国名 インド共和国             
英語
Republic of India
 
首都 ニューデリー  
独立年 1947年(インド連邦)  
民族 インド・アーリア族  
その他 (他にドラヴィダ族、モンゴロイド族)  
主要言語 ヒンディー語  
面積 316万6414km2  
人口 12億5523万(2013推計)  
通貨単位 インド・ルピー  
宗教 ヒンドゥー教徒(79.8%)、イスラム教徒(14.2%)、  
その他 キリスト教徒(2.3%)、シク教徒(1.7%)、  
仏教徒(0.7%)、ジャイナ教徒(0.4%)  
主要産業 茶、綿製品、鉄鋼、機械、化学  






地理

インドは、ヒマラヤ山脈、ヒンドスタン平原、インド半島の三大地域で構成される。

ヒマラヤ山脈はインド北部を東西に走る大山脈である。
長さ2400km、幅200〜300kmにおよび、世界最高峰のチョモランマ(エベレスト 標高8848m)、
などの高峰が連なる。

ヒマラヤ山脈南部のヒンドスタン平原は、インダス・ガンジスの二大水系に連なる大沖積平野である。
国土の約33%を占め、人口の約45%が居住するヒンドスタン平原は、恵まれた肥沃な土壌にイネ、
小麦、サトウキビ類の穀倉地帯を形成している。

インド半島は、インド中部に走るビンディヤ山脈以南、東西両ガーツ山脈に囲まれたデカン高原を形成。
半島の大半を占めるデカン高原は、玄武岩の風化した肥沃な土壌で、世界的な綿花の産地となっている。
また石炭、鉄、マンガン、雲母、ボーキサイト、銅、クロムなどの地下資源に富む。

デカン高原は熱帯、ガンジス川流域は温帯、パキスタン国境地帯は乾燥気候、と変化に富む気候を構成。

主要農産物は、米、小麦、サトウキビ、綿花、黄麻、タバコ、ラッカセイなど。
農業技術の後進性、農業者の貧困などの悪条件のため、農業の生産性は低い。
畜産は耕作用、乳用の牛、水牛が多い。




歴史

BC2500年からBC1500年まで、モヘンジョダロ(Mohenjo-daro)、ハラッパ―(Harappa)でインダス文明が栄えた。
これらはいずれも現在はパキスタン領になっている。

インド領にはアラビア海に面したロータル(Lothal)や最近(1990年代)発掘されたグジャラート(Gujarat)地方の
ドーラビーラ(Dholavira)遺跡などがあり、インダス文明の遺跡はインドとパキスタン両国にまたがる広範囲に及んでいる。

現在、南インドに居住しているドラヴィダ人(Dravidian)は、BC3500年地中海沿岸からインダス川流域に定住し、
インダス文明の担い手であったとされている。

BC1500年、彼らは黒海沿岸からやってきたアーリア人(Aryan)の勢力によって、インド南部に追いやられてしまった。


アーリア人は、主として北インドに居住し、バラモン教(BC8世紀)や仏教(BC5世紀)、ヒンドゥー教(BC4世紀)を生んだ。
他方インドは、BC317年のマウリア王朝以来、統一・分裂を繰り返した。

1206年からデリーに都を置くイスラム王朝が北インドを支配。やがて南インドの諸王朝もイスラムの軍門に降りていき、1526年、ムガル帝国の出現をみる。
1628年 ムガル帝国で第5代皇帝シャー・ジャハーンが即位。その治世(1628〜1658年)は帝国の最盛期となった。

タージ・マハルは、シャー・ジャハーンが、愛妃の死を悼んで建てたもので、1632年から約20年かけて完成。
装飾美術の粋をこらした大理石造りの庭園で、ムガル帝国を代表するイスラム建築の傑作として知られる。

ムガル王朝時代、イギリスは東インド会社を設立(1600年)植民地化を進めた。
1857〜1859年のインド大反乱(セポイの反乱)を鎮圧、支配形態も直轄統治に移った。

