Top Page 中国語講座
【第五課 第三十節】 小説読解
兵车行 bīng chē xíng (唐) 杜甫
车辚辚 马萧萧 行人弓箭各在腰 | chē lín lín mǎ xiāo xiāo xíng rén gōng jiàn gè zài yāo | |
妻子耶娘走相送 尘埃不见咸阳桥 | qī zi yē niáng zǒu xiāng sòng chén āi bú jiàn xián yáng qiáo | |
牵衣顿足阑道哭 哭声直上干云霄 | qiān yī dùn zú lán dào kū kū shēng zhí shàng gàn yún xiāo | |
道旁过者问行人 行人但云点行频 | dào páng guò zhě wèn xíng rén xíng rén dàn yún diǎn háng pín | |
或从十五北防河 便至四十西营田 | huò cóng shí wǔ běi fáng hé biàn zhì sì shí xī yíng tián | |
去时里正与裹头 归来头白还戍边 | qù shí lǐ zhèng yǔ guǒ tóu guī lái tóu bái huán shù biān | |
边庭流血成海水 武皇开边意未已 | biān tíng liú xuè chéng hǎi shuǐ wǔ huáng kāi biān yì wèi yǐ | |
君不闻汉家山东二百州 千邨万落生荆杞 | jūn bù wén hàn jiā shān dōng èr bǎi zhōu qiān cūn wàn luò shēng jīng qǐ | |
纵有健妇把锄犁 禾生陇亩无东西 | zòng yǒu jiàn fù bǎ chú lí hé shēng lǒng mǔ wú dōng xī | |
况复秦兵耐苦战 被驱不异犬与鸡 | kuàng fù qín bīng nài kǔ zhàn bèi qū bú yì quǎn yǔ jī | |
长者虽有问 役夫敢申恨 | zhǎng zhě suī yǒu wèn yì fū gǎn shēn hèn | |
且如今年冬 未休关西卒 | qiě rú jīn nián dōng wèi xiū guān xī zú | |
县官急索租 租税从何出 | xiàn guān jí suǒ zū zū shuì cóng hé chū | |
信知生男恶 反是生女好 | xìn zhī shēng nán è fǎn shì shēng nǚ hǎo | |
生女犹得嫁比邻 生男埋没随百草 | shēng nǚ yóu dé jià bǐ lín shēng nán mái mò suí bǎi cǎo | |
君不见青海头 古来白骨无人收 | jūn bú jiàn qīng hǎi tóu gǔ lái bái gǔ wú rén shōu | |
新鬼烦冤旧鬼哭 天阴雨湿声啾啾 | xīn guǐ fán yuān jiù guǐ kū tiān yīn yǔ shī shēng jiū jiū |
----------------------------------------------------
【注 釈】
兵車行(へいしゃかう)
車(くるま)轔轔(りんりん) 馬(うま)蕭蕭(せうせう)
行人(かうじん)の弓箭(きゅうせん) 各(おのおの)腰に在り
耶嬢(やぢゃう)妻子(さいし)走りて相送る
塵埃(ぢんあい)に見えず 咸陽橋(かんやうけう)
衣(ころも)を牽(ひ)き足を頓(とん)し 道を攔(さへぎ)りて哭(こく)す
哭声(こくせい)直(ただ)ちに上(あが)りて 雲霄(うんせう)を干(をか)す
道旁(だうばう)過(す)ぐる者 行人(かうじん)に問ふ
行人(かうじん)但(た)だ云ふ「点行(てんかう)頻(しき)りなり」と
