出会いの章
麒麟を探しに東京に出てきて、もう二か月たちました。街はもう初夏です。金のないのは相変わら
ずで、近ごろでは無心の手紙に工夫をこらし、母に浅草寺のお守りを同封したり、いろいろ大変な
のです。
金がないのは同じでも、国分は先輩の大前荘一に認められ、着々と麒麟を自分のものにして
います。ビリケンをからかっている僕とは大変な違いです。大きな声では言えませんがビリケンでさ
え「刑事になる」という麒麟を見つけているというのに……。
しかし、このビリケン、しょうがない子で、僕たちのことを「兄貴」呼ばわりして、長友館に入り
びたり。早苗おかみの目を盗んでは押入れに寝泊まりしています。あげく、賀津に「文平兄貴がアン
タのこと好きだってサ」とわざわざ言いにいったのです。相手が悪い。あの賀津です。そんなこと言
われて身をくねらせてる娘とは違います。からかうなとばかり、僕ははりとばされました。まったくま
いってしまいます。別に僕は賀津を好きでも何でもないんです。誰に話しかけられても返事もしな
い不愛想娘で、長友館では「むっつりお賀津」と呼ばれて評判はよくありません。しかし、仕事はき
っちりやるし、無愛想なだけで、そう悪い娘には見えませんが……。あ、イヤ、本当に賀津が好きな
わけじゃありません。僕だって東京で恋人つくるんなら、もっと愛想のいい娘にします。誰が「むっ
つりお賀津」なんぞに……。
だけど、そんなある日のことでした。お春さんが嬉しそうに僕たちの部屋に飛び込んできたのです。
「ねえねえ、聞いた? あの娘、ごはんを食べないんだって」
話によると、賀津は早苗おかみのミシンについているボビンケースを壊してしまったらしいのです。
それは高いだけでなく、手に入れるのが大変とかで、早苗おかみはカンカン。だけど、賀津は、
「うちがやったんやありません」
の一点張りで、ついにハンガーストライキに入ったというわけです。が、早苗おかみは賀津がミシン
に触っているところを見ているだけに確信をもっています。
こうしてついに賀津のストライキはまる三日を経過しました。僕たちだって気が気ではありません。
何とか早苗おかみのわからないところで食べさそうと思い、芋羊羹なぞ渡そうとするのですが、絶対
受け取りません。そのうえ、食べずに働くことだけはきちんとやるのです。
体もつんやろか……そう思っていた矢先に賀津は倒れてしまいました。何でもお春さんが渡そうと
したアンパンを見たとたんだったそうです。僕はもう我慢できず、賀津に意見してやりました。
「世の中いうもんはな、生きてくために術いうもんがあんのや。つまり処世術や。少しはそういうの
ん、身につけとかんと、生きていかれへんで」
それでも賀津は僕の出した芋羊羹に手をつけません。
「ええかげんにしいや! 物を壊したら謝るのが当たり前や。悪いのはそっちやないか!」
思わず僕が怒鳴った時、早苗おかみが食事を運んできました。どうやら今夜はダンナの浅沼さんが
来るらしくて、ゴタゴタを見せたくないのでしょう。その時、賀津が早苗おかみに言ったのです。
「謝ってください」
「何だって?」
「うちがやったんやありません」
「あたしに謝れだって!!」
「謝ってくれれば食べます」
早苗おかみが怒り狂って食膳を下げてしまう中、賀津は泣きながら言いました。
「……やってない。触ったけど……珍しくて、見たことなかったから触ったけど壊してない。……うち
はやってない」
その表情を見た時、僕も国分も、犯人はこの娘じゃないと思いました。なぜかわかりません。しか
し、はっきりそう思ったのです。
みんなにおせっかいだの、賀津が好きなのかだの言われながら僕は国分の大切な本まで質に入れ、
お春さんの志もいただき、とにかく三円の金を作りました。そして、ボビンケース代として早苗おか
みに渡したのです。もう誰が犯人だろうと、どうでもいい気分でした。
その時です。ダンナの浅沼さんが新しいボビンケースを持ってきたのは。何のことはない、
浅沼さんが壊してしまい、新しいのを注文していたんだそうです。早苗おかみはスーッと部屋を出て
いきました。あとでのぞくと、賀津が一人で食事をしていました。早苗おかみ、謝ったんやな…….。
そんな折、ビリケンが、明日裄乃さんが東京に来るという情報を運んできました。もう、国分はメ
チャメチャです。裄乃という名前を聞くだけで別人のようになってしまいます。
そして、猛然と恋文を書き始めたのです。その真剣なことといったら! 僕とビリケンがカタンと
でも音をたてればうるさくて書けんと怒鳴りますし、あげく、何と言ったと思います?
