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【第五課 第三十一節】   小説読解


  琵琶行     (唐) 白居易    

浔阳江头夜送客 枫叶荻花秋瑟瑟 xún yáng jiāng tóu yè sòng kè fēng yè dí huā qiū sè sè
主人下马客在船 举酒欲饮无管弦 zhǔ rén xià mǎ kè zài chuán jǔ jiǔ yù yǐn wú guǎn xián
醉不成欢惨将别 别时茫茫江浸月 zuì bù chéng huān cǎn jiāng bié bié shí máng máng jiāng jìn yuè
忽闻水上琵琶声 主人忘归客不发 hū wén shuǐ shàng pí pá shēng zhǔ rén wàng guī kè bù fā
寻声闇问弹者谁 琵琶声停欲语迟 xún shēng àn wèn tán zhě shuí pí pá shēng tíng yù yǔ chí
移船相近邀相见 添酒回灯重开宴 yí chuán xiāng jìn yāo xiāng jiàn tiān jiǔ huí dēng zhòng kāi yàn
千呼万唤始出来 犹抱琵琶半遮面 qiān hū wàn huàn shǐ chū lái yóu bào pí pá bàn zhē miàn
转轴拨弦三两声 未成曲调先有情 zhuàn zhóu bō xián sān liǎng shēng wèi chéng qǔ diào xiān yǒu qíng
弦弦掩抑声声思 似诉平生不得志 xián xián yǎn yì shēng shēng sī sì sù píng shēng bù dé zhì
低眉信手续续弹 说尽心中无限事 dī méi xìn shǒu xù xù tán shuō jìn xīn zhōng wú xiàn shì
轻拢慢捻抹复挑 初为霓裳后绿腰  qīng lóng màn niǎn mò fù tiāo chū wèi ní cháng hòu lǜ yāo
大弦嘈嘈如急雨 小弦切切如私语  dà xián cáo cáo rú jí yǔ xiǎo xián qiè qiè rú sī yǔ 
嘈嘈切切错杂弹 大珠小珠落玉盘  cáo cáo qiè qiè cuò zá tán dà zhū xiǎo zhū luò yù pán
间关莺语花底滑 幽咽泉流冰下难 jiān guān yīng yǔ huā dǐ huá yōu yè quán liú bīng xià nán
冰泉冷涩弦凝绝 凝绝不通声暂歇 bīng quán lěng sè xián níng jué níng jué bù tōng shēng zàn xiē




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【注 釈】


琵琶の行(うた)

潯陽江頭(じんやうかうとう)夜 客(かく)を送れば
楓葉荻花(ふうえふてきくわ)秋 瑟瑟(しつしつ)たり
主人 馬を下(くだ)りて  客 船に在り

酒を挙げて飲まんと欲するに  管絃(くわんげん)無し
酔うて歓(くわん)を成さず  惨(さん)として将(まさ)に別れんとす

別るる時  茫茫(ぼうぼう)として江(かう)月を浸(ひた)す
忽ち聞く  水上(すいじゃう)琵琶(びは)の声
主人 帰(かへ)るを忘れ  客 発せず

声を尋ねて  暗(ひそ)かに問ふ  弾(だん)ぜし者誰(たれ)ぞと
琵琶  声は停(や)んで  語(かた)らんと欲して遅し
船を移して  相近づけ  邀(むか)へて相見る

酒を添へ  灯(ともしび)を迴(めぐ)らし  重ねて宴を開く
千呼(せんこ)万喚(ばんくわん)始めて出で来たるも
猶ほ 琵琶を抱(いだ)きて  半(なか)ば面(めん)を遮(さへぎ)る

軸(ぢく)を転じ  絃(いと)を撥(はら)いて 三両声(せい)
未だ曲調(きょくてう)を成さざるに  先ず情(じゃう)有り
絃絃(げんげん)に掩抑(えんよく)して  声声(せいせい)に思ひあり