或(あるい)は十五より 北のかた 河(か)を防ぎ
便(すなは)ち四十に至るも西のかた 田(でん)を営(えい)す
去(さ)る時 里正(りせい) 与(ため)に頭(とう)を裹(つつ)み
帰り来たれば頭(とう)白くして還(ま)た辺(へん)を戍(まも)る
辺庭(へんてい)の流血(りうけつ) 海水(かいすい)を成すも
武皇(ぶくわう) 辺(へん)を開く意 未だ已(や)まず
君聞かずや 漢家(かんか)山東(さんとう)の二百州(にひゃくしう)
千村(せんそん)万落(ばんらく) 荊杞(けいき)を生ずるを
縦(たと)ひ健婦(けんぷ)の鋤犁(じより)を把(と)る有りとも
禾(くわ)は隴畝(ろうほ)に生(しゃう)じて東西無し
況(いは)んや復た秦兵(しんへい)苦戦に耐(た)ふとて
駆(か)らるること犬(けん)と鶏(けい)とに異ならず
長者(ちょうしゃ)問ふ有りと雖(いへど)も
役夫(えきふ)敢(あ)へて恨みを申(の)べんや
且つ今年(こんねん)の冬の如きは
未だ関西(くわんさい)の卒(そつ)を休(や)めざるに
県官(けんくわん)急(きふ)に租(そ)を索(もと)む
租税(そぜい)何(いづ)くより出でん
信(まこと)に知る 男(だん)を生むは悪しく
反(かへ)りて是れ 女(ぢょ)を生むは好(よ)きを
女(ぢょ)を生まば 猶(な)ほ比鄰(ひりん)に嫁するを得(う)るも
男(だん)を生まば 埋沒(まいぼつ)して百草(ひゃくさう)に随(したが)はん
君見ずや 青海(せいかい)の頭(ほとり)
古来 白骨(はくこつ)人の収(をさ)むる無く
新鬼(しんき)は煩冤(はんゑん)し 旧鬼(きゅうき)は哭(こく)し
天(てん)陰(くも)り雨湿(うるほ)ふとき 声啾啾(しうしう)たるを
杜甫 dù fǔ (とほ) (712~770年)
盛唐の詩人。字は子美(しび)。河南省鄭州(ていしゅう)の人。
科挙に及第せず、長安で憂苦するうちに安禄山の乱に遭遇し賊軍に捕らわれる。
脱出後、仕官したが、左遷されたため官を捨て、以後家族を連れて各地を放浪し、湖南で病没。享年五十九才。
国を憂い、民の苦しみを詠じた多数の名詩を残し、後世「詩聖」と称される。
著作に詩集「杜工部(とこうぶ)集」(二十巻)。
【兵车行】 bīng chē xíng 兵と戦車の歌。「行」は歌の意。天宝十一年(752年)杜甫四十一歳の時の作。
当時、唐王朝の国境はしばしば異民族におびやかされ、これを制圧するたびにたびたび遠征が行われた。
そのたびに農民は兵士として徴兵され、見送る家族や子供らの泣き叫ぶ声が野を打った。
この詩はこのような状況に基づいて書かれたものである。
【车辚辚 马萧萧】 車(くるま)轔轔(りんりん)、馬(うま)蕭蕭(せうせう)。
戦車の音がりんりんと轟き、馬がもの静かにいななく。
【辚辚】 lín lín 車が転がる音。
【萧萧】 xiāo xiāo 馬の静かにいななく声。
【行人弓箭各在腰】 行人(かうじん)の弓箭(きゅうせん)各(おのおの)腰に在り。
出征する兵士はそれぞれ弓矢を腰につけている。
【行人】 xíng rén 出征兵士。
【弓箭】 gōng jiàn 弓矢。
【妻子耶娘走相送】 耶嬢(やぢゃう)妻子(さいし)走りて相送る。
父母や妻子は走りながら出征する兵士たちを見送る。
【耶娘】 yē niáng 父と母。
【尘埃不见咸阳桥】 塵埃(ぢんあい)に見えず、咸陽橋(かんやうけう)。
その土煙で咸陽橋も見えない。
【咸阳桥】 xián yáng qiáo 長安の渭水にかけられた橋。
長安から出征する兵士たちの家族はここまで見送りを許された。
【牵衣顿足阑道哭】 衣を牽(ひ)き、足を頓(とん)し、道を攔(さへぎ)りて哭(こく)す。
見送る人は兵士の衣を引き、足をじたばたさせ、道をさえぎって泣く。
【顿足】 dùn zú 地団太を踏む。
【哭声直上干云霄】 哭声(こくせい)直(ただ)ちに上(あが)りて、雲霄(うんせう)を干(をか)す。
