11月 16 日 パラケルスス (Paracelsus)
パラケルススは、15世紀のヨーロッパに実在した、近代医学の始祖ともいうべき先鋭的な医者であり、
錬金術師であり、さらに悪魔使いでもあるという、3つの顔をもった驚異の人物である。
パラケルススは、魔術は信じなかったが、万物に魔術的力が宿っていることは信じた。
この思想に則り、鉱物を調合して薬品をつくり患者に投与することで、梅毒やペストの患者も救い、名声を博した。
また、傷の治療に熱湯をかけるか、壊疽してから切断するかしかなかった時代に、膿を絞りだし、
患部を清潔にして化膿を防ぐことで傷は自然治癒するという画期的な考えを示し、それに成功した。
しかし、あまりに歯に衣着せぬもの言いが敵をつくり、せっかく手にいれたバーゼル(Basel)大学の教授の職を棒に振り、
放浪生活を送る羽目になる。この放浪の時代に、多数の著作をおこなっている。
伝説的な人物というのは、奇妙なエピソードが必ずあるものだ。
以下はパラケルススの才能が、悪魔に由来するとしたエピソードである。
彼がインスブルック(Innsbruck)滞在中のことだが、森を散策中に奇妙な声を聞いた。
彼の名前を叫んでいるのだが、あたりに人のいる気配はない。
いぶかったパラケルススは大声でたずねた。
「だれだ、わたしを呼ぶのは」
返事のする方向を探してみると、大きなモミの幹に実がひとつ、くくりつけられている。
しかも、ていねいにも十字架によって三重に封印されているではないか。
パラケルススはモミの幹の中に悪魔が閉じ込められていることをさとった。
「ここから助けてくれ。なんでも望みのものをやるから」
悪魔は悲鳴をあげていた。
交渉の結果、どんな病気も治せる霊薬と、すべての品物を黄金に変える秘薬を提供するという。
パラケルススはさっそくナイフでモミの実を取り除いてやった。
幹の割れ目から一匹の蜘蛛が飛び出して、あっという間に醜い顔の男に変身した。
それから、悪魔は約束通りに薬品を二種類差し出したのである。
好意的なパラケルススに気持ちを許したのか、悪魔は自分をここに閉じ込めた聖職者に復讐するのを手伝ってくれといいだした。
そこでパラケルススはたずねた。
「おまえを蜘蛛に変えるなんて、神父さんはすごい能力の持ち主だ。
しかし、おまえは自分の力では蜘蛛に変身して、この小さな穴の中にもぐりこむことなどできないだろう」
「なに、簡単なことさ。まあ見せてやろう」
そういうと、悪魔は蜘蛛に変身し、再びモミの実の穴の中にもぐりこんだ。
パラケルススはすかさず割れ目をモミの実で塞ぎ、以前のように十字架で封印してしまったのだ。
悪魔がわめいても後の祭りである。
こうして、パラケルススは悪魔をだまし、万能薬と黄金製造薬だけをうまうまと手に入れることができたのだという。
(ギリシア神話事典より)