国名 アラブ首長国連邦  
英語 United Arab Emirates
首都 アブダビ(Abu Dhabi)
独立年 1971.12(イギリス)
主要言語 アラビア語
面積 8万3600km2
人口 954万2000人
通貨単位 ディルハム
宗教 イスラム教62%、ヒンドゥー教21%
主要産業 石油、金融、観光




地理

アブダビ、ドバイ、シャルジャ、アジュマン、ウンム・アル・カイワイン、
フジャイラ、ラアス・アル・ハイマの7首長国による連邦制国家。

国土の大部分は砂漠地帯。
北東部のムサンダム半島東部には、南北80Kmにわたるアフダル山脈が走り、最高峰は3000m近い。

ペルシア湾沿岸の海岸線は複雑に入り組み、海は遠浅で沖には多くの島やサンゴ礁が点在する。
ドバイ港は自然の入り江を利用した数少ない良港である。

人口の集中するペルシア湾沿岸地域(アブダビ)の気候は、冬季の数週間(1月平均気温18.8℃)
を除き、高温多湿で、夏には45℃を超えることもある(8月平均34℃)。

年間降水量は60〜100ミリmで、冬に集中する。
また冬と初夏には北西季節風が砂嵐を運ぶ。
内陸部はさらに降水量が少なく、砂漠気候となっている。

1958年アブダビ首長国に石油が発見されて以来、ドバイ、シャルジャなどの首長国にも油田が発見され、アメリカ合衆国、
イギリス、日本の石油資本が開発に乗り出し、多大な国富を得ているが、石油産出首長国とその他の首長国との経済格差が大きい。


なお首長とは、イスラム教国の元首を意味する。

もともとはゲルマン人、ノルマン人の首長など、部族社会の指導者、統率者を意味する言葉であった。
部族長、酋長、首領などとも言われる。酋長は、特に未開の部族の長を指す。

またモンゴル族・ウズベク族・カザフ族など遊牧民族の首長の称号は、ハン(khan 汗)が用いられる。




歴史

632年からイスラム帝国、オスマン帝国など、長らくイスラム教国の支配下にあったが、1892年にイギリスの保護領となった。

1971年12月、アブダビ首長国、ドバイ首長国を中心とする6首長国によるアラブ首長国連邦を結成、イギリスより独立した。
1972年2月ラアス・アル・ハイマ首長国の加盟により、現在の7首長国による連邦体制となった。


632年 イスラム帝国の支配下に入る
1892年 イギリスの保護領となる
1958年  アブダビで油田発見
1971年 アラブ首長国連邦としてイギリスより独立(12月)
1972年 ラアス・アル・ハイマ首長国が加盟(2月)







シェイク・ザーイド・グランド・モスク (アブダビ)


伝統的なイスラム様式と近代的な建築技術が融合したモスクで、
着工から約10年をかけて造られた。

異教徒でも内部を見学できるため、世界中から観光客が訪れる。
世界最大のペルシャ絨毯が敷いてあるメインホールは必見だ。

(Sheikh Zayed Grand Mosque Center,Abu Dhabi)








ドバイ (Dubai)


油田が発見される1958年以前、アラブ首長国連邦は、
漁業や真珠養殖に依存する貧しい地域だった。

1955年の人口はわずか8万人弱で、1971年にようやく
英国保護領を脱し、独立を達成した。

だが石油が豊富なのはアブダビだけで、後に金融業が
発達したドバイ以外の5つの首長国は産業が乏しい。

その後、中東屈指の金融センターに成長したドバイを
中心に経済は活況を呈しはじめ、人口も急増した。

2019年の人口は950万人となったが、インドやパキスタンなど
外国籍が90%を占め、自国民は10%(95万人)にすぎない。

建設労働者やショップの店員、タクシードライバーに至るまで
多くの外国人労働者が働いている。

超高層ビルなど建設ラッシュが続くドバイでは、これらの
出稼ぎ労働者たちが建設作業を一手に引き受けている。

住宅費の高いドバイでは、彼らは狭い部屋に複数で暮らしている。
一部屋にベッドが5台も置かれ、冷蔵庫も共有だという。

労働環境もかなり劣悪で、日給10ドルの手間賃で、日中40度を
超える野外で10時間以上毎日働いている。


ドバイは税金がなく、医療も教育も無料の豊かな国なのだが、
それを享受できるのは自国民だけである。

だが、このような優遇施策は、自国民の勤労、学習に対する意欲を奪い、
怠惰で無気力な気質を生む要因になっている。

平日のショッピングモールでは、勉学にも勤労にも無縁の若者が娯楽に
興じている姿が多く見られ、これらの大半は勤労年齢層だとの指摘もある。

一方、建設現場における出稼ぎ労働者の事故死も多発しているという。

800mに及ぶ世界一の超高層ビルや、宇宙空間からも見える人工島の造成、
七つ星の超豪華ホテルや有名ブランドが連なるショッピングモールの数々。

このような都市や観光開発の目覚ましい発展の裏には、過酷な
労働条件に耐えている多くの外国人労働者が存在しているのである。