平生(へいぜい) 志を得ざるを 訴うるに似たり
眉(まゆ)を低(た)れ 手に信(まか)せて続続(ぞくぞく)に弾(だん)ず
説き尽くす 心中限り無き事

軽(かろ)く攏(おさ)へ  慢(ゆる)く撚(ひね)り  抹(まつ)して復(また)挑(かか)ぐ
初めは霓裳(げいしゃう)を為(な)し  後(のち)は緑腰(ろくえう)

大絃(たいげん)は嘈嘈(さうさう)として 急雨(きふう)の如く
小絃(せうげん)は切切(せつせつ)として 私語(しご)の如し

嘈嘈(さうさう)切切(せつせつ)錯雑(さくざつ)して弾(だん)じ
大珠(たいしゅ)小珠(せうしゅ)玉盤(ぎょくばん)に落つ

間関(けんくわん)たる鶯語(あうご)花底(くわてい)に滑(なめ)らかに
幽咽(いうえつ)せる泉流(せんりう)氷下(ひょうか)に難(なや)む

氷泉(ひょうせん)冷渋(れいじふ)して 絃(げん)凝絶(ぎょうぜつ)し
凝絶(ぎょうぜつ)して通ぜず  声(こえ)暫(しばら)く歇(や)む






白居易 bái jū yì  (はくきょい) (772~846年)
中唐の詩人。字は楽天(らくてん)。山西太原(たいげん)の人。
詩風は流麗で平易、広く愛誦され、なかでも玄宗と楊貴妃の愛をうたった「長恨歌」(ちょうごんか)は古来有名。
唐を代表する大詩人として、李白、杜甫、韓愈(かんゆ)と共に「李杜韓白」(りとかんぱく)と並び称された。
著作に詩集「白氏文集(はくしもんじゅう)」(七十五巻)。




琵琶行】 pí pá xíng     琵琶の行(うた)長編叙事詩。元和十一年(816年)白居易四十四歳の時の作。
当時、江州(江西省)司馬に左遷され、失意のうちにあった作者が、落ちぶれた長安の名妓の弾く琵琶を舟中に聞き、
わが身に引比べるという内容である。八十八句から成る七言古詩。後世の戯曲、小説など日本文学に大きな影響を与えた。


浔阳江头夜送客】  潯陽江頭(じんやうかうとう)夜、客(かく)を送れば。
潯陽江のほとりに、夜、客を見送った。

浔阳江】 xún yáng jiāng     潯陽江(じんようこう)江西省九江(きゅうこう)を流れる長江の別称。

枫叶荻花秋瑟瑟】  楓葉荻花(ふうえふてきくわ)秋、瑟瑟(しつしつ)たり。
楓の葉はしげり、荻の花は白く色づき、秋の物悲しい風情である。

枫叶荻花】fēng yè dí huā    カエデの色づいた葉に、オギの花。
瑟瑟】sè sè    もの寂しい。

主人下马客在船】  主人、馬を下(くだ)りて、客、船に在り。
私は馬から下り客は船に乗った。

举酒欲饮无管弦】  酒を挙げて飲まんと欲するに、管絃(くわんげん)無し。
酒を挙げて飲もうとするが、興をそえる管弦が無い。

醉不成欢惨将别】  酔うて歓(くわん)を成さず、惨(さん)として将(まさ)に別れんとす。
酔ってもさほど楽しくない。沈み込んだ気持で、そのまま別れることになった。

