原爆の子 1952年(昭和27年) 邦画名作選
瀬戸内海の島で教師を勤める孝子(乙羽信子)は、七年ぶりに故郷・広島の街を訪れる。
戦後復興の兆しの中、かつての教え子の家庭で目撃したのは未だ残る原爆の惨禍だった。
教会にひきとられ白血病に苦しむ子、原爆症で父親を亡くしたばかりの子。
そして、本人も原爆症で足をやられ、ビッコをひきながら歩く教え子。
いずれも悲惨なその惨状を目の当たりにして、原爆の呪いは一体どこまで続くのか、
孝子は嗚咽して泣くしかなかった。
占領期間中、アメリカは、広島・長崎の原爆の被害に触れることを一切禁止していた。
広島の被害の実情が映画で公開されたのは、1952年に占領が終わってからであった。
1952年八月、広島出身の新藤兼人監督による「原爆の子」が、満を持して公開された。
本作は、被爆後七年たっても、放射能の後遺症で、次々と被爆者が死んでゆくという
恐ろしい現実をストーリー展開の中に描き込んでいた。
多くの日本人にとって、初めて知らされた衝撃的な事実であり、人々を核兵器反対に
促す大きな力となった。
製作 近代映画協会 配給 北星映画
監督 新藤兼人
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配役 |
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教員・石川孝子 |
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乙羽信子 |
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孝司 |
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宇野重吉 |
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孝子の父・利明 |
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清水将夫 |
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おとよ |
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北林谷栄 |
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石川岩吉 |
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滝沢修 |
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