黒澤明 (くろさわあきら)(1910-1998)

1910年(明治43年)3月23日東京生まれ。京華学園中学卒。

1936年(昭和11年)「PCL」(写真化学研究所、のちの東宝)に入社。
1943年(昭和18年)「姿三四郎」で監督デビュー。

1951年(昭和26年)「羅生門」でベネチア国際映画祭グランプリを獲得。

「生きる」「七人の侍」「用心棒」などを次々と発表し、世界から高い評価を得る。
のち海外資本と提携して「乱」などを製作。

ダイナミックなアクション表現やヒューマニズムを基調とした作品に特色がある。
1985年(昭和60年)文化勲章。1998年(平成10年)9月6日死去。88歳。没後、国民栄誉賞。



「ヴェネツィア国際映画祭」1951年(昭和26年)「羅生門」(金獅子賞、イタリア批評家賞)
「アカデミー賞」 1952年(昭和27年)「羅生門」(最優秀外国映画名誉賞)
「ヴェネツィア国際映画祭」1954年(昭和29年)「デルス・ウザーラ」(外国語映画賞)
「アカデミー賞」 1975年(昭和50年)「羅生門」(最優秀外国映画名誉賞)
「カンヌ国際映画祭」1980年(昭和55年)「影武者」(グランプリ)
「ベルリン国際映画祭」1959年(昭和34年)「隠し砦の三悪人」(監督賞)
「ブルーリボン賞」1985年(昭和60年)「乱」(監督賞)




代表作品

東宝「姿三四郎」(藤田進、轟夕起子、大河内伝次郎、月形龍之介、志村喬、花井蘭子)1943年(昭和18年)
東宝「一番美しく」(志村喬、清川荘司、菅井一郎、入江たか子、矢口陽子)1944年(昭和19年)
東宝「続、姿三四郎」(藤田進、轟夕起子、大河内伝次郎、月形龍之介、森雅之)1945年(昭和20年)
東宝「わが青春に悔いなし」(原節子、藤田進、大河内伝次郎、杉村春子)1946年(昭和21年)

東宝「素晴らしき日曜日」(沼崎勲、中北千枝子、渡辺篤、中村是好、内海突破)1947年(昭和22年)
東宝「酔いどれ天使」(志村喬、三船敏郎、木暮実千代、山本礼三郎、久我美子)1948年(昭和23年)
大映「静かなる決闘」(三船敏郎、三條美紀、志村喬、植村謙二郎、山口勇) 1949年(昭和24年)
新東宝「野良犬」(三船敏郎、志村喬、淡路恵子、木村功、河村黎吉、岸輝子)1949年(昭和24年)

松竹「醜聞」(三船敏郎、山口淑子、桂木洋子、小沢栄、志村喬)1950年(昭和25年)
大映「羅生門」(三船敏郎、京マチ子、志村喬、森雅之、千秋実)1950年(昭和25年)
松竹「白痴」(原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子、志村喬)1951年(昭和26年)
東宝「虎の尾を踏む男たち」(大河内伝次郎、藤田進、榎本健一、森雅之、志村喬、仁科周芳)1952年(昭和27年)

東宝「生きる」(志村喬、日守新一、田中春男、千秋実、小田切みき)1952年(昭和27年)
東宝「七人の侍」(三船敏郎、志村喬、津島恵子、島崎雪子、藤原釜足、加東大介)1954年(昭和29年)
東宝「生きものの記録」(三船敏郎、志村喬、千秋実、清水将夫、三好栄子、東野英治郎)1955年(昭和30年)  
東宝「蜘蛛巣城」(三船敏郎、山田五十鈴、志村喬、久保明、太刀川洋一)1957年(昭和32年)

東宝「どん底」(三船敏郎、山田五十鈴、香川京子、中村鴈治郎、千秋実)1957年(昭和32年)
東宝「隠し砦の三悪人」(三船敏郎、志村喬、千秋実、藤原釜足、藤田進)1958年(昭和33年)
東宝「悪い奴ほどよく眠る」(三船敏郎、森雅之、香川京子、三橋達也、志村喬、笠智衆)1960年(昭和35年)
東宝「用心棒」(三船敏郎、仲代達矢、東野英治郎、司葉子、加東大介)1961年(昭和36年)

東宝「椿三十郎」(三船敏郎、仲代達矢、小林桂樹、加山雄三、団令子、志村喬)1962年(昭和37年)
東宝「天国と地獄」(三船敏郎、香川京子、三橋達也、仲代達矢、山崎努)1963年(昭和38年)
東宝「赤ひげ」(三船敏郎、加山雄三、香川京子、山崎努、二木てるみ、杉村春子)1965年(昭和40年)
東宝「どですかでん」(頭師佳孝、菅井きん、殿村敏之、三波伸介、橘侑子)1970年(昭和45年)

ヘラルド「デルス・ウザーラ」(ユーリー・サローミン、マクシム・ムンズク)1975年(昭和50年)
東宝「影武者」(仲代達矢、山崎努、萩原健一、根津甚八、大滝秀治)1980年(昭和55年)
東宝「乱」(仲代達矢、寺尾聰、根津甚八、隆大介、原田美枝子)1985年(昭和60年)(平成2年)
ワーナー「夢」(中野聡彦、倍賞美津子、伊崎充則、寺尾聡、笠智衆)1990年

松竹「八月の狂詩曲」(村瀬幸子、井川比佐志、茅島成美、大寶智子、伊崎充則)1991年(平成3年)
東宝「まあだだよ」(松村達雄、香川京子、井川比佐志、所ジョージ、油井昌由樹、寺尾聰)1993年(平成5年)