2月18日  左慈 (さじ)   (Zuoci)  
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後漢末の道士。字(あざな)は元放。号は鉄冠子。
揚州廬江郡の出身。(現在の安徽省合肥市)

優れた幻術の使い手で、不老の術を心得ていたという。
一説には峨眉山中で「遁甲天書」(とんこうてんしょ)なる一書を得て飛空・隠身・変化(へんげ)・土遁(土中を通り抜ける)・飛刀(剣を飛ばして人を殺す)などの術を会得したという。

曹操の宴席に出席したとき、曹操が「呉の松江のスズキが欲しい」といいだすと、水を張ったタライからこれを何尾も釣りあげてみせた。

また、スズキにあわせる蜀のショウガを手にいれてきてほしいというと、これにも二つ返事で応じる。

いささか疑問に思った曹操が「ついでに蜀にいっている使者に言づけを頼む」というと、それも引き受けて会場をでていき、しばらくするとショウガと使者の手紙をもって帰ってきた。

あとで曹操が使者に確認すると、時日も状況も完全に一致していたのだった。

また別の機会に、曹操が100人ほどの役人を連れて外へでかけていったことがある。
このとき左慈は酒一升、肉一斤をもって役人たちに酌をしてまわったが、だれもが満腹するまで飲み食いできた。

ところが、これをあやしんだ曹操が調べさせると、付近の酒場の酒と肉がすっかりなくなっていたという。

さすがに恐れた曹操が左慈を捕らえさせようとすると、彼は壁のなかに溶けこむように消えた。
市場で捕らえようとすればいあわせた者がみな左慈の姿となり、山で出会えば羊の群れのなかに隠れられるなどして、ついに捕らえることはできなかった。

「三国演義」では、曹操にはじめて会ったとき「劉備に天下を譲って不老長生の修行をせよ」といったために縛られて鞭打たれたがケロリとしていた、という話や、曹操に追われ鶴に乗って空へ逃げたが、その際曹操の死を予言するなど、奇人ぶりに拍車がかかっている。

なお左慈は、芥川龍之介の小説「杜子春」にも峨眉山の仙人として登場している。

「魔法事典」(山北篤)より

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