その泣き声がまっすぐに立ち上り雲に達する。
【云霄】 yún xiāo 雲と青空。
【道旁过者问行人】 道旁(だうばう)過(す)ぐる者、行人(かうじん)に問ふ。
道端を通り過ぎる者(杜甫)が道を行く兵士に聞く。
【行人但云点行頻】 行人(かうじん)但(た)だ云ふ「点行(てんかう)頻(しき)りなり」と。
行く兵士はただ「徴兵がたびたび行われているのです」と応える。
「点」は名簿に印をつけることで、「行」は兵士に行かせること。このことから徴兵の意味。
【点行】 diǎn xíng 徴兵。
【或从十五北防河】 或(あるい)は十五より、北のかた、河(か)を防ぎ。
ある者は十五歳にして北に送られ、北方黄河を防衛する。
【防河】 fáng hé 黄河で防戦する。
【便至四十西营田】 便(すなは)ち四十に至るも西のかた、田(でん)を営(えい)す。
そのまま四十歳になった今は、西に送られ屯田兵として出征する。
【营田】 yíng tián 屯田兵となる。
【去时里正与裹头】 去(さ)る時、里正(りせい)与(ため)に頭(とう)を裹(つつ)み。
出発に際しては村長が成人のはちまきをしてくれた。
「裹头」は、頭を黒い布で包むこと。当時は十五歳になると成人してこの儀式を行った。
【里正】 lǐ zhèng 長老。村長。
【裹头】 guǒ tóu 元服すること。
【归来头白还戍边】 帰り来たれば頭白くして還(ま)た辺を戍(まも)る。
帰ってきたときには頭は真っ白で、また国境に送られる。
【戍边】 shù biān 辺境を防衛する。
【边庭流血成海水】 辺庭(へんてい)の流血(りうけつ)、海水(かいすい)を成すも。
国境では戦いで流された血が海水のようにあふれている。
【边庭】 biān tíng 国境近い場所。
【武皇开边意未已】 武皇(ぶくわう)辺(へん)を開く意、未だ已(や)まず。
皇帝の国境を拡大する考えはまだ止まらない。
【武皇】 wǔ huáng 漢の武帝(暗に玄宗皇帝)
【君不闻汉家山东二百州】 君聞かずや、漢家(かんか)山東(さんとう)の二百州(にひゃくしう)。
聞いていないか、いや聞いているだろう。漢の山東地方の二百州では。
【汉家】 hàn jiā 漢王朝(暗に唐王朝)
【山东】 shān dōng 華山の東側の地域で中原地方。
【千邨万落生荆杞】 千村(せんそん)万落(ばんらく)荊杞(けいき)を生ずるを。
どの村もどの里も、荊(いばら)や枸杞(くこ)のような雑草ばかりが生い茂っている。
【荆杞】 jīng qǐ 荊(いばら)と枸杞(くこ)
【纵有健妇把锄犁】 縦(たと)ひ、健婦(けんぷ)の鋤犁(じより)を把(と)る有りとも。
たとえけなげな婦人が鋤(すき)をとって耕したとしても。
【健妇】 jiàn fù けなげな妻。
【锄犁】 chú lí すきとくわ。
【禾生陇亩无东西】 禾(くわ)は隴畝(ろうほ)に生(しゃう)じて東西無し。
穀物が田畑に生えても、秩序も何もない。
【禾】 hé 稲
【陇亩】 lǒng mǔ うねとあぜ。
【况复秦兵耐苦战】 況(いは)んや復た秦兵(しんへい)苦戦に耐(た)ふとて。
その上、兵士たちは苦しい戦いにもに耐えるというので。
【秦兵】 qín bīng 長安付近の兵士。
【况复】 kuàng fù そのうえ。かつまた。
【被驱不异犬与鸡】 駆(か)らるること犬(けん)と鶏(けい)とに異ならず。
どんどん駆り立てられるのは犬や鶏と変わらない。
【长者虽有问】 長者(ちょうしゃ)問ふ有りと雖(いへど)も。
あなたがお尋ねになっても。
【长者】 zhǎng zhě 年長者(杜甫)
【役夫敢申恨】 役夫(えきふ)敢(あ)へて恨みを申(の)べんや。
私はうらむ心を十分に言い尽くせましょうか。
【役夫】 yì fū 出征兵士。
【且如今年冬】 且つ今年(こんねん)の冬の如きは。
さしあたって今年の冬のように。
