9月12日   竹取物語  (かぐや姫)
直線上に配置


今は昔、竹取の翁(おきな)といふものありけり。

野山にまじりて、竹をとりつつ、萬(よろづ)の事につかひけり。

その竹の中に、光る竹ひとすぢありけり。怪(あや)しがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。

それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうて居たり。

翁 いふやう「われ朝ごと夕ごとに見る、竹の中におはするにて知りぬ、

子になり給(たま)ふべき人なんめり」とて、手にうち入れて家にもてきぬ。


(五人の君達)

「深き志(こころざし)を知らでは、あひ難(がた)しとなむ思ふ」といふ。

翁(おきな)いはく「そもそも、いかやうなる志あらむ人にかあはむと思(おぼ)す」

かぐや姫のいはく「いささかのことなり。人の志 等(ひと)しかんなり。いかでか、中に劣(おと)り勝(まさ)りは知らむ。

五人の中に、ゆかしき物を見せ給(たま)へらむに、御志(おんこころざし)勝(まさ)りたりとて、仕(つか)うまつらむと、

そのおはすらむ人々に申(まを)し給(たま)へ」といふ。



                            (竹取物語)



(現代語訳)

昔、竹取の翁(おきな)と呼ばれるじいさんが居ったそうだ。とある日、竹取のじいさんが、山に竹を切りに裏山に出掛けた。

驚いた事に、そこに光り輝く竹をみつけたのである。近寄って、よくよくその竹の切り口を覗くと、そこには三寸ばかりの美しい娘がおった。

じいさんは、その娘を手のひらに載せ、我が家に連れて帰り、育てることにした。


(五人の求婚者たち)

「愛がどのくらい本気かわからなくちゃあ、結婚なんかできなぁい」と、かぐや姫。

竹取のじいさんが言う。「じゃあ、どれくらいマジな人なら結婚してもいいのかい」


すると、かぐや姫。「五人の男の愛は、みな、似たり寄ったり。

だから、私が見たいなあと思うものを見せてくれる人がイチバンということで結婚します。そう皆に言っといて!」


直線上に配置
         
     


竹取物語について


月世界の姫が地上に訪れ、絶世の美女に成長し、五人の貴公子、更には帝(みかど)からも求婚される。

だがやがて、天人の軍勢の迎えにより、月世界へ帰って行くという、現代から見ればSF風の、古代から

見れば神話的とも言える筋立てとなっている。



五人の貴公子の求婚譚は、何れも愚かさを露呈した滑稽話だ。例えば、庫持の皇子(くらもちのみこ)

という求婚者は、姫の言いつけ通り「蓬莱の玉の枝」なるものを持参する。

「蓬莱の玉の枝」とは、根が銀、茎が金、実が真珠という、中国に伝わる豪華絢爛な木の枝である。



実はこれ、全国から職人を集めて造られた偽物だったのだが、姫のほうは、あやうく騙されそうになる。

だがしかし、手間賃がきちんと支払われていなかった職人たちの内部告発によって、噓がばれてしまう。



こうした、かぐや姫の無理難題によって、五人の貴公子たちは窮地に追い込まれるのだが、彼ら五人は

何れも実在した歴史上の人物らしい。

例えば、庫持の皇子のモデルは、藤原鎌足の息子・藤原不比等(ふじわらふひと)とされている。



藤原氏と言えば、天皇に自分の娘を嫁がせ、天皇の外戚になることで栄華と権勢を極めた一族である。

竹取物語の原作者は不明だが、当時の藤原政権に、かなり批判的な立場にあったと思われる。



藤原不比等をはじめとする五人の貴公子たちが、姫に翻弄され、散々な目に遭わされる姿を描いて、

作者の心の内は、スカッとしたのではないかと想像させられるのである。





【竹取物語】

平安初期の物語。1巻。仮名文による最初の物語文学。作者・成立年未詳。

竹取翁(たけとりのおきな)によって竹の中から見いだされ、育てられたかぐや姫が、五人の貴公子の
求婚を退け、帝の召命にも応じず、八月十五夜に月の世界へ帰るという物語。

なお、かぐや姫の名は、第11代垂仁(すいにん)天皇(在位BC29~70)の妃、迦具夜(かぐや)姫が
モデルとされている。