第一次世界大戦後には、マハトマ・ガンディーのもとで急速に独立運動が拡大。
1947年英国領より独立。同時にパキスタンが分離独立。

1950年憲法を制定し、共和国となった。独立後、国民会議派が政権を担当。
ネール首相は社会主義政策を推進した。1962年中国と国境紛争が勃発。

1966年ネール首相の娘のインディラ・ガンディーが首相に就任。1974年核実験に成功。
1984年ガンディー首相がシーク教徒により暗殺され、長男のラジーブ・ガンディー氏が後継首相に就任。

外交は非同盟、全方位外交を志向。近年日本・アメリカとの関係を積極的に強化。
またロシアとの伝統的な友好関係を維持。中国には警戒感が残るが、近年経済関係が急速に発展。

パキスタンとカシミール領有権などをめぐり対立(1947年、第一次、1965年第二次、1971年第三次印パ戦争)するも、関係改善を模索。
しかし、人口増加、カースト制度、またシーク・ヒンドゥー両教徒の反目など複雑な問題も存在している。


  インド史
  BC2500年 インダス川流域にインダス文明始まる
  BC1500年 インド・アーリア人が北西インドのパンジャプ地方へ移住。
  BC1000年 インド・アーリア人がガンジス川流域へ定住
  BC317年 インド最初の統一国家であるマウリア朝(BC317〜BC180年)が成立
  BC268年 マウリア朝でアショーカ王が即位
  30年 イラン系のクシャーナ族がインド西北にクシャーナ朝(30〜375年)を建国
  320年 チャンドラグプタ1世が、北インドの統一王朝であるグプタ朝(320〜550年)を創始
  376年 チャンドラグプタ2世が即位し、グプタ朝が最盛期に入る
  399年 法顕が仏典の収集のためにインドへ渡る(〜412)
  606年 ハルシャ・ヴァルダナが北インドにヴァルダナ朝(606〜648年)を建国
  629年 唐の僧である玄奘がインド旅行に出発する
  671年 義浄がインド旅行に出発する
  1206年 アイバクがインドにイスラム王朝の奴隷王朝(1206〜1290年)を建てる
  1290年 奴隷王朝が倒れ、ハルジー朝(1290〜1320年)が成立する
  1320年 ハルジー朝に代わってトゥグルク朝(1320〜1414年)が成立する
  1405年 明の宦官鄭和による7回にわたるインド洋方面への遠征が始まる(〜1433)
  1414年 トゥグルク朝が滅び、サイイド朝(1414〜1451年)が成立する
  1451年 サイイド朝が滅び、ローディー朝(1451〜1526年)が成立する
  1492年 ジェノヴァ生まれのコロンブスが西インド諸島に到達する
  1498年 ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマがインドのカリカットに到達する
  1510年 ポルトガルがインドのゴアを占領する
  1526年 バーブルがローディー朝を倒し(パーニーパットの戦い)、インドにムガル帝国(1526〜1858年)を建国
  1542年 イエズス会のフランシスコ・ザビエルがインドのゴアを訪れる
  1556年 ムガル帝国でアクバルが皇帝に即位する(〜1605)
  1600年 イギリスのエリザベス1世が東インド会社を設立する
  1602年 オランダで東インド会社が設立される
  1604年 フランスで東インド会社が設立される
  1621年 オランダの西インド会社が特許権を取得する
  1623年 イギリス、アンボイナ事件でオランダに敗北
  1628年 ムガル帝国でシャー・ジャハーンが即位する
  1632年 ムガル帝国のシャー・ジャハーンがタージ・マハルの建設に着手する(〜1653)
  1648年 ムガル帝国がアグラからデリーに遷都する
  1658年 ムガル帝国でアウラングゼーブが即位する
  1664年 コルベールによってフランスの東インド会社が再建される
  1724年 ニザーム王国がムガル帝国から独立する
  1744年 イギリス・フランス間の第一次カーナティック戦争が起こる(〜1748)
  1750年 イギリス・フランス間の第二次カーナティック戦争が起こる(〜1754)
  1757年 プラッシーの戦いでイギリスがフランス・ベンガル連合軍を破る(インドの植民地化)
