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【第五課 第二十節】   小説読解


  「伊利亚特」  第一卷    荷马  

女神啊,请歌唱佩琉斯之子阿基琉斯的致命的忿怒,
那一怒给阿开奥斯人带来无数的苦难,

把战士的许多健壮英魂送往冥府,使他们的尸体成为野狗和各种飞禽的肉食,

从阿特柔斯之子、人民的国王同神样的阿基琉斯最初在争吵中分离时开始吧,
就这样实现了宙斯的意愿。

是哪位天神使他们两人争吵起来?
是勒托和宙斯的儿子,他对国王生气,使军中发生凶恶的瘟疫,将士死亡,

只因为阿伽门农侮辱了他的祭司克律塞斯,这人来到阿开奥斯人的快船前请求释放他的女儿,
随身带来无数的赎礼,

手中的金杖举着远射神阿波罗的花冠,向全体阿开奥斯人,特别向阿特柔斯的两个儿子、士兵的统帅祈求,这样说:
阿特柔斯的儿子们,戴胫甲的阿开奥斯将士,愿居住奥林波斯山的天神们允许你们毁灭普里阿摩斯的都城,平安回家,
只请你们出于对宙斯的远射的儿子阿波罗的敬畏,接受赎礼,释放爱女。


所有阿开奥斯人都发出同意的呼声,表示尊敬祭司,接受丰厚的赎礼;阿特柔斯之子阿伽门农心里不喜欢,他气势汹汹地斥退祭司,严厉警告说:
老汉,别让我在空心船旁边发现你,不管你是现在逗留还是以后再来,免得你的拐杖和天神的神圣花冠保护不了你。
你的女儿我不释放,她将远离祖国,在我家、在阿尔戈斯绕着织布机走动,为我铺床叠被,直到衰老。你走吧,别气我,好平安回去。


他这样说,老人害怕,听从他的话。老人默默地沿啸吼的大海的岸边走去,他走了很远,
便向美发的勒托的儿子、阿波罗祈祷,嘴里念念有词,这样说:
银弓之神,克律塞和神圣的基拉的保卫者,统治着特涅多斯,灭鼠神,请听我祈祷,如果我曾经盖庙顶,讨得你的欢心,
或是为你焚烧牛羊的肥美大腿,请听我祈祷,使我的愿望成为现实,让达那奥斯人在你的箭下偿还我的眼泪。


他这样向神祈祷,福波斯·阿波罗听见了,他心里发怒,从奥林波斯岭上下降,他的肩上挂着弯弓和盖着的箭袋。
神明气愤地走着,肩头的箭矢琅琅响,天神的降临有如黑夜盖覆大地。

他随即坐在远离船舶的地方射箭,银弓发出令人心惊胆颤的弦声。他首先射向骡子和那些健跑的狗群,
然后把利箭对准人群不断放射。焚化尸首的柴薪烧了一层又一层。


天神一连九天把箭矢射向军队,第十天阿基琉斯召集将士开会,白臂女神赫拉让他萌生念头,她关心他们,看见达那奥斯人死亡。

在将士会合集中后,捷足的阿基琉斯在他们中间站起来发言,他这样说:
阿特柔斯的儿子,如果战争和瘟疫将毁灭阿开奥斯人,我们想逃避死亡,我认为我们只有撤退,开船返航。让我们询问先知或祭司或圆梦的人,
梦是宙斯送来的,他可能告诉我们,福波斯·阿波罗为什么发怒,他是在谴责我们疏忽了向他许愿或举行百牲祭?
但愿他接受绵羊或纯色的山羊的香气,有心为我们阻挡这一场凶恶的瘟疫。


他说完坐下,特斯托尔之子卡尔卡斯,一位最高明的鸟卜师,在人丛中站立起来,他知道当前、将来和过去的一切事情,
曾经凭福波斯·阿波罗传授他的预言术,引导阿开奥斯人的舰队航行到伊利昂。

他满怀好意来参加会议,对将士们这样说:
阿基琉斯,宙斯所宠爱的,你要我说出远射神阿波罗王为什么对我们发怒。
我可以解释,但请你注意,对我发誓,应允敢于用言语和强健的臂膀保护我,因为我预感我会惹得一个人发怒,
他有力地统治着阿尔戈斯人,全体归附。
国王对地位低下的人发怒更有力量,他虽然暂时把郁积的怒气压抑消化,却还会怀恨,直到仇恨在胸中消失。因此你要用心,保障我的安全。