「文平、代わりに書いてくれへんか。自分のことやとうまいこと書けへんのや」
びっくりしたのは僕です。
「お前な、小説家になるつもりと違うのか」
「頼むッ」
僕も人がいいんやなァ。国分の恋文代筆して、結局渡す役までやってあげたのです。なぜって国分、
ピリッとしないからです。裄乃さんを一目見ただけで自信なくして、もう渡さんでええ……とか情け
ないったらないのです。いいかげんな恋はいけません。恋は思いきってしなければいけません。
けど、何がどうなっているのかわかりませんが、裄乃さん、手紙を受け取ると封も開かずに、僕た
ちを客席に連れていったのです。万才を見ろということらしい。それで、終わったら今度は夕飯に招
待してくれて、今日見た万才の感想を聞かせてほしいと言うのです。何としても大勢に喜んでもらえ
る新しい血を万才に注ぎたいという裄乃さんの必死な思いが伝わってきます。ですから、僕も万才の
ことは何も知りませんが一生懸命話しました。
「料理と同じです。ぬくい料理はあくまでぬくい方が人に喜ばれます。冷めてしもたら台なしや。も
ちろん、いい材料、料理人の腕のよさが大切ですが、もっと大切なことは作る人が今、お客さんが何
を食べたがってるのか、その客の気特に応えることと違いますか」
もう、国分は上機嫌です。憧れの裄乃さんと飯まで食えたんですから。けど、ホンマにバカな奴や。
喜ぶあまり、長友館の階段を踏みはずして転げ落ちてしまったのです。
みんながオタオタする中、賀津が薬草をつんできて、止血してくれました。完璧な応急処置だと医
者もほめていましたが、賀津が薬草に詳しいことより、実はもっと驚いたことがあります。
「ミシンが壊れた時……心配してくれて……すいません。あの時、とても嬉しくて、あんなに親切に
してもらったこと、うち生まれて初めてだから……でも、私、生まれつき口べただし……本当は私、
涙が出るほど嬉しかったです。とても、嬉しかったです。ありがとうございました」
一生懸命、礼を言うのです。やっぱりこの娘、いい娘です……。
それから何日かあと、国分が賀津に薬草の礼をしたいというので、お春さんやビリケンも一緒にカ
ツ丼を食べにいきました。賀津、泣くのです。こんなにうまいものが世の中にあったのかと言って。
妹に食べさせたいと言って……。一つ二十銭のカツ丼に涙している賀津を見ていましたら、何だか、
この娘がいとおしくなってしまって……。
カツ丼を食べさせたいという妹が長友館の前に立っていたのは、その夜のことでした。
妹の佳江の面倒を見ていた里親が左前になって、佳江を養いきれなくなったというのです。何とか
頭のいい佳江にだけは教育、をつけたいと里親のところへ金を送り続けていた賀津は大変なショックを
受けてしまいました。佳江を女学校に再び通わせるには、二百円という大金がいるんだそうです。つ
まり、里親の商売を建て直す金です。佳江はもう女学校なんか行かずに、自分も働くと頑張っていま
したが、こんなことであとに引く賀津ではありません。佳江は賀津の「麟麟」なんですから。
とはいえ、賀津に二百円も貸す人は誰もなく、ほとほと困っていた時、ビリケンが金持ちの友達を
紹介したらしいのです。何でも薬屋とかで、賀津の薬草の知識がぜひ欲しいと言って、ボンと二百円
出してくれたといいます。あとで知った僕と国分は話がうますぎるといって心配したのですが、時す
でに遅し。賀津は長友館をやめて古沢というその男と行ってしまいました。どうも心配で、居ても立っ