  1758年 イギリス・フランス間の第三次カーナティック戦争が起こる(〜1761)
  1758年 クライヴが初代ベンガル知事になる(〜1760)
  1767年 イギリスと南インドのマイソール王国の間で第一次マイソール戦争が起きる(〜1769)
  1775年 イギリスとマラーター同盟の間で第一次マラーター戦争が起きる(〜1782)
  1780年 イギリスと南インドのマイソール王国の間で第二次マイソール戦争が起きる(〜1784)
  1790年 イギリスと南インドのマイソール王国の間で第三次マイソール戦争が起きる(〜1792)
  1799年 イギリスと南インドのマイソール王国の間で第四次マイソール戦争が起きる
  1803年 イギリスとマラーター同盟の間で第二次マラーター戦争が起きる(〜1805)
  1817年 イギリスとマラーター同盟の間で第三次マラーター戦争が起きる(〜1818)
  1845年 イギリスとシク教徒の間で第一次シク戦争が起こる(〜1846)
  1848年 イギリスとシク教徒の間で第二次シク戦争が起こる(〜1849)
  1857年 ムガル帝国でセポイの反乱が起きる(〜1859)
  1858年 ムガル帝国が滅亡する
  1858年 イギリスの東インド会社が解散する。イギリス領インド帝国(1858〜1877年)成立。
  1877年 イギリスがインド帝国(1877〜1947年)を建国し、ヴィクトリア女王がインド皇帝を兼任する
  1885年 第一回インド国民会議(ボンベイ)が開催される
  1905年 ベンガル分割令が出される
  1906年 インド国民会議でカルカッタ大会4綱領が採択される
  1906年 全インド・ムスリム連盟が結成される
  1911年 ベンガル分割令撤回
  1919年 第一次非暴力・不服従運動(ガンディーが指導した反英抵抗運動)
  1925年 インド共産党結成
  1929年 第二次非暴力・不服従運動
  1930年 英印円卓会議開催(失敗)
  1935年 改正インド統治法
  1937年 インド連邦とビルマとの分離
  1947年 英国領より独立。インド連邦(1947〜1950年)成立。初代首相ネルー
  1947年  第一次インド・パキスタン戦争 
  1948年 ヒンドゥー教徒の青年によってガンディー暗殺
  1950年 インド憲法発布。インド共和国成立
  1954年 コロンボ会議(ネルー・周恩来会談)平和五原則発表
  1955年 アジア・アフリカ会議(バンドン会議)
  1959年 ダライ・ラマ14世、インドに亡命
  1965年 第二次インド・パキスタン戦争
  1966年 インディラ・ガンディー、インド首相に就任
  1971年  第三次インド・パキスタン戦争(東パキスタンがバングラデシュとして独立) 
  1974年 インドの核保有
  1984年 インディラ・ガンディー暗殺
  1984年 ラジーブ・ガンディー、インド首相に就任
  1991年 ラジーブ・ガンディー暗殺
  1998年 インド人民党(BJP)を中心とする連立政権が成立
  2004年 コングレス党を第一党とする連立政権が成立
  2009年 コングレス党を第一党とする連立政権(第2次マンモハン・シン政権)が成立
  2014年 インド人民党(BJP)政権が成立

 

                                                                                                         
ナンディの牡牛(Nandi)

ヒンドゥー教徒が大半を占めるインドでは牛は神聖なものとされている。

街中に牛が闊歩しており、寝ころんだ牛のおかげで渋滞になることも。

インド南部、マイソール(Mysore)近郊のチャームンディ丘陵(Chamundi Hills)
に「ナンディの牡牛」と呼ばれる高さ5mの巨大な牡牛の像がある。

花崗岩から掘り出された像で、もともとは灰色だったが、訪れる大勢の巡礼者が聖油を塗ったので、しだいに黒ずんでしまった。

ナンディとは「喜び」という意味であり、ヒンドゥー教の神話では、シバ神に仕える聖なる牛とされている。

(住所:Chamundi Hills, Mysore, Karnataka, India)