捷足的阿基琉斯回答鸟卜师,这样说: 你放大胆量,把你知道的预言讲出来,我凭阿波罗起誓,他是宙斯所喜爱的,卡尔卡斯,
你总是向他祈祷,对我们发出神示,只要我还活着,看得见阳光,没有哪个达那奥斯人会在空心船旁对你下重手,
即使阿伽门农也不会,尽管他宣称是阿开奥斯人中最高的君主。

这时无可指责的先知放胆地说: 天神并不是谴责我们疏忽了许愿或是百牲祭,而是因为阿伽门农不敬重他的祭司,收取赎礼放爱女,
远射的天神还会给我们降下这苦难,不会为达那奥斯人驱除这致命的瘟疫,
直到我们把明眸的女子还给她父亲,不收钱,不受礼,把百牲祭品送往克律塞,我们才劝得动这位天神,求得他息怒。


他这样说,随即坐下;有个战士, 阿特柔斯的儿子,权力广泛的阿伽门农烦恼地站起来,
阴暗的心里充满忿怒, 眼睛像发亮的火焰,凶狠地对卡尔卡斯说:
你这个报凶事的预言人从来没有对我报过好事,你心里喜欢预言坏事, 好话你没有讲过,没有使它实现。

现在你在达那奥斯人中间预言, 说什么远射的天神给我们制造苦难, 全是因为我不愿接受他的祭司克律塞斯为赎取女儿而赠送的好礼物;
是我很想把她留在自己家里。 因为我喜欢她胜于我的合法的妻子克吕泰墨涅斯特拉,就形体、身材、智慧、 手工而论,她并不比她差到哪里。

我还是愿意把她交出去,那样好得多, 但愿将士安全,胜于遭受毁灭。
你们要立刻为我准备一份礼物, 免得我缺少这种荣誉,那就很不妥, 因为你们都看见我的礼物就要失去。




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【注 釈】


伊利亚特】 yī lì yà tè    イリアス(Iliad)
古代ギリシアの長編叙事詩。「オデュッセイア Odysseia」と共にホメロス作と伝えられる。24巻。
十年間にわたるトロイ戦争中の数十日間の出来事を描いたもので、アキレウスの怒りを主題とし、トロイ・ギリシア両軍の戦況の推移を描く。


「伊利亚特」(Iliad) 相传是由盲诗人荷马(Homer,BC800年)所作史诗。
伊利亚特故事背景设在特洛伊战争,是希腊军队对特洛伊城围困了十年之久,故事讲述了将军阿伽门农与英雄阿基琉斯之间的争执。

围城的第十年,阿波罗的祭司克律塞斯来到希腊军中恳求阿伽门农释放其女儿,并愿意拿出大量的赎金。
当中只有阿伽门农不许,并骂走了克律塞斯,克律塞斯向阿波罗控诉,于是阿波罗令希腊军患上瘟疫。

在第十天,在军中的大会中,阿基琉斯要求预言家卡尔卡斯揭示神为什么发怒,卡尔卡斯得到阿基琉斯的保护下和盘托出,并要求阿伽门农归还女儿。

阿伽门农大怒,但在众目睽睽之下只得遵从。
然而,作为释放女儿的代价,他却要求得到阿基琉斯的女奴,因此阿基琉斯被激起欲举剑杀阿伽门农。
此时女神雅典娜止住了他,雅典娜又告诉阿基琉斯阿伽门农不久就要会为自己的狂言付出代价,于是阿基琉斯就怒气冲冲地回帐篷去。




荷马】 hé mǎ     ホメロス(Homer)
古代ギリシアの詩人。BC8世紀頃、小アジアのイオニア(Ionia)に生まれ、吟遊詩人としてギリシア諸国を遍歴した。
英雄叙事詩「イリアス Iliad」「オデュッセイア Odysseia」の作者とされる。

女神】 nǚ shén   ムーサ(Musa 神名)アポロンに仕える詩歌女神。
缪斯(Musa)是希腊神话中主司艺术的九位文艺女神的总称。

佩琉斯】 pèi liú sī  ペレウス(Peleus 人名)テッサリア(Thessalia)のフティア(Phthia)王。アキレウスの父。
佩琉斯(Peleus)特萨利亚的国王,特洛伊战争中希腊军英雄阿基琉斯的父亲。

阿基琉斯】 ā jī liú sī  アキレウス(Achilleus 人名)本作の主人公。
フティア王ペレウスと海の女神テティス(Thetis)の子。五十隻の軍船を率いてトロイ戦争に参加。
阿基琉斯(Achilleus)希腊神话中的英雄,海洋女神忒提斯(Thetis)和特萨利亚的国王佩琉斯(Peleus)之子。