てもいられず調べてみたらこれが女街(ぜげん)です。色街に女を世話する大変な男でした。
僕は思わずビリケンを殴りとばしました。でも、国分やお春さんに止められて気がつきました。そ
う、この悪ガキは何も知らないのです。ませた口をきいても、本当にねんねです。賀津のことを助け
たい一心だったに違いありません。
とにかく、何とか二百円の金を都合しようとちょうど大阪に戻るところの裄乃さんを東京駅でつか
まえました。で、……見事に断られました。土下座までしたのにダメでした。
「うちは、商人(あきんど)ですさかいな、人を助けるためのお金は使いまへん」
チクショー! くやしいけどもっともな言い分でした。よし、こうなりゃ、大阪の親にすがるしかな
いわい。古沢との交渉は国分に任せて、僕は大阪行きの列車に飛び乗ったのです。
両家の親が駆けずり回ってくれて、とにかく金はできました。二百円という大金をどれほど苦労し
て作ってくれたか、僕は身にしみてわかっています。銭湯へ行って風呂上がりにラムネを飲み、帰り
に回転焼きを一つ食べても十二銭という世の中です。二百円がどれほどの大金か、よくわかります。
心の中で手を合わせていると、国分から電話が入りました。金は裄乃さんが出してくれたからもう
いらんと言うのです。貧乏人をバカにするのもええかげんにせえッ。僕は体が震え、すぐさま、裄乃
さんの事務所に怒鳴り込みました。人が頼んだ時は冷たく断っておいて、裏側からこっそり手を回す
なんていう金持ち趣味は許せません。
裄乃さん、まっすぐ僕の方を向いて言いました。
「お金がいる時は借りることしか考えつかなんだんですか」
「ほな、どないせえ言うんですか」
「さあ、そこまではわかりまへんな。一銭のお金も稼いだことのない人には、かえって情なんてもん
はわからんかもしれまへんな」
「学生には情がわからんてことですか」
「……」
「働いたことがない者には情がわからんてことですか」
「そういうお人に土下座されても、お金出す気にはなれまへんでした」
「お金なんて稼ごう思たらいくらでも稼げます」
「……」
「何や二百円や三百円ぐらいの金。そやから金持ちは嫌いなんや。金をつかむと自分がいちばん偉い
と錯覚しよるんや」
「稼ごう思たらいくらでも稼げる言いましたな」
「ああ、稼いだる」
「ほんなら、見せてもらいまひょか」
そう言うと、裄乃さんは五百円出してきました。この五百円を三か月で六百円にしたら、賀津に惜
した金も返さなくていいと言うのです。僕は五百円つかむと、国分や賀津の待つ東京へと戻りました。
帰り際、裄乃さんがポツンと言った、
「お金では手に入らんもんは……時間と才能です」
という言葉が、頭から離れませんでした。時間と才能か……。麒麟もろくに探せんと、ホンマにこん
なことやっとってええのやろか……。
帰ると、もう長友館は何事もなかったように息をしていました。国分は小説を書き、賀津は働いて
います。一度やめた賀津がまた戻ってくるなどで、早苗おかみは相当おかんむりだったらしいのです
が、どうにか丸くおさまって、本当によかったと思います。
けど、よくないのは僕です。どうやって六百円にしようか、そればっかりです。長友館の地獄耳ど
もは、いい下宿屋を買わんかの、カフェになる物件が出たのと言い寄ってきます。でも、僕は、ひた
すら利殖の本を読み、相場や株の勉強に明け暮れました。こうなりや意地でも賀津の借金、タダにし
てやるんや!
こうして、二か月が過ぎました。僕は、勉強の甲斐あって、確実にもうかる株が見えてきました。
よしッ、一発勝負や!
