4月16日     はじめにコトバありき   (ヨハネ伝 第一章 第一節−第五節)
   
                                                                                                                                               
太初(はじめ)に言(ことば)あり

言(ことば)は神と偕(とも)にあり、言(ことば)は神なりき

この言(ことば)は太初(はじめ)に神とともに在(あ)り

萬(よろづ)の物これに由(よ)りて成(な)り

成(な)りたる物に一つとして之(これ)によらで成(な)りたるはなし

之(これ)に生命(いのち)あり  この生命(いのち)は人の光なりき

光は暗黒(くら)き に照(て)る

而(しか)して暗黒(くら)き は之(これ)を悟(さと)らざりき



創世記による「神は、光あれと言われた。すると光があった」という創造の言 (ことば) は、造られた世界よりも先にあった。
神が天地を創造する以前、即ち、全てのものが存在する前に、言 (ことば) はすでに存在していたのである。

創造の時にはすでに存在していた原初の存在が神の言(ことば)であるならば、言(ことば)と神とは、どのような関係にあるのか。
ヨハネは答えて言う、「言(ことば)は神と偕(とも)にあり」と。

「偕(とも)に」とは、言(ことば)が神と一体不可分の存在であることを意味する。
「言(ことば)」はギリシア語では「ロゴス(Logos)」と訳され、ギリシア哲学では、万物を産みだす源泉(聖霊=言霊)を意味する言葉であった。

創造の言 (ことば)、すなわちロゴスは、世界が造られる前に神とともに存在し、神と共に働いて森羅万象に息吹き、天地万物を現出したのである。
そして、言(ことば)の中に生命があった。生命とは、新たなもの、善きものを生み出し続ける、永遠にして不滅の存在である。

永遠にして不滅の存在である、その生命こそが、我ら人間の肉体の内に宿っているのである。
人間の内にある善と真の力、太陽の光と熱の力を見れば、この生命こそが、人間を導く大いなる光明であることを悟り得られるのである。


汝(なんぢ)の 御言葉は  わが足のともしび  わが路(みち)の光なり  (詩篇119:105)

   
                             choral No.10 Matthaus