阿开奥斯人】 ā kāi ào sī rén  アカイア人(Achaian)ギリシア軍の総称。
阿开奥斯人(Achaian)在此泛指希腊人。

阿特柔斯】 ā tè róu sī  アトレウス(Atreus 人名)ミケーネ(Mycenae)王。アガメムノンとメネラオス(Menelaos)の父。
宙斯】 zhòu sī  ゼウス(Zeus 神名)アポロンの父。
勒托】 lè tuō  レト(Leto 神名)アポロンの母。
瘟疫】 wēn yì  伝染病。

阿伽门农】 ā qié mén nóng  アガメムノン(Agamemnon 人名)
ミケーネ王。前ミケーネ王アトレウスの子。メネラオスの兄。ギリシア軍の総指揮官。
阿伽门农(Agamemnon)迈锡尼国王,希腊联军将军。

克律塞斯】 kè lǜ sè sī  クリュセス(Chryses 人名)
トロイのアポロン神殿神官。捕らわれた娘を返してもらいにギリシア陣営まで出向く。

克律塞斯(Chryses)阿波罗的祭司。阿基琉斯在特洛伊战争中俘虏了祭司克律塞斯的女儿并把它献给了将军阿伽门农,
于是,祭司克律塞斯带着赎礼祈求赎回女儿,却遭到了阿伽门农的拒绝并羞辱。


阿波罗】 ā bō luó  アポロン(Apollon 神名)芸術・弓術・予言・医術の神。ゼウスとレトの子。
奥林波斯山】 ào lín bō sī shān  オリュンポス山(Olympos 地名)
テッサリア(Thessalia)地方の最高峰。(2885m)神々が山頂に住むとされる。

普里阿摩斯】 pǔ lǐ ā mó sī  プリアモス(Priamos 人名)トロイ王。
普里阿摩斯(Priamos)特洛伊战争时期的特洛伊国王。

阿尔戈斯】 ā ěr gē sī  アルゴス(Argos 地名)ギリシア、ペロポネソス半島東北部にある都市国家。ミケーネに隣接する。
阿尔戈斯(Argos)希腊城市,近迈锡尼。

克律塞】 kè lǜ sè  クリュセ(Chryse 地名)トロイ東南の港町。アポロン神殿がある。
克律塞(Chryse)特洛伊东南的港口城市。有阿波罗神庙。

基拉】 jī lā  キラ(Killa 地名)トロイ東南の港町。アポロンの聖地。
基拉(Killa)特洛伊东南的港口城市。阿波罗圣地。

特涅多斯】 tè niè duō sī  テネドス島(Tenedos 地名)トロイ西方の小島。アポロンの聖地。
特涅多斯(Tenedos)特洛伊西方的小岛。阿波罗圣地。

灭鼠神】 miè shǔ shén  スミンテウス(Smintheus 神名)アポロンの別称。
灭鼠神(Smintheus)阿波罗的别称。

福波斯·阿波罗】 fú bō sī · ā bō luó  フォイボス・アポロン(Phoibos Apollon 神名)フォイボス(光輝くの意)はアポロンの枕詞。
福波斯(Phoibos)阿波罗的枕词。(光辉灿烂之意)

白臂女神】 bái bì nǚ shén  白い腕の女神。ヘラ神の別称。白い腕は貴婦人の意。
白臂女神是赫拉神的别称。白皙的手臂代表贵妇人。

赫拉】 hè lā  ヘラ神(Hera 神名)

那奥斯人】 nà ào sī rén  ダナオイ人(Danaoi)ギリシア人の総称。
那奥斯人(Danaoi)希腊人的另一个统称。

百牲祭】 bǎi shēng   家畜百頭による生贄の祭祀。(hecatomb)
特斯托尔】 tè sī tuō ěr  テストル(Thestor 人名)アポロンの子。神官。カルカスの父。

卡尔卡斯】 kǎ ěr kǎ sī  カルカス(Kalchas 人名)トロイ戦争に従軍した預言者。
卡尔卡斯(Kalchas)在特洛伊战争中从希腊军的先知。

鸟卜师】 niǎo bǔ shī  預言者。

伊利昂】 yī lì áng  イリオン(Ilion)トロイの別称。
伊利昂(Ilion)特洛伊的别称。

克吕泰墨涅斯特拉】 kè lǚ tài mò niè sī tè lá  クリュタイムネストラ(Klytaimnestra 人名)アガメムノンの正妃。
克吕泰墨涅斯特拉(Klytaimnestra)阿伽门农的大老婆。


