夕餉前(ゆうげまえ) 1940年(昭和15年) ドラマ傑作選


1940年(昭和15年)4月13日、日本最初のテレビドラマである「夕餉前」が、世田谷区・砧にある
NHK 技研スタジオから実験放送として生放送された。
内容は、娘の縁談を前にした母子家庭の夕餉前のひと時を描いた12分ほどのホームドラマ。
映像と音声は、内幸町のNHK東京放送会館、愛宕山の常設テレビ観覧所(現・NHK放送博物館)、
そして、日本橋の三越百貨店内の一般公開用モニターテレビの3か所に送信された。
三越百貨店で開催中の電波展のブラウン管に、やや不鮮明ながら人影が映し出されると、
会場からワーッと歓声が上がったという。
登場人物は、母(原泉子)兄(野々村潔)妹(関志保子)のわずか3人だった。母がもち帰った
写真を、兄と妹はお互いの見合い写真と取り違えるというスケッチ風の喜劇である。
3人とも、滝沢修や宇野重吉が所属する「新協劇団」の中堅俳優だったが、リハーサルは
難行苦行の連続だったという。
スタジオが極端に狭いうえに、肝心のカメラも非常に感度が悪く、10万ルクスほどに
照明を上げないと映らないし、もちろんズームレンズもビデオもない。
衣裳も焦げだすほどの強烈なライトで、ひたすら高熱に耐えなければならなかった。
ようやく本番が終了し、スタッフ一同がヤレヤレというところで三越会場から電話が入り、
「逓信大臣が会場に来たのでもう一度やれ」との注文。
ライトの高熱でスタッフも出演者もグッタリしていたが、いささか、うんざりしながらも、
何とか再演したという。
その後、数本の実験ドラマが放映され、本放送に向けてスタッフの夢はふくらむ一方だったが、
折からの太平洋戦争勃発により中断されることとなった。
これ以後、ドラマの実験放送は、1952年(昭和27年)まで長いブランクの年月を送ることになる。
(制作)NHK(脚本)伊馬春部
(配役)母(原泉子)兄・篤(野々村潔)妹・貴美子(関志保子)
