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常若の国Tir na nog (ケルト神話)
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エリン(Erin)島というのは現在のアイルランド共和国である。
ここに伝わるケルト人の楽園「常若(とこわか=永遠の青春)の国」の話は、長いあいだ、吟遊詩人によって語りつがれた物語である。
3世紀ごろ、この地にはフィン・マクール王がひきいるフィアナ騎士団という名高い軍団があった。
ある日、フィン王は息子のオイシンや部下の騎士たちをともなって、ある森に狩りにでかけた。
そこに、この世の者とは思われないほど美しい娘が白馬に乗って現れた。
オイシン王子はひと目でこの娘に恋してしまった。
娘は自分の素性を語った。
彼女の名前はニアブといい妖精たちの住む「常若の国」の王女であった。
そして、聡明な詩人として知られるオイシンと結婚するために、彼に会いに来たのだという。
オイシンは結婚の申し込みに喜び、彼女とともに西方の海の彼方にある常若の国へ旅立つことを決意する。
フィン王や騎士たちが嘆き、悲しむなか、白馬にまたがって西に向かった。
途中、さまざまな不思議な光景を見ながら、野を越え、山を越え、天空を駆けて、ようやく常若の国にたどり着いた。
そこは光に満ち溢れた国だった。
木の実は枝もたわむほど実り、さまざまな草花が咲き乱れている。
鳥は歌い、風は心地よく頬をなでた。
金銀宝石で飾られた素晴らしい宮殿に到着すると、国王と王妃はふたりを出迎え、結婚の祝宴が何日もつづいた。
オイシンとニアブの夢のような日々はまたたくうちに3年が経った。
オイシンは故郷の父や仲間の騎士たちのことが妙に気になった。
そうなると望郷の念はつのるばかり、ともあれ、一度帰ろうと思った。
オイシンは悲しむニアブを鋭得し、すぐに戻ってくることを約束した。
ニアブはこういった。
「エリン島はすっかり変わっています。フィン王も騎士仲間も、もういないと思います。
それでも行くのなら絶対に白馬から降りないと誓ってください」
こころよく承知したオイシンは白馬を駆って帰路を急いだ。
海を越え、山を越え……。
ようやくエリン島にたどり着いたオイシンは、故郷のあまりの変わりように驚いた。
湖や丘、野山は昔の面影をとどめていなかった。
しかも、友人の家も見つからない。
そればかりか、不思議なことに家や馬、それに人までもすべてが小さく見える。
オイシンは村人に父フィン王のことをたずねた。
彼らはオイシンを恐ろしげに見上げながら答えた。
「そういえば、300年も前にフィアナ騎士団というのがこの国にいて、随分と活躍したらしい。
確かフィン王には息子がいたが、妖精の娘と常若の国へ行ったきり、帰ってこなかったそうだ」
オイシンは悲嘆にくれた。
そして父の舘のあった丘に向かったが、そこには雑草の茂る廃墟があるのみだった。
「だれか、私を知る人がいないだろうか」
そう思いながら村を進むと、小さな人々が集まって、大きな石板を動かそうと苦労している。
彼は馬上から身をかがめてこれを手伝った。
その時、黄金の鐙(あぶみ)が切れてしまい、オイシンは馬から落ち、両足が大地についてしまった。
その途端、オイシンは全身から力が抜けたように感じた。
彼はみるみるしわだらけの老人になってしまったのである。
しかも、白馬は走り去ってしまった。
つまり常若の国へ帰るすべを失ってしまったのである。
The Lay of Oisin in the Land of Youth(Michael Comyn)