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【口語訳】


「イリアス」  第一巻    ホメロス


詩神よ歌へ、ペレウスの子アキレウスの凄(すさまじ)き怒りを。

其の怒り、アカイアの民におほいなる禍(わざはひ)もたらし、あまた勇士の猛(たけ)き魂、冥府(ハデス)の王に投げ与へ、
彼らの屍(しかばね)、野犬、野鳥の餌と成せり。

しかしてアトレウスの子、民を統(す)べる王、また勇将アキレウス、ともに争ひ別れたる、時より語り起して歌い給へ。
斯くありて、ゼウスの神意満たされき。


いづれの神ぞ、争ひを二人の間に起せしは。そはレトとゼウスの御子、アポロンなりき。
彼は其の祭司クリュセスを恥ぢしめし王アガメムノンに憤(いきど)ほり、陣に悪疫湧かしめぬ、斯くて衆軍亡び去る。



これより先にクリュセス、其の愛娘を救ふべく、巨額の身の代携(たづさ)へて、船脚速きアカイアの軍船居並ぶ陣さして、訪(たづ)ね来れり。


手に金の錫杖(しゃくぢゃう)、其の尖(さき)に弓の神アポロンの花冠掛け、アカイア勢に、わけても軍統べるアトレウス兄弟に願ひて言ふ、


『アトレウスの御兄弟、並びに脛甲(すねあて)堅きアカイア兵士の方々よ、願はくはオリュンポスの峯にまします神々の、恵みのありて敵王の、
プリアモスが城を攻め落とし、つつがなく故国に帰られんことを。

そしてゼウスの御子、銀弓鳴らすアポロンの威を憚(はばか)りて、どうか愛娘を我が身に返し、其の身の代を受け納れ給え。』



アカイア全軍之を聞き、祭司を崇め、珍宝の身の代得べく一斉に、心合はせて諾(うべな)へり。

アトレウスの子、アガメムノンただ独り、怫然として悦ばず、手荒く祭司追ひ返し、更に罵声を浴(あび)せ言ふ、


『老翁、なんぢ、空船のかたへにためらふこと勿れ、再び此処に推参の姿あらはすこと勿れ、
さすれば錫杖、神の聖なる花冠ともに、なんぢを助くることなきにもあらず。

なんぢの愛娘、我放つことなし、故国を遠く後にして、アルゴスの我が館にて、機(はた)に寄り、閨(けい)に仕へ、
老齢の逼(せま)らん時到る迄なり。なんぢ無事に帰りたくば、我を怒らすこと勿れ、疾(と)く立ち出づるべし。』



威嚇の言に老祭司、畏怖を抱(いだ)きて命に因り、默然として身を返し、波騒ぐ浜の渚を歩みゆき、声を搾りて訴へり、
髮(かみ)美(うるは)しきレトの御子、アポロン神に祈りたり、


『ああクリュセ、聖なるキラの守り神、テネドスを猛(たけ)くまつらふスミンテウス、銀(しろがね)の弓持つ君よ、我が祈りを聞こし召せ。

我かつて御心に叶ふ社(やしろ)を築き上げ、又た牛羊(ぎうよう)の肥えし腿、炙(あぶ)り捧げしことあらば、我が願ひを聞こし召し、
悲憤の涙我が頬に、流せしダナオイ人をして、君の飛箭(ひせん)を受けしめよ。』



切なる願ひ諾(うべな)ひて、輝けるアポロン神、包み掩(おほ)へる胡(やなぐひ)と、白銀の弓肩にして、
オリュンポスの高嶺(たかね)より、夜の俄(には)かに寄する如(ごと)、怒りに燃えて駈け降(くだ)る。

怒りの神の肩の上、矢は戛然(かつぜん)と鳴りひびく。

然るのち、軍船の余所(よそ)腰を据え、其の鋭き矢、切つて放てば銀弓の、絃音(げんいん)凄(すご)く鳴りわたり、
騾馬(らま)の群、はた足速き、犬は真先に斃(たふ)れ伏し、次いで軍兵続続と、射られ亡べば山と積む。

