蒼氓(そうぼう)   1937年(昭和12年)     邦画名作選
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1930年3月8日、神戸港にブラジルへ行く移民が集まって来る。出航は8日後だった。

移民の多くが東北の百姓で、ブラジルを新天地として再起を図っている。

孫市(伊沢一郎)とお夏(黒田記代)もそのうちの一人だ。

だが孫市は、周囲から徴兵逃れの疑いを掛けられ、心穏やかでない。

姉のお夏は、故郷に入る男性への思いに後ろ髪を引かれている。

出航の日、港には移民たちの親族が見送りに来た。

船が動き出すと、皆は万歳を叫び、知らず知らずに涙を幾筋も流した。

孫市も万歳を唱えていたが、ふと気が付くと姉のお夏が見当たらない。

船のデッキや廊下を探し、最後に部屋の中を見てみるとお夏の姿があった。

彼女は半ば伏したまま、おいおいと泣いていた。孫市はそれを見て、涙がどっと溢れてきた。

エンジンの響く音が聞こえ、船が速度を上げた。



1935年第一回芥川賞を受賞した石川達三の同名小説を、熊谷久虎監督が映画化。

舞台は神戸の「移民収容所」である。日本の農村は当時、疲弊しきっていた。

東北地方は凶作のため、農家女子の身売りが多発し、一家は雑穀の雑炊に辛くも
飢えをしのぐという事態に陥っていた。

そんな悲惨な貧困問題を解決する国策として、政府は移民、とりわけブラジルへの
移民を奨励していた。

日本の各地の貧しい農村から、多くの農民たちが、政府の呼びかけに、半信半疑で、
ブラジルの新天地を目指して移民していったのである。


「蒼氓」とは名もない群衆の意味。
そのタイトルが示す通り、物語の中には、様々な思いを持つ人々が登場する。

その中でも主軸となって描かれるのが、お夏と孫市の姉弟である。

お夏は故郷に結婚を申し込まれた男性がいたのだが、弟とのブラジル行きを
先に約束していたため、泣く泣く移民になる。

だが、収容所へ届く男性からの手紙に、お夏は心を揺さぶられていく。

一方、孫市は移民先のブラジルに夢を持っているが、周囲から徴兵逃れでは
ないのかと指摘されて、自問自答に苦しむ。

そんな二人の心境の描写をはじめ、他の移民たちの感情や思いが物語を複雑に形成している。



 
 
 製作   日活

  監督   熊谷久虎  原作 石川達三

  配役    佐藤夏 黒田記代 中津川 山本礼三郎
      佐藤孫市 伊沢一郎 女房 滝花久子
      門馬勝治 星ひかる 大泉 島耕二
      堀川 中田弘二 女房 沢村貞子

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