陸したとき、ピュンピュンはねる動物を指さし
「あの動物は、何という名前か?」と、先住民に尋ねた。

すると「Kangaroo」という返事がかえってきた。
クックは、その動物の名前だと思ったが、実は「Kangaroo」は、先住民語で「I dont know」(わかりません)の意味だった。






デビルズ・マーブル (Devils Marble)


オーストラリア北部のノーザンテリトリーには、デビルズ・マーブル(悪魔の玉)と呼ばれる巨岩がある。

直径数メートルから十数メートルの巨大な丸い岩が、力いっぱい押せば転がるような、
不安定な状態でゴロゴロ点在している。

地中深くで溶岩が固まってできた花崗岩が、長い年月、風化・浸食を受け、
まわりが少しずつ削られて、丸い形になったと考えられているが、自然の力の壮大さには驚かされる。


(デビルズ・マーブルへのアクセス)

日本からケアンズ(Cairns)まで、国際線で8時間、
ケアンズからダーウィン(Darwin)まで、国内線で3時間、
ダーウィンからアリススプリングス(Alice Springs)行の長距離バスで10時間。


デビルズ・マーブルを見学したら、エアーズロック(Ayers Rock)まで足を延ばしてみたい。
エアーズロックには「地球のへそ」と呼ばれる一枚岩の赤い巨岩がある。

高さ350メートル、周囲9000メートルの世界最大級の奇岩で、4億年前の地殻変動で地上に露出し、
やはり風雨にさらされて出来上がったものだ。

1987年世界遺産に登録されており、ノーザンテリトリーでは必見の観光ポイントとなっている。