4月4日   ジャズの歴史  (1)  ディキシーランド・ジャズ (Dixie)  
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サッチモこと「ルイ・アームストロング」(Louis Armstrong)は、1901年、ルイジアナ州ニューオリンズに生まれました。

母親は売春婦として外に出ていたため、ルイは元奴隷だった祖母に預けられて育ちました。
11歳のときには、路上で歌を歌ってお金を貰うようになり、また石炭売りのアルバイトに励みました。

ある日ピストルを盗み出して路上で発砲、少年院に入れられ、そこで彼は指導員からトランペットの手ほどきを受けました。
1914年 釈放されるとキャバレーでミュージシャンとしてデビュー。
トランペットと出会ったことから、彼の人生が変わり、フレンドリーな芸術家としての一生を送ることとなりました。

彼の一番大きな功績は、ジャズの歌唱に新しいスタイルを確立したことにあると言えるでしょう。

1926年、ルイがレコードを録音中に歌詞カードを落としてしまい、苦肉の策としてアドリブで歌い続けたそうです。
あとからその録音を聴いてみたところ、出来が素晴らしかったため、そのままレコードとして販売されました。
そしてこのレコードが大ヒットを記録したのです。

これをきっかけに、歌詞を単にメロディに乗せて歌うのではなく、時には楽器のように使い、アドリブを入れるというジャズ・ヴォーカルの技法が編み出されました。


「ディキシーランド・ジャズ」は、1900年前後にルイジアナ州ニュ−オリンズに起こった音楽です。(ディキシーはアメリカ南部諸州の俗称)

ルイジアナは、もともとフランスの植民地で、綿花、穀物などの農業国でした。
大農園主たちは、労働者として黒人奴隷を連れてきて過酷な労働につかせていたのです。

南北戦争の後、黒人奴隷は解放され、軍の払い下げの楽器を手にし、かすかなアフリカの記憶と黒人の持つ音楽センスと、当時アメリカで流行していた
シンコペーションを強調したラグタイム(ragtime)をミックスしてジャズの基礎となる音楽が生まれました。
これが「ディキシーランド・ジャズ」と呼ばれるようになりました。

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      聖者の行進 (When The Saints Go Marching In)                        

  黒人霊歌(gospel song)。作詞作曲者は不明。1938年にレコーディング。

 
  ニューオリンズで黒人の葬儀の際に使用された曲を、ブラスバンドで演奏したのがルイ・アームストロングだった。   
  埋葬に行くときには静かな調子で、埋葬の時は悲しげに、埋葬が終わると、この曲でパレードをして帰っていった。  
  当初は、黒人教会の牧師から厳しい批判を受けた。神聖な宗教歌をジャズで演奏するのはけしからんというのがその理由だ。   
  いまではディキシーランド・ジャズのスタンダードとなった。  
  ルイ・アームストロングはジャズの歴史のなかで最初に現れた天才であり、彼の出現はジャズそのものを大きく変える巨大な事件でもあった。  
  ソロによるアドリブの重要性を示した彼の演奏に、影響を受けたジャズメンの数は計り知れない。   
  1971年、生まれ故郷のニューオリンズでサッチモの葬儀が行われ、そのパレードの最後を締めくくったのが、やはり「聖者の行進」だった。  





  ラグタイム/スタンダード     
  Maple Leaf Rag (Scott Joplin)1896    
  The Entertainer (Scott Joplin)1896    
       
  ディキシーランド/スタンダード    
  Dippermouth Blues (King Oliver)1923    
  St. Louis Blues (Louis Armstrong)1925    
  Muskrat Ramble (Louis Armstrong)1926    
  Singin' the Blues (Bix Beiderbecke)1927    
  West End Blues (Louis Armstrong)1928    
  Ain't Misbehavin' (Louis Armstrong)1929    
  When It's Sleepy Time Down South (Louis Armstrong)1931    
  All of Me (Louis Armstrong)1932    
  A Kiss To Build A Dream On (Louis Armstrong)1935     
  When the Saints Go Marching In (Louis Armstrong)1938