クリミア危機         歴史年表          ヨーロッパ史
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クリミア半島併合

2014年3月、ウクライナ南部に位置するクリミア自治共和国にロシアが軍事介入。
ロシア系住民が多いクリミアの住民は住民投票の結果、ウクライナからの独立とロシア編入を決定しました。

黒海に面するクリミア半島は、ロシアにとって地政学的に重要な地域として捉えられ、カスピ海で産出される石油、天然ガスの欧米に対しての積み出し拠点として重要な位置を占めていました。

ロシアがクリミアに軍事介入すると、それを看過できないアメリカやEU(欧州連合)が経済制裁を発動して対抗、ロシアと欧米との関係は冷戦終結以来、最悪の事態となりました。

クリミアは、かつてタタール人の国でしたが、ロシア帝国が18世紀に併合し、セヴァストポリ軍港(Sevastopol)を基地とする黒海艦隊を創設しました。
ソ連になってからもクリミアはロシア共和国の一部とされ、タタール人の多くが追放された結果、クリミアの6割はロシア系の住民となりました。

クリミアは1954年にロシア共和国からウクライナ共和国に移管され、1991年にソ連が崩壊したことから、この重要な戦略的拠点と艦隊を失うまいとするロシアと、ロシアの覇権主義を警戒するウクライナの間で対立が生じます。

特に、セヴァストポリ軍港は1954年当時、ロシア共和国ではなくソ連邦の直轄統治下にあったため、ロシアはソ連の法的継承国となったロシアに属すると主張しました。
クリミアのロシア系住民も、ロシアへの帰属を求める運動を起こしました。

1997年、ロシアとウクライナは、艦隊と基地を分割する協定を締結し、ロシアは基地の使用代をウクライナに支払う形で、艦隊の維持に成功します。
ウクライナも、この協定によってロシアに依存していたエネルギー資源の債務を相殺でき、一旦この問題は落ち着いたかのように見えました。



アメリカの思惑

2013年11月、親ロシア派のヤヌコーヴィチ政権がEU加盟交渉を打ち切ったことにより、欧州統合支持者による大規模反政府デモが発生しました。

2014年2月、ヤヌコーヴィチ大統領が追放されると、これに反発した親ロシア派が、クリミアのロシア編入を住民投票で強行、ウクライナ東部も同調し、深刻な内戦に発展しました。

EUは必要な天然ガスの3割をロシアからパイプラインで調達しており、そのうち約6割がウクライナを経由しています。

2006年と2009年には、価格交渉のもつれや滞納金の未払いを理由にロシアがウクライナ向けの天然ガス供給を停止し、欧州諸国が大混乱に陥ったという過去があります。
ロシアに対する価格交渉力を高めるなど、エネルギー確保の優位性や安定性の観点から見ても、ウクライナの陣営への取り込みはEUにとって重要な政策課題となるわけです。

一方、アメリカは安く生産できる天然ガス(シェールガス)の売り先を探していました
アメリカは天然ガスを売り込む目的でEUに圧力をかけ、反政府政権を正規に認めてロシアからのエネルギーを止めてしまえと画策した訳です。

また、NATO(北大西洋条約機構)から見て、ウクライナはロシアとの緩衝地帯。
ウクライナがロシア側に取り込まれた場合、ユーラシア地政学における勢力図が激変する可能性があります。

ウクライナを西側諸国に引き込んでおくことが、アメリカの国益に直結すると考えているのです。
こういった情勢を見てロシアは「クリミアだけは渡さない」とクリミアに進軍したのです。

またウクライナ東部(ドネツクとルガンツク)は、ロシアにとってクリミア半島への陸路を確保するための「回廊」であり、ロシアの狙いは、クリミア半島をロシア領として確保する事でありました。

2015年2月、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4カ国は、ベラルーシの首都ミンスクにおいて、ウクライナ東部での停戦に関する合意文書を調印しました。
ウクライナ東部の親ロシア派も4カ国首脳がまとめた停戦合意文書に署名しました。(ミンスク合意)


   
             




プーチンの執念

2014年ウクライナで、大統領選挙があった。親EU派と親ロシア派との決戦だった。

だが、親EU派市民が武装蜂起し、結果、親ロシア派政権が倒れたのが「ウクライナ騒乱」であった。

ロシアは、騒乱の原因がアメリカの工作によるものとして、ウクライナ主権の侵害を主張。
結果、ロシアは、ウクライナに侵攻し、クリミア半島を併合するという軍事行動に出た。

ロシアのこの行動のきっかけは、当時、親EU派候補が、NATO加盟を強く望んでいたためであった。

放置すれば、NATOやEUへの加盟はおろか、ウクライナ領内にNATO基地ができあがる恐れがある。
ロシアのプーチン政権にとってみれば、これを見過ごすわけにはいかなかったのだ。

ロシアのクリミア併合は、住民投票という一応、民主的な手続きを踏んでいる。

しかし「併合」という強硬措置に対して、欧米は激しく非難した。
アメリカやEUは、ロシアに対し、資産凍結や金融取引の制限といった経済制裁を課した。

ロシア側の言い分は、クリミア半島はロシア系住民が多く、かつてはロシアの本拠地であったというものである。

実際、ロシアにとって、クリミアは自ら守り続けてきた土地という意識が根強い。

黒海艦隊が駐留するセヴァストポリ軍港は、ロシア海軍が地中海に展開できる唯一の不凍港であった。
ロシアにとってクリミア併合は、ウクライナからの失地の回復であるばかりでなく、かつてのロシア帝国の世界戦略の本拠地を、再び取り戻すという意義もあったのだ。

そして、クリミア半島を死守しようとするプーチンの執念のようなものを感じた欧米諸国は、口では激しく非難したものの、最終的にはロシアのクリミア併合を黙認したのである。