惨将别】cǎn jiāng bié    沈み込んだ気持で別れようとした。 
】cǎn     みじめである。

别时茫茫江浸月】  別るる時、茫茫(ぼうぼう)として、江(かう)月を浸(ひた)す。
別れる時、果てしなく広がる河に月がのぼり、月影が波に浸されていた。

茫茫】máng máng    果てしなく広がっている。

忽闻水上琵琶声】  忽ち聞く、水上(すいじゃう)琵琶(びは)の声。
ふと、聞く、水上に琵琶の音を。

主人忘归客不发】  主人、帰(かへ)るを忘れ、客、発せず。
私は帰ることを忘れ、客は出発するのをやめた。

寻声闇问弹者谁】  声を尋ねて、暗(ひそ)かに問ふ、弾(だん)ぜし者誰(たれ)ぞと。
声をたずねてそっと聞いてみる。弾いている人は誰かと。

琵琶声停欲语迟】  琵琶、声は停(や)んで、語(かた)らんと欲して遅し。
琵琶の音は止まったが、返事はなかなか反ってこない。

欲语迟】yù yǔ chí    語ろうとしているが、ぐずぐずしている。

移船相近邀相见】  船を移して、相近づけ、邀(むか)へて相見る。
船を移して近づいて呼び寄せて会おうとした。

】yāo     むかえる。招待する。

添酒回灯重开宴】  酒を添へ、灯(ともしび)を迴(めぐ)らし、重ねて宴を開く。
酒を添えて燈火をめぐらし、もう一度酒宴を開く。

回灯】 huí dēng    灯火の油の皿に油をつぎ足し、もう一度明るくする。

千呼万唤始出来】  千呼(せんこ)万喚(ばんくわん)始めて出で来たるも。
何度も何度も呼んで、ようやく出てきたが。

】shǐ    ようやく。やっと。

犹抱琵琶半遮面】  猶ほ、琵琶を抱(いだ)きて、半(なか)ば面(めん)を遮(さへぎ)る。
それでもまだ琵琶を抱いて半ば顔を遮っている。

转轴拨弦三两声】  軸(ぢく)を転じ、絃(いと)を撥(はら)いて、三両声(せい)。
軸をねじって弦を撥い、三度かきならす。

转轴】zhuàn zhóu    絃の軸をしめて、音の高さの調整をする。 
拨弦】bō xián    絃をはらう。 
三两声】sān liǎng shēng    二、三回少しだけ音を出す。

未成曲调先有情】  未だ曲調(きょくてう)を成さざるに、先ず情(じゃう)有り。
いまだ曲調をなさないうちから、すでに深い情がこもっている。

弦弦掩抑声声思】  絃絃(げんげん)に掩抑(えんよく)して、声声(せいせい)に思ひあり。
どの弦も低く抑えた音を出し、その音色にそれぞれ思いがこもっている。

掩抑】 yǎn yì     音を低く抑える
声声思】shēng shēng sī     どの糸の音にも思いがこもっている。

似诉平生不得志】  平生(へいぜい)志を得ざるを、訴うるに似たり。
常日頃志がかなわないのを訴えてでもいるようだ。

低眉信手续续弹】  眉(まゆ)を低(た)れ、手に信(まか)せて、続続(ぞくぞく)に弾(だん)ず。
眉をたれ、手にまかせて次々と弾き。

说尽心中无限事】  説き尽くす、心中限り無き事。
心の中の無限の思いをほとばしらせてでもいるようだ。

轻拢慢捻抹复挑】  軽(かろ)く攏(おさ)へ、慢(ゆる)く撚(ひね)り、抹(まつ)して復(また)挑(かか)ぐ。
軽くおさえ、ゆるくひねって、なでて、また跳ね。

】lóng    引き締める。(左手の絃の操作法の一) 
】niǎn    指で挟む。つまむ。ひねる。(左手の絃の操作法の一)
】 mò    右下にはらうようにする。なでつける。(右手の絃の操作法の一)
】tiāo     掌を返して、はねる。はねあげる。(右手の絃の操作法の一)