【未休关西卒】 未だ関西(くわんさい)の卒(そつ)を休(や)めざるに。
函谷関の西の地方の徴兵を中止にしない。
【关西】 guān xī 函谷関の西。
【租税从何出】 租税(そぜい)何(いづ)くより出でん。
租税なんていったいどこから出るのか。
【信知生男恶】 信(まこと)に知る、男(だん)を生むは悪しく。
男を産むのは悪いことであり。
【反是生女好】 反(かへ)りて是れ、女(ぢょ)を生むは好(よ)きを。
反対に女を産むことのほうがよい。
【生女犹得嫁比邻】 女(ぢょ)を生まば、猶(な)ほ比鄰(ひりん)に嫁するを得(う)るも。
女ならまだとなり近所に嫁にやることもできる。
【比邻】 bǐ lín 近所。隣り。
【生男埋没随百草】 男(だん)を生まば、埋沒(まいぼつ)して百草(ひゃくさう)に随(したが)はん。
男は、戦死して、雑草の茂みに倒れて埋もれてしまうだけだ。
【君不见青海头】 君見ずや、青海(せいかい)の頭(ほとり)。
あの青海のあたりでは。
【青海头】 qīng hǎi tóu 青海省東部の湖のほとり。
【古来白骨无人收】 古来、白骨(はくこつ)人の収(をさ)むる無く。
昔から白骨を片付ける人もなく。
【新鬼烦冤旧鬼哭】 新鬼(しんき)は煩冤(はんゑん)し、旧鬼(きゅうき)は哭(こく)し。
新しく死んだ者の魂はもだえうらみ、古く死んだ者の魂は嘆き叫ぶ。
【新鬼】 xīn guǐ 死んだ人の幽霊。
【烦冤】 fán yuān もだえ悩む。
【旧鬼】 jiù guǐ 昔死んだ人の幽霊。
【天阴雨湿声啾啾】 天(てん)陰(くも)り、雨湿(うるほ)ふとき、声啾啾(しうしう)たるを。
天が曇り、雨で湿っぽくなったときに、むせび泣いているのを。
【啾啾】 jiū jiū 亡霊がむせび泣く様子。
----------------------------------------------------
【口語訳】
轍(わだち)の音は轟(とどろ)して 馬の歩みは徐(しづ)かなり
征(ゆ)く人 弓をたばさみて 別れを惜しむ妻や子の
走り来たりて ひしめけば 立ち舞ふ 路(みち)の砂ぼこり
咸陽橋(かんやうけう)も見えわかず
袖にすがりて足摺りし むせび泣く声 天に満つ
ゆきずり人の尋ぬれば 答えていわく 大君(おほきみ)の
役(えだち)の文(ふみ)の しきりにいたる
われ十五にして 北の方 黄河の岸に年経つつ
四十路(よそぢ)転じて 西の方 田(でん)に屯(とん)して放たれず
十五を祝(ほ)ぎて 村長(むらおさ)の 冠(かむり)かづけし 栄(は)えの日も
遠く昔とかけ去りて 頭に霜をかづく今 狩り出だされて辺(へき)に在り
異郷(いきゃう)に流せしつはものの 血潮(ちしほ)は海と化すれども
なんぞ うたてし 大君(おほきみ)の 凶(まが)しき夢はなほさめず
聞かずや漢家(かんか)二百州 村ことごとく寂(さび)はてて
荊(いばら)ぞ道を 埋(うづ)みける
よしや健婦(けんぷ)の鋤(すき)とりて 耕すとても西東
田畑はうねの分(わか)ちなし
ましてや鋼(かた)き わが兵の 物にし耐(た)ゆる性(さが)なれば
犬馬のごとく使(つかわ)れて 心やさしくまれまれに
長上(めうへ)の者の問ふ時も 黙(もく)して喞(かこ)つ者ぞなき
とりわきて 今年の冬は西の関(せき) 役(えだち)は なほも 休(や)まずして
つかさびと 税の取り立てすさまじく 男手なしの農家ゆえ
いづこより税の出したるか 奈何(いかん)ともなし難し
かかる世なれば われ知りぬ 男を生むは身の滅び 女を生むはせめて好(よ)し
女を生めば嫁ぐ幸あり 男を生めば明日は野ざらし 草と枯れゆく
見ずや君 青海(せいかい)の 遙(はる)けきほとり
ねんごろに収むる人のあらざれば 白骨(はくこつ)の 地にみだれ
ゆくへなく迷へる魂(こん)は 身もだへつ 恨(うら)みつ 哭(な)きつ
雨の日ぞ いとどおどろしき哀咽(あいえつ)の 啾啾(しうしう)たるを聞くのみ