2月3日   新しきエルサレム (黙示録 第21章 第一節−第四節)

我また新しき天と新しき地とを見たり。

これ前(さき)の天と前(さき)の地とは過ぎ去り、海も亦(また)なきなり。

我また聖なる都(みやこ)、新しきエルサレムの、夫(をっと)のために飾りたる新婦(はなよめ)のごとく準備(そなへ)して、神の許(もと)をいで、天より降(くだ)るを見たり。

また大(おほい)なる声の御座(みくら)より出(い)づるを聞けり。

曰(いは)く、『視(み)よ、神の幕屋(まくや)、人と偕(とも)にあり、神、人と偕(とも)に住み、人、神の民となり、神みづから人と偕(とも)に在(いま)して、かれらの目の涙をことごとく拭(ぬぐ)ひ去り給(たま)はん。

今よりのち死もなく、悲嘆(かなしみ)も号叫(さけび)も苦痛(くるしみ)もなかるべし。
前(さき)のもの既に過ぎ去りたればなり』



我々はどんな不幸の中にあっても決して絶望してはならないのである。
「信仰」を持つ人間にとって、如何なる災いも、それにともなう激しい感情も、その全てが救いへと至る道に他ならないからである。

憎しみや悲しみはやがて過去のものとなり、恐怖も消え去り、すべての悪なるものは死に絶える。
天から下ってきた神の恩恵が、全ての人々の涙を拭い、彼らは再び活気を取り戻す。

神の国の何時(いつ)きたるべきかをパリサイ人に問はれし時、イエス答へて言ひたまふ
『神の国は見ゆべき状(さま)にてきたらず。視(み)よ、神の国は汝らの中に在るなり』(ルカ福音書17章20節)

人々よ、眼を内に向けよ。「神さながらの世界」はあなたたちの心の中にある。
それは、肉眼の目で見ることはできなくても、今すでに、あなたの心のうちに天降っているのである。

人はただ信仰のみをもって、今すでに救われているのである。
天の高きがごとく、地の広きがごとく、この一事は明らかな事実である。