株屋に出かけようという時、賀津が一円札を持ってきました。賀津は早苗おかみに嫌みを言われな
がら、長友館の仕事が終わると袋貼りをして、裄乃さんに分割で金を返す気なのです。僕がタダにし
てやるからこんな金は作らんでいいと言っても、自分の借金は自分で返すと言ってききません。
「何も君を助けたいだけと違うねん。あの女興行主に対する意地や。貧乏人をからかうようなことし
よったから腹が立ったんや」
「……」
「金があれば何でもできると思てんのや」
「そんなら、あなたも同じことやないですか」
「僕がか?」
「そげです。貧乏人をからかっとるのはあなたです」
「俺が君をどないからこうてる言うねん」
「あなたや裄乃さんいう人にとっては百円や二百円は大したことはないかもしれませんが、田舎の村
では百円のお金で身売りしていく者(もん)が大勢いるんです」
「……」
「そういう人たちがいちばん大切にしとるの、何か知っとりますか」
「……」
「意地です。人に負けたくないいう意地です。……貧乏人にもあなたと同じ意地があるんです」
「……」
僕は結局、株に賭けられませんでした。バカらしくなったのです。賀津の説得のせいかって? い
いえ、小心のため、金が使えないだけのことです……。僕は東京にいる裄乃さんに五百円を返し、謝
りました。帰る時、裄乃さんがお磯さんに言う声がドアごしに聞こえてきました。
「文平はん、思ったとおりのお人やった。世の中は金でどうにでもなることが多いけど、金ではどう
にもならないことも多いもんです。あの人は、今言うたあとの方の役に立つ人です」
裄乃さんの声、なぜか弾んで聞こえました。そや、俺は大阪の、通天閣の下に生まれ育った代表的
庶民や。ああ、何やすっきりしたなァ。どれ、お賀津の袋貼りでも手伝うたるか!
昭和四年の夏が来ました。
賀津やビリケンやお春さんと一緒に、ある日、江の島に泳ぎにいきました。「むっつりお賀津」も今
ではビリケンと姉弟のようにじゃれ合って、ずいぶん明るく見えます。砂浜でぼんやりしていると、
国分が言いました。
「小説、書いてみいへんか。才能はあると思うな」
国分は麒麟が見つからなくてイラついている僕を心配していたのです。
「俺にはむいてない。感動がないねん。賀津さんがカツ丼を食べて感激したような感動が、小説には
感じられへん」
率直な気持でした。そんな僕を元気づけるかのように、国分は今からみんなで浅草のカジノ・フォ
ーリーに行こうと言い出しました。それは旗揚げしたばかりのレビュー劇団のことで、榎本健一が大
評判でした。
行ってみて驚きました。偶然、裄乃さんがアチャコさんと来ているではありませんか。
舞台がはねてから、裄乃さんは我々全員を西洋レストランに招待してくれたのですが、話はカジノ・
フォーリーのことばかりです。あの中の何かを万才に取り入れられないかと、裄乃さんは意見を求め
てきます。本当に裄乃さんは、どこをどう切っても万才しか出ない人です。
その時、隣のテーブルで神妙に食べていたビリケンがお磯さんに料理を投げつけて怒り出しました。
いくら聞いても理由も言わず、飛び出していってしまいました。
それ以来、ビリケンは長友館に姿を見せません。国分と心配していた矢先、また昔のように上野公
園の不良たちとつき合ってるいう情報が入ってきました。上野公園に行ってみると、僕の前でわざと
子供を脅したり、エロ写真を売ってみせたりで、連れて帰ろうにも大変な反抗なのです。
僕は、お磯さんとの喧嘩の理由を賀津だけは知ってるような気がして、あらためて問いただしてみ
ました。でも賀津は、僕や国分にはとてもわからない理由だと言って口をつぐんでしまうのです。ど
ういうことかと思ってるところへ、今度は警察から電話です。ビリケンが小学校の窓ガラスに投石し
たので身柄を引き取りにこい、というのです。
エロ写真で捕まったのなら話もわかるけど、あいつ、何で小学校に石なんぞ……。
ビリケンを警察から引き取った帰り道、僕は胸がふさがりました。何で気づいてやれんかったんや
ろ……。ビリケンは小学校へもろくに行っていず、文字が読めなかったのです。そこをお磯さんにチ
クチクと嫌みを言われて、我慢できなかったらしい。小学校に石を投げたのも同じことです。
僕はビリケンとラムネを飲みながら、さりげなく、また今日から長友館に来いと誘ったのですが、
