鬼の棲む舘 1969年(昭和44年) 邦画名作選
時は南北朝の戦乱の世。
盗賊に身落ちした無明太郎は、山寺で情人愛染と自堕落な生活を送っていた。
そこへ京からはるばる太郎の妻・楓が訪ねてきて、奇妙な同棲生活が始まる。
ある日、道に迷った高野の上人が、一夜の宿を乞うて山寺を訪れた…。
谷崎潤一郎の戯曲「無明と愛染」を、新藤兼人が脚色、三隅研次が監督した異色文芸大作。
南北朝時代、戦火もとどかぬ山奥の古寺を舞台に、男女の凄まじい愛憎劇が描き出される。
かつて色香に惑わされた上人が、再び愛染の色香に迷い、自責の念から、舌を噛みきって息絶える。
しかし上人の導きで、無明太郎の目は光を見る。人の運命が二つに分かれる結末に、好対照が光る。
盗賊が宗教の力に救われ、それを施した上人が却って堕落するという皮肉に富んだ物語である。
宗教さえ女の色香には及ばず、最強の悪女を描き出す谷崎文学の真髄ここに極まると言うべきか。
製作 大映
監督 三隅研次 原作 谷崎潤一郎
勝新太郎と高峰秀子
大映京都で撮られた本作「鬼の棲む舘」は、当初撮影が難航していた。
主演の勝新太郎が、二日酔いで遅刻を繰り返していたからだ。
大映は当時でもスター俳優が遅刻するのは当たり前というような風習が残っていた会社であった。
高峰秀子は、自身が大スターであるにもかかわらず、遅刻が当たり前の風潮を良しとしなかった。
その日も高峰は、衣装を着てメイクもすませ、現場で椅子に掛けて、勝新太郎の到着を待っていた。
そこへ勝が一時間遅れて現れた。もちろん衣装もつけずメイクもせず、普段着で素顔のままだった。
「…………」高峰が、黙ってジロリと勝を睨んだ。次の日から、勝新太郎は遅れてこなくなったという。
( 斎藤明美「女優にあるまじき高峰秀子」)