国名 | ラオス人民民主共和国 | ||||
英語 | Lao People's Democratic Republic | ||||
首都 | ビエンチャン(Vientiane) | ||||
独立年 | 1953.10(フランス) | ||||
民族 | ラオ人 | ||||
その他 | |||||
主要言語 | ラオ語 | ||||
面積 | 23万6800km2 | ||||
人口 | 712万6706人(2013推計) | ||||
通貨単位 | キープ(Kip) | ||||
宗教 | 上座部仏教 67% | ||||
主要産業 | 銅、金、木材、衣類、農産物 | ||||
地理
東はベトナム、南はカンボジア、西はタイ、北西はミャンマー、
北は中国に囲まれて位置する内陸国。メコン川中流部の右岸一帯を占める。
西の国境をなすメコン川に沿うビエンチャン、サバナケット、パクセなどの町の周辺に
わずかに沖積平野が開けるほかは、ほぼ全域が山地、高原地帯からなる。
最高峰はビア山(2,820m)である。
ベトナムとの国境に沿ってアンナン山脈が連なる。
熱帯性モンスーン気候に属し、雨季(5〜9月)と乾季(10〜4月)に分かれる。
住民の半数以上はタイ諸族の一つラオ族である。
その多くはメコン川沿いの低地に住み、おもに水稲の栽培に従事する。
残りは多くの少数民族からなり、山地、高原地帯を中心に住む。
公用語はラオ語であるが、少数民族はそれぞれの言語をもつ。国民の半数近くは仏教徒。
経済の主柱は農業で、イネ、サトウキビ、トウモロコシ、コーヒー、タバコ、綿花、ジャガイモなどが栽培される。
国土の 60%以上が森林に覆われるため、林業が盛んで、木材、安息香(天然樹脂の一種)、漆などを産し、
これらが重要な輸出品となっている。
水力発電による電力が豊富で、電力の輸出も重要。
機械類、石油が最大の輸入品で、タイを経由して輸入される。
銅、スズ、金、鉛、亜鉛、石炭、鉄鉱石などの鉱物資源に恵まれる。
首都を中心に食品加工、繊維、精米、製材、煉瓦、マッチ、たばこなどの軽工業が立地する。
交通はもっぱら道路と、主要都市を結ぶ空路に依存している。
1986年以降、経済開放政策を進めている。東南アジア諸国連合 ASEAN加盟国。
歴史
現在のラオスの地、メコン川中流域は、800年以降、ラオ族(Lao)と呼ばれる部族が定住するようになった。
彼らは中国西南の雲南地方に居住していたのだが、人口増加により新たな農耕地を求めてやって来たのである。
水田や焼畑で稲をつくり、素朴な農耕生活を送っていたラオ人たちの集落は、やがて都市へと発展する。
ラオスという国家が歴史に登場したのは、1353年ランサン王国(Lanexang Kingdom)の成立時である。
ランサンとは百万頭の象という意味であり、王都はルアンプラバン(Luang Prabang)に定められた。
1357年カンボジア(クメール朝)から伝来した仏教は、瞬く間に民衆の間に広まり、多くの寺院が建設された。
1713年王位争奪の争いから、ランサン王国は三つの王国に分裂した。この分裂により国力は弱体化する。
1899年フランスの統治下となり、ランサン三国はラオ族のラオを複数形にしてラオスと呼ばれるようになる。
1946年フランスとベトナムの間でインドシナ戦争が勃発。
1953年インドシナ戦争のさなか、ラオスはフランスから完全独立を達成した。
1954年ジュネーブ休戦協定で、ベトナム・カンボジア・ラオスの独立が国際的に承認された。
1965年アメリカの介入によりベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)に巻き込まれ、政治的混乱の時代が続く。
このベトナム戦争では、北ベトナムから南ベトナムの解放戦線への補給ルートとしてラオスの地が利用された。
このルートは「ホーチミン・ルート」と呼ばれ、戦争の帰趨を左右するほどのものであった。
1975年アメリカがベトナムから撤退。
同年ビエンチャンで人民代表大会が開かれ、王政を廃止し、ラオス人民民主共和国が成立した。
1353年 | ランサン王国の成立。(〜1713年) | |
1713年 | ランサン三王国の成立。(〜1899年) | |
1899年 | フランスのインドシナ連邦に編入される。(〜1953年) | |
1953年 | 仏・ラオス条約により完全独立。ラオス王国の成立(〜1975年) | |
1975年 | ラオス人民民主共和国の成立。 |
ジャール平原の巨大石壺群
なだらかな丘が続くジャール平原には、謎の石壺群がある。
小さい物から大きい物まで、数千個の石壺が置かれているのだ。
大きい物は、高さ2mを超え、重量は6tにも及ぶという。
地質学者の調査によると、製造に使われた石は、150q離れた山から
切り出され、紀元前500年頃に、製造されたとされている。
だが何の目的で、膨大な数の石壺を置いたのか、いまだに不明という。
現地人の間に残る伝説には、今から2500年前、巨人族の王がこの地を気にいった。
そして、米や酒を入れる巨大な石壺を作らせ、大宴会を催したというものがある。
しかし、この伝説も、信ぴょう性がいまいち薄いようだ。
クアンシーの滝 (Kuang Si Waterfall)
ルアンプラバン市街から車で約1時間、メコン川下流に位置するターコイズブルーの美しい滝。
入場券売り場のあるゲートから森林の中のゆるやかな小路を歩いて上がっていくと、
清流が現れ、やがて段々畑のような形状の滝壺が見えてくる。
木漏れ日の下、広々とした滝つぼで泳いだり、飛び込んだりする観光客の姿が多く見られる。
みやげ物店、レストランが林立するゲート周辺は遊歩道が完備した自然公園になっており、
人気のピクニックスポットとなっている。
植生も豊かでトーチジンジャー(Torch Ginger)を初めとする熱帯植物が多く見られる。