| 国名 | アンドラ公国 |
| 英語 | Principality of Andorra |
| 首都 | アンドラ・ラ・ベリャ (Andorra La Vella) |
| 独立年 | 1993年3月(フランス・スペイン) |
| 主要言語 | カタルーニャ語、スペイン語、ポルトガル語、仏語 |
| 面積 | 468km25 |
| 人口 | 7万6965人(2017年推計) |
| 通貨単位 | ユーロ |
| 宗教 | 国民の大多数がカトリック |
| 共同元首 | フランス大統領及びウルヘル司教 (在スペイン) |
| 宗教 | |
| 主要産業 | 牧畜、観光業、サービス業、金融業 |


聖コロマ教会 (Iglesia de Santa Coloma)
12世紀に建てられたロマネスク様式の教会。素朴な石積みの塔は、一つ一つ人の手で積み上げられたもの。
アンドラ公国最古の教会で、背景の山はピレネー山脈。

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地理
フランス・スペイン国境、ピレネー山脈東部の小独立国。
山々に囲まれ、気候は寒冷で厳しく、首都でも 一か月間雪に覆われる。
カタルーニャ系住民が多く、公用語はカタルーニャ語。
主産業はタバコ、コムギ、ライムギ、ジャガイモの栽培と牧羊。
ウマ、ラバ、ウシ、ヤギも飼育。
小量の銀、鉛、鉄鉱石を産出するが、工業は小規模。
国家経済を支えているのは、記念切手収入と、避暑やスキーや登山に
訪れる観光客の観光収入である。
歴史
803年、フランク王国のカール大帝は、イベリア半島からのイスラム勢力を抑えるために、
国境地帯に辺境伯 (国境警備の官職) を設置した。
辺境伯にはゲルマン人のボレル1世 (Borrell I) を任命し、大幅な軍事指揮権を与えた。
820年、ボレル1世が死去すると、フランク王国は、後任の辺境伯 として
スペイン・カタルーニャ州 (Catalunya) のウルヘル司教 (Diocese of Urgell) を指名した。
938年、フランス王国が成立すると、司教との間で辺境伯の所有権争いが起こり、1278年、両者で共同統治することになった。
この年をアンドラ公国の建国の年としている。
1993年、新憲法を制定し、独立国家として認められたが、その後もウルヘル司教とフランス大統領が元首を務めている。
| 803年 | フランス、スペイン国境に辺境伯が設置される |
| 820年 | スペイン・カタルーニャ州 のウルヘル司教が辺境伯に任命される |
| 938年 | フランスとウルヘル司教の共同統治により、アンドラ公国が成立 |
| 1993年 | 国際連合加盟 |

ダリの溶ける時計像 (La Noblesse du Temps)
バルセロナから車で三時間、首都アンドラ・ラ・ベリャの広場にある彫刻。
スペイン・カタルーニャ出身の画家ダリが贈った自身の作品である。
ぐにゃっとした時計は、人間を支配する時間の経過を象徴しているという。
重さ1,400kg、高さ4.90m (ブロンズ製)
サルバドール・ダリ (Salvador Dali 1904~1989年)
シュールリアリズム (Surrealism) の画家。スペイン・カタルーニャ出身。
代表作 「溶ける時計」 は、溶けかかったチーズに、インスピレーションを得たという。
偶然にまかせ即興的に描くことで情感を表現するのがシュールリアリズムの特徴である。