父の詫び状   1986年(昭和61年)       ドラマ傑作選

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昭和15年、父・征一郎(杉浦直樹)の転勤で一家は高松から東京へ引っ越してきた。


父は、高等小学校を出て、努力を重ねて保険会社の支店長にまで出世した苦労人である。

だが、家の中では小言が多く、有無を言わせずゲンコツを飛ばす暴君だった。

母・しのぶ(吉村実子)は人並み以上に行き届いた人であるにもかかわらず、よく怒鳴られた。


ある年の冬、父が夜更けに、大勢の客人を連れて帰宅したことがあった。

こういう時、一家は総出でおもてなしをしないといけない。

母親は膳の支度で忙しく、長女の恭子(長谷川真弓)は、玄関で客人の靴についた雪を落としていた。

その時、父が手洗いから出てきたので、恭子は何げに尋ねた。




「お父さん、お客さまは何人ですか」

「馬鹿。お前は何のために靴を揃えているんだ。はだしのお客さまがいると思ってるのか」


靴を数えれば客の人数は判るではないか。当り前のことを聞くなというのである。

一事が万事、この調子であった。




作家・向田邦子が自分の少女時代の思い出をつづった随筆集のドラマ化。


ドラマは、一家の長女・恭子の語りによって進行する。

恭子は幼い時、父を畏怖し、嫌ってもいた。しかし長ずるにつれ、
その横暴さの裏に潜む、社会人としての哀しさを感じるようになる。


父は高等小学校卒でありながら、異例の出世をし、支店長にもなっていた。

だがその裏には、卑屈なまでに会社に平身低頭し、同僚が家に訪ねてくると
分不相応と思えるほど大盤振る舞いするという父の姿があった。

家長としてふんぞり返る父の姿は、社会の中での弱い立場の裏返しだった。


父は、会社の中でのままならなさを、家庭で暴君として振る舞うことで
埋め合わせていたのだった。

家族のことを心から愛していながら、家の中ではいばり散らしていた父。
そんな夫を陰ひなたなく支えた母。


本作は、ベーゴマ、チャンバラごっこ、紙芝居など、戦前の懐かしい風俗
と共に、庶民の家族の絆や哀感がしみじみと描かれた珠玉の名篇である。
   

 
(制作)NHK(原作)向田邦子(脚本)ジェームス三木

(配役)田向征一郎(杉浦直樹)田向しのぶ(吉村実子)田向恭子(長谷川真弓)田向順子(大塚ちか子)

田向武(藤田龍美)田向礼子(米沢由香)田向千代(沢村貞子)語り(岸本加世子)



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