街の入墨者 1935年(昭和10年) 邦画名作選 |
岩吉(河原崎長十郎)は、しがない無名のやくざである。
やくざにはやくざの義理ってもんがあるんだと、妹(山岸しず江)や
その亭主の三次郎(中村翫右衛門)に、口癖のように言い訳する。
その実、何かあれば親分(橘小三郎)は、平気で自分を消そうとする。
余りの事にカッとなり、親分を殺して、佃島の牢に入れられる。
一心に務めて、恩赦で出獄すると、妹夫婦が心から迎えてくれた。
岩吉は、今度こそ真人間になろうと誓った。
だが、前科者には腕に入れ墨がされ、おかげで銭湯へもゆけない。
長屋に泥棒が入ると、すぐ疑いの目を注がれる。
自分ばかりか、身内の者まで色眼鏡で見られる。
それでも一心に辛抱して、真犯人を捕まえた時には、自分も死ぬ時であった。
死んでみせなければ、潔白を信じてもらえない入墨者の哀れさである。
当時の映画界は、千恵蔵プロ、阪妻プロ、右太衛門プロなど、時代劇スターが
それぞれ自分の映画会社を設立して、群雄割拠の様相を呈していた。
スター・システム、要するに「俳優を看板にして客を呼ぶ」という経営戦略が
商業映画のセオリーとなっていたのである。
一方で、前進座というプロの興行集団が存在していた。
彼らはもともと、歌舞伎や時代劇のスター中心主義に反対して結成された
劇団であり、劇団員の間に同志関係に近い相互に研究し合う気風があった。
山中貞雄は、この前進座に大いに共感して「街の入墨者」で初めて一緒に
仕事をした。
本作は、島流しの刑を終えて帰って来て、弟の家に身を寄せてひっそりと
暮らしている兄と、世間をはばかる兄を懸命にかばう弟夫婦の物語である。
兄を河原崎長十郎がやり、弟を中村翫右衛門が演じた。
どちらも既成の時代劇スターのやりたがるヒーローではなく、みじめで現実的な
人間像である。前進座の参加で映画化が可能になった題材といえる。。
製作 日活
監督 山中貞雄 原作 長谷川伸
配役 | 岩吉 | 河原崎長十郎 | お雪 | 河原崎国太郎 | |||||||||
三次郎 | 中村翫右衛門 | 目明し松五郎 | 清川荘司 | ||||||||||
おきち | 山岸しず江 | 金兵衛親分 | 橘小三郎 | ||||||||||
おたね | 深水藤子 | 長屋の男・茂十 | 高勢実乗 |