野火 1959年(昭和34年) 邦画名作選 |
太平洋戦争末期、日本軍の敗色が濃厚となったフィリピン・レイテ島。
田村一等兵(船越英二)は結核を患い、上官から野戦病院行きを命じられる。
だが負傷兵だらけで収容する余裕がないからと、野戦病院からも追い出される。
こうして田村は、空腹と孤独を抱えながら、あてもなく島を彷徨う事になった。
同じく行き所の無い大勢の敗残兵たちも、密林の中を彷徨い歩いていた。
その中には人肉を干物にして食べている一団もあり、油断すると殺されてしまう。
田村はその手を逃れ、逆に相手を射殺してしまう。
銃を捨てて、よろよろとその場を離れた彼の眼に、野火の煙が見えた。
そこにはきっと、普通の暮らしをしている人々がいるはずであった。
田村は、彼方の野火に向かって歩き出した。だが、銃声とともに彼は倒れる。
そして、それきり動かなかった。
1951年、総合雑誌「展望」に掲載された大岡昇平の同名小説を市川崑が映画化。
原作は、部隊からも見棄てられ、病院からも追われた一兵卒の孤独な彷徨を
描いた内容で、人間性の極限に迫る戦記文学の金字塔とされている。
日本の戦記文学の特色は、それが敗者の文学であるということだ。
作者が戦争に関わった如何に依らず、内容から滲み出る悲哀感には共通のものがある。
死を賭けて守ろうとした道徳的価値に、意味が無かった事を知った者の悲しみである。
監督の市川崑は、主演に大映の人気スターではなく、脇役俳優の船越英二を抜擢した。
船越は当時、気の弱そうな目立たぬ善人といった役どころを好演していた性格俳優であった。
この映画では、ぎりぎりの瀬戸際に追い詰められても、遂に人間の肉だけは食えないという、
人間の究極の善のありようを、彼は見事に演じていた。
本作のために減食して減量し、頬はやつれ、目はあらぬ方に向き、幽鬼のようなよろよろとした
歩きぶりまで迫真のリアリズムだった。
船越英二の弱々しい善良さが最大限に活用された本作は、戦争の悲惨さを描いた最も優れた
作品の一つと評価されるに至った。
製作 大映
監督 市川崑 原作 大岡昇平
配役 | 田村一等兵 | 船越英二 | 無精髯の軍医 | 石黒達也 | |||||||||
永松一等兵 | ミッキー・カーチス | 狂人の将校 | 浜村純 | ||||||||||
安田班長 | 滝沢修 | ||||||||||||
下士官 | 浜口喜博 |