この母を見よ 1930年(昭和5年) 邦画名作選 |
主人公の倭子(しずこ)は、結婚して娘を出産、学者の夫と幸せな結婚生活を送っていた。
ところが夫が交通事故で急死。蓄えもなかったことから、幼い娘を抱えて生活に困窮する。
彼女は餓死しかかったとき、思わず盗んだ一枚の紙幣のために群集から罵られて制裁を受け、
ついに鉄道に身を投げて命を絶つ。
社会の底辺に生きる一人の未亡人の悲惨な境遇を描いた異色作。
脚本は、ポーランドの作家エリイザ・オルゼシュコの「寡婦マルタ」よりヒントを得て、
八木保太郎が脚色、田坂具隆監督が映画化したもの。
昭和初期、世界的不況を受け、失業者が巷に溢れ、東北の農村では娘の身売りが行われ、
社会主義団体が活動したが抑圧され、暗い時代が予感された。
このような時期に、左翼的題材を掲げて公開された本作は、学生や若い観客層に熱烈に
迎えられた。
だが本作は、当局の検閲により、公開前に作品の一部削除を余儀なくされている。
カットされた部分は、在日朝鮮人の貧困を描いた場面だった。
映画の中に、朝鮮人を描いてはいけないということはなかったが、朝鮮人の現実をリアルに
描けば、植民地支配体制への批判につながる可能性があり、検閲はその面で厳しかった。
多くの朝鮮人が日本で差別と抑圧を受けながら暮らしているということも、日本映画では
長い間、描く事が困難な事柄のひとつであった。
主演の滝花久子は、女学校を卒業後の1925年、日活へ入社したインテリ女優である。
同期入社の二枚目スター島耕二の「夫婦全集 1927」「二人の女 1928」「君恋し 1929」
「私と彼女 1929」などで相手役を演じ人気が出る。
遅れて入社した入江たか子、夏川静江とともに、戦前の日活現代劇の全盛時代を支える
三人娘として活躍。
芸歴は長きに渡り、戦後はつつましやかな母親役を演じ、演技派女優として声価を高めた。
製作 日活
監督 田坂具隆
配役 | 倭子 | 滝花久子 | 桑木 | 南部章三 | |||||||||
祥子 | 入江たか子 | 満村 | 大原仁美 | ||||||||||
瑠璃子 | 佐久間妙子 |