松任谷由実 まつとうやゆみ  

(旧姓)荒井由実。1954年1月19日生まれ。O型。愛称は ユーミン

「ニュー・ミュージックの女王」といわれて以来、つねに第一線で活躍するシンガー・ソングライター。
東京都に生まれ、6歳からピアノをまなぶ。多摩美術大学日本画科卒。

1973年(昭和48)「ひこうき雲」で荒井由実としてアルバム・デビュー。
1975年の5枚目のシングル「あの日に帰りたい」が大ヒット。
1976年、作曲家・音楽プロデューサーの松任谷正隆と結婚して現在の名前にかえた。

それまでの土着的・現実主義的なフォーク・ソングとは一線を画した都会的センスの歌詞、メロディ、ボーカルで「ニュー・ミュージック」を開拓。
おりから国民全体に定着しつつあった中流意識感覚にマッチして、とくに若い女性の共感を獲得した。

1983年の「ボイジャー」以後、すべてのアルバムでミリオンセラーを記録。
前掲の「あの日に帰りたい」をはじめ、「守ってあげたい」「メトロポリスの片隅で」など、多数のヒット曲がある。

アルバムは年末の新作発表が定例化し、1999年(平成11)11月の「Frozen Roses」まで三十数枚をかぞえる。
サービス精神に徹した大がかりなコンサートでも知られる。
呉田軽穂(くれた かるほ)の別名で松田聖子、原田知世らの作曲もしている。



ユーミンの作家デビュー曲「愛は突然に」

1971年、ロックバンド「タイガース」の元メンバーだった加橋かつみが、ミュージカル番組に出演中、仲間から「愛は突然に」という曲を届けられた。
彼はすぐにその曲が気に入り、シングルとしてリリース。
実はこの曲こそ、当時17歳の少女だったユーミンが作曲したものだった。

このシングル発売直前、加橋が大麻取締法違反で逮捕された。
そのため雑誌「セブンティーン」がユーミンと加橋の関係を「彼を救った少女の愛」というような記事として掲載。

ユーミンはこの時、まだ高校生だった。
おかげで、学校関係者から大目玉をくらうことになる。

しかし、アルファレコードの社長、村井邦彦が加橋の「愛は突然に」を耳にした。
彼は荒井由実という女子高生の才能に驚愕し、すぐに作曲家として契約した。

翌年、作曲家志望で歌うのは苦手なユーミンにシンガーソングライターの時代が来るからと無理やり歌手デビューさせたという。


     


愛は突然に

初めて 貴女を見た あの時
心が光に包まれ 驚きに 何も見えずに
その日から 愛が生まれた

世界は貴女と私のため 毎日 愛の鐘を鳴らし
喜びに 胸がふるえて すべてが 夢のような日々

愛は私に 輝き いつまでも 消えることは ないと 信じてた
愛はある日 突然に 私の胸の中で 悲しい音をたてた

あの日から 時がいつしか 私と貴女を きりさいた
世界は くらやみに包まれ 昔の愛は 戻らない

作詞:加橋かつみ
作曲:荒井由美