2月22日    名糖ホームランバー  1955年 (昭和30年)
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「ホームランバー」といえば、「あたりが出たらもう1本」

アイスクリームをなめ終わり、ホームランバーの平らな棒に「ホームラン」という焼き印が押されていれば、その場でもう1本、
「ヒット」なら3本集めるともう1本貰えるというもの。

当たりクジの効果が当時の子供たちの心を捕らえ爆発的ブームとなりました。

1955(昭和30)年、名糖(現在は協同乳業)はデンマークから大量生産できる機械を輸入し、日本で初めてバータイプのアイスクリームを製造。

それまでジュースを凍らせたようなものが主流だったバーアイス市場で初のミルクタイプを販売しました。
発売当初の商品名は「アイスクリームバー」で、包み紙は子供たちに大人気だった野球のデザイン。

売り場は主に町の駄菓子屋さんで、ショーケースもまだ電気で冷やすタイプではなく、ドライアイスを利用した魔法瓶タイプのものを使用していました。
その後、1960(昭和35)年、巨人入団2年目で大活躍中だった長島茂雄選手をCMに起用し、同時に名称を「ホームランバー」に変更します。

品質表示がきびしい現在は、乳脂肪分が10%以上じゃないと「アイスクリーム」と表示できず、それ以下のものは「ラクトアイス」とか「アイスミルク」というように表示しなければなりません。
しかし当時は、そういった規制は存在せず、一本10円のホームランバーも、しっかりとアイスクリームとして存在することが許されていました。

このホームランバーは、ミルクとバニラのソフトな味わいが魅力です。
その味わいはやわらかく、ミルクアイスとバニラクリームの中間の味わいでした。

名糖ホームランバーのように夢のあるアイスが少しづつ少なくなっていることは残念な気がしますね。


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