ビリケンはかたくなに頭を振るのです。みんなに投石の理由を聞かれ、その結果、文字が読めないと
いうことがバレるのがイヤみたいでした。
「ビリケン、あの木の葉っば何色や?」
「え?」
「ええから何色や」
「緑だろ」
「そしたら空は?」
「バカにするなよ」
「じゃあ心の色は?」
「……」
「お前の心の色や」
「そんなもんに色なんかないよ」
「そうか? 俺はお前の心はラムネ色やと思ってる」
「ラムネ?」
「そうや、このラムネの色や」
「青か?」
「それはビンの色やろ、中身のこと言うてんのや」
「……色なんかついてない」
「そうや、すきとおっているんや、透明で炭酸が入っているさかいさわやかなんや」
「……」
「それにちょっと甘い」
「……」
「子供のころの純真な匂いもある」
「僕の心の色はラムネ色か」
「そうや、そやからわしはお前と兄弟になったんやで」
「……」
「そこがお前のええとこやないか、忘れたらあかん」
「……」
「何や、字が読めへんくらいで、二度とこんなことしたら、兄貴やめるぞ」
「……」
「……どこ行くねん」
「俺、あのおばちやんに謝ってくるよ」
翌日、僕は部屋に机がわりのミカン箱を持ち込みました。そう、ビリケンに字を教える塾を開くこ
とにしたのです。
初めは嫌がっていたビリケンでしたが、だんだん自分からミカン箱の前に座るようになりました。
そして、何日かのちには浮浪児仲間もみんな来るようになったのです。もう、誰でも来い! みん
なまとめて面倒見たる! 僕は張り切っていました。
やがて授業風景を賀津がそっとのぞいているのに気づきました。僕や国分に見つかるとあわてて逃
げるし、何言うと思っていました。そしたらある夜、賀津はビリケンの教科書を開いて、一人で手
習いをしているのです。そうか、あの娘も読み書きが満足にでけんかったんかと初めて知りました。
しかし、いくら誘っても文字くらい読めると塾には来ません。賀津の恥ずかしさも少しはわかるよ
うな気がして、僕は特別に賀津用のテキストを作ってさりげなく置いておいたのです。
それでかえってこだわりがとれたのか、翌日から塾には来るし、料理しながら、掃除しながら一生
懸命、勉強するようになってくれました。僕は満ち足りた気持で国分に言ったものです。
「……俺、大学卒美したら先生になる。何や、やっと探してるもんが見つかりそうや」
「……ホンマか?」
「ああ、人にもの教えるいうのは、こんな楽しいことと思わんかったわ。今まで読めんかった字が読
めるようになる。できんかった計算ができる。たったそれだけのことやのに妙に嬉しいねん」
国分は僕が麒麟を見つけたことを知って、とても喜んでくれました。実際、僕も麒麟を見つけた嬉
しさと決意を両親に書き送ったりもしたのです。
ところが、世の中、そうそう甘くはありません。自尊心をペチャンコにされることが三つも起きて
しまったのです。
一つは浮浪児たちがパタッと来なくなったこと。ビリケンを問いつめたところ、その答えはショッ
キングなものでした。ビリケンは浮浪児たちに小遣いを渡し、僕の生徒になってくれと頼んでいたの
です。ビリケンの小遣いが底をつくと、誰も来なくなったというわけです。初めは腹を立てましたが、
ビリケンがそこまで……と思うと、むしろ嬉しいことかもしれません。よしッ、僕は賀津とビリケン
のためだけに、塾を続けたるッ!
……そう思った矢先、二つ目のショックに襲われました。時々国分が代行してくれるのですが、国
分の教え方が実にうまいのです。僕がいくら教えてもできない算術を、ビリケンも賀津も国分に教わ
るとスラスラ解くのです。短気ですぐ怒鳴る僕に、教師という仕事は麒麟やないかもわからんなァ。
と、思った時、三つ目の追い討ちです。賀津の、国分を見る目の熱さがただものではないのです。
前から僕より国分に習いたがっていたのはわかっていました。それが今日、国分の小説が活字になる
というビッグニュースが入ったことで、僕は賀津の恋心に確信をもったのです。そう、みんなで祝杯
をあげた時の、国分を見上げる賀津の目。熱くて切なくて……。
考えてみれば国分は優しいし、美男子だしもういっぱしの小説家です。麒麟のしっぽさえつかまえ
られずにウロウロしている僕とは違います。何や一人だけ取り残されてしもたナァ……。