初为霓裳后绿腰】  初めは霓裳(げいしゃう)を為(な)し、後(のち)は緑腰(ろくえう)。
はじめは霓裳羽衣の曲、後には六玄(りくよう)。

霓裳】 ní cháng     曲の名。霓裳羽衣(げいしょうはごろも)の曲。
绿腰】 lǜ yāo     曲の名。緑腰(りょくよう)の曲。

大弦嘈嘈如急雨】  大絃(たいげん)は嘈嘈(さうさう)として、急雨(きふう)の如く。
太い絃は騒がしく音を立て、にわか雨のようで。

小弦切切如私语】  小絃(せうげん)は切切(せつせつ)として、私語(しご)の如し。
細い絃は切々とひそひそ話をしているかのようだ。

嘈嘈切切错杂弹】  嘈嘈(さうさう)切切(せつせつ)、錯雑(さくざつ)して弾(だん)じ。
あるいは騒がしく、あるいは切々と、さまざまに入り乱れて弾き。

大珠小珠落玉盘】  大珠(たいしゅ)小珠(せうしゅ)、玉盤(ぎょくばん)に落つ。
大小の真珠を皿の上に落としたように、バラバラと音を立てる。

间关莺语花底滑】  間関(けんくわん)たる鶯語(あうご)、花底(くわてい)に滑(なめ)らかに。
花の下のウグイスがなめらかに囀っているように。

间关】 jiān guān     やわらかな鳥の鳴き声

幽咽泉流冰下难】  幽咽(いうえつ)せる泉流(せんりう)、氷下(ひょうか)に難(なや)む。
深く押し殺した悲しみは、泉の流れが氷の下をつかえながら流れていくように。

幽咽】yōu yè     むせび泣く。
冰下难】bīng xià nán     氷の下をつかえながら流れる。

冰泉冷涩弦凝绝】  氷泉(ひょうせん)冷渋(れいじふ)して、絃(げん)凝絶(ぎょうぜつ)し。
流れが凍りついたように、弦は凝り固まり。

冷涩】lěng sè    冷えて滞る。 
凝绝】níng jué    とどこおり絶える。凍り付く。凝り固まる。

凝绝不通声暂歇】  凝絶(ぎょうぜつ)して通ぜず、声(こえ)暫(しばら)く歇(や)む。
凝り固まって途切れ、音はしばらくやむ。






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【口語訳】  「訳詩: 倉石武四郎(歴代詩選)」


潯陽江(じんやうかう)のゆふまぐれ 船出の友を 送りしに
楓(かへで)はあかく 荻(をぎ)しろく 秋 ひめやかに せまりきつ

主人(あるじ)馬よりおりたてば 友は早くも 船にあり
酒杯(さかづき)あげて 飲まむとし 管絃(くわんげん)のなき わびしさに

ふたがる心 酔ひはてず 別れいよいよ いたましく
広き江中(かはなか)みさくれば 月かげ水に 浮かびたり


おりしも水の あなたより 琵琶の音(ね)しるく 伝わりて
主人(あるじ)帰るを 忘れしが 友も聴きほれ 出で発(た)たず

いづれの人か 弾きたまふ 音(ね)をたよりつつ 尋ぬれば
琵琶の音(ね)はたと やみしかど 答(いらえ)ためらふ 様(さま)なれや

船をまぢかに 漕ぎよせて 琵琶の主(ぬし)をば 迎えとり
灯火(ともしび)かかげ 酒添えて 宴(うたげ)あらたに ひらかむと

百度(ももたび)千度(ちたび)よびぬれば やうやく姿 みせたるも
なほ琵琶しかと かき抱(いだ)き 顔(かほ)の半ばは かくれたり

 
軸(ぢく)をめぐらし 撥(ばち)とりつ 二声(ふたこゑ)三声(みこゑ)絃(いと)はじく
調(しら)べのいまだ 成らざるに ふかき心の あふれたり

絃(いと)をおさえし たびごとに 声もれいづる あひだにも
日ごろの想ひ 解けざるを 訴(うた)うるにぞ 似たるかな

眉をたれつつ 手にまかせ もろもろの曲 かき鳴らし
心の中のありたけを 吐きてつくさむ ばかりなり

軽(かろ)くひねりつ ゆるくとり 抑えてはまた かかげつつ
まづ羽衣(はごろも)の 曲をひき また緑腰(ろくえう)を調べたる


大きなる絃(いと)嘈嘈(さうさう)と しぐるる雨の ひびきあり
小さき絃(いと)は切々(せつせつ)と ささめごとする ごとくなり

嘈嘈(さうさう)と また切々(せつせつ)と 大小(だいせう)の絃(いと)こきまぜて
大きなる珠(たま)小さき珠(たま) 玉(ぎょく)の盤(さら)にぞ 落ちにける

花のもとなる うぐひすの 声のびやかに さへづれば
氷の下より わく泉 音たへだへに むせびつつ

泉の凍(い)てて とどこほり 絃(いと)たちまちに うち絶(た)ゆる
絃(いと)うち絶(た)へて かよわねば しばし静寂(しじま)の夜となりぬ