亡骸(なきがら)を焚(た)ける薪は幾重にも、收まる火焔(かえん)の隙もなし。



九日(ここのか)続き陣中に、神矢あまねく降(ふ)り注ぐ、十日(とをか)に至りアキレウス、衆を評議の席に呼ぶ。
腕(ただむき)白き女神ヘラ、ダナオイ兵の、亡び眺めて傷心の、思ひを彼に吹きこめり。

呼ばれ評議の席に着く、其の会衆のただ中に、俊足のアキレウス、身を振り起し陳じ言ふ、


『アトレウスの子よ、我思ふ、戦ひ、悪疫我が軍を、斯くも永らく害す時、死を幸(さいはひ)に逃れ得ば、
よしや陣を引き払ひ、漂浪の果(はて)再び故国に帰るべし。

さもあれ、祭司に、預言者に、或ひは夢に説く者に、夢はゼウスの告なれば、究(きは)めしめずや、なにゆえに、
神アポロンの、斯くも我らに憤(いきど)ほる。

祈祷或ひは生贄を、怠る故に咎むるや、或ひは山羊(やぎ)と小羊の、薫(くん)ずる匂(にほひ)喜納して、
此の悪疫を退(しりぞ)くや、答(いら)へを彼に求めん。』と。



斯く陳じ終へ、座に着けば、続いて衆の前に立つ、占術妙技すぐれたるテストルの子カルカス。

今ありしこと、かつてあること、やがてあること、みな悟り、輝ける神アポロンの賜へる預言の能により、
アカイア軍を誘(いざな)ひて、イリオンに導きたるカルカス、慇懃の思ひをこめて衆に言ふ、


『ゼウスの寵児アキレウス、君我に問ふ、なにゆえに銀弓の神アポロン、斯くも激しく怒るやと、
さらば解くべし、ただ我に、誠をこめて先づ約せ、言葉ならびに威力にて、我救ふべく先づ盟(ちか)へ。

我思ふ、まさにアルゴスを統(す)べ、アカイアに君臨せし高き位にある者の、心我が言激すべし。

下なる者に怒る時、王の権威ものすごく、たとへ今日暫くは、其の憤激を抑ふるも、後日に之を晴らすまで、胸裏に宿る怨念の、
瞋恚(しんに)の焔(ほのほ)收まらず、君よく我を救はんや。』



俊足のアキレウス即ち答(いら)へて彼に言ふ、

『カルカスよ、信頼我に厚くして、神託降るが儘に言へ、ゼウスの愛(め)づるアポロンに、祈りて我らに君伝ふ。

其の神かけて我盟(ちか)ふ、我命のある限り、我光明を見る限り、居並ぶ船の傍(かたはら)に、ダナオイ人の一人だに、
君に粗暴の手を触れじ、たとひ今、アカイアの中にして、至上の権を身に誇るアガメムノンを名ざすとも。』



其の言にちからを得、心眼曇なき預言者、即ち説きて言ふ、


『アポロン神、祈祷、生贄のなほざりを怒るに非ず、即ち愛娘放さず、身の代受けず、
祭司を侮りしアガメムノンに憤(いきど)ほり、災難我らに降したり、災難更になほ継がむ。

身の代受けず、代価も取らず、父のもと、美貌の娘返しやり、聖なる生贄、クリュセの地に送るべし。
さすれば我らの祈願成就して、神の怒り鎮まらん。』



陳じ終りて座に着けば、続いて衆の前に立つアトレウス、権勢のアガメムノン、其の猛き威も、胸裏は暗に閉されて憤激やるに処なく、
双(ふたつ)の眼(まなこ)爛々と、さながら燃ゆる火の如く、瞋恚(しんに)はげしくカルカス睨みて叫び言ふ、


『常に楽しき事言はず、ただ禍(わざはひ)を預言しつ、常に不祥を占ひて、心楽しと思ふ者、なんぢ、好事を口にせず、はた又之を行はず。

クリュセスの娘に代ふる、好(よ)き身の代を收むるを、我許さざる故をもて、遠く矢を射るアポロンの、ダナオイ人に害なすと、
衆のもなかに立ち陳ずるや。

愛(め)づる娘を留めむは、我が思ひ切なる処。其の風姿、容貌、才知、手の技、我が正妃クリュタイムネストラ、之に比べ優りても劣らざる。
さもあれ、其の事好しとせば、娘を放ち去らしめん、衆の禍難を逃れ得て、安きにつくは我が望み。

なんぢら急ぎ、我の為め、新たなる贖(あがな)ひを供すべし。我のみ戦利失ふを正しとせんや。
見ずや今、我が獲(とらえ)し物の立ち去るを。』