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【第五課 第三十二節】   小説読解


  水浒传 「景阳冈」 施耐庵  


武松在路上行了几日,来到阳谷县地面,离县城还远。
正是晌午时候,武松走得肚中饥渴,望见前面有一家酒店,
门前挑着一面旗,上头写着五个字:“三碗不过冈”。

武松走进店里坐下,把哨棒靠在一边,叫道:“主人家,快拿酒来吃。”
只见店家拿了三只碗,一双筷子,一盘熟菜,放在武松面前,满满筛 shāi 了一碗酒。

武松拿起碗来一饮而尽,叫道:“这酒真有气力!
主人家,有饱肚的拿些来吃。”
店家道:“只有熟牛肉。”
武松道:“好的切二三斤来。”

店家切了二斤熟牛肉,装了一大盘子,拿来放在武松面前,再筛一碗酒。
武松吃了道:“好酒!”
店家又筛了一碗。
恰好吃了三碗酒,店家再也不来筛了。

武松敲着桌子叫道:“主人家,怎么不来筛酒?”
店家道:“客官,要肉就添来。”
武松道:“酒也要,肉也再切些来。”
店家道:“肉就添来,酒却不添了。”

武松道:“这可奇怪了!你如何不肯卖酒给我吃?”
店家道:“客官,你应该看见,我门前旗上明明写着‘三碗不过冈’。”
武松道:“怎么叫做‘三碗不过冈’?”

店家道:“我家的酒虽然是村里的酒,可是比得上老酒的滋味。
但凡客人来我店中,吃了三碗的,就醉了,过不得前面的山冈去。
因此叫做‘三碗不过冈’。
过往客人都知道,只吃三碗,就不再问。”

武松笑道:“原来这样。
我吃了三碗,如何不醉?”
店家道:“我这酒叫做‘透瓶香’,又叫做‘出门倒’,初入口时只觉得好吃,一会儿就醉倒了。”

武松从身边拿出些银子来,叫道:“别胡说!
难道不你钱!
再筛三碗来!”

店家无奈,只好又给武松筛酒。
武松前后共吃了十八碗。
吃完了,提着哨棒就走。

店家赶出来叫道:“客官哪里去?”
武松站住了问道:“叫我做什么,我又不少你酒钱!”

店家叫道:“我是好意,你回来看看这抄下来的官府的榜文。”
武松道:“什么榜文?”

店家道:“如今前面景阳冈上有只吊睛白额大虫,天晚了出来伤人,已经伤了三二十条大汉性命。
官府限期叫猎户去捉。

冈下路口都有榜文,教往来客人结伙成队趁午间过冈,其余时候不许过冈。
单身客人一定要结伴才能过冈。
这时候天快晚了,你还过冈,岂不白白送了自家性命?
不如就在我家歇了,等明日凑了三二十人,一齐好过冈。”

武松听了,笑道:“我是清河县人,这条景阳冈少说也走过了一二十遭,几时听说有大虫!
你别说这样的话来吓我。
就有大虫,我也不怕。”

店家道:“我是好意救你,你不信,进来看官府的榜文。”
武松道:“就真的有虎,我也不怕。
你留我在家里歇,莫不是半夜三更要谋我财,害我性命,却把大虫吓唬我?”

店家道:“我是一片好心,你反当作恶意。
你不相信我,请你自己走吧!”
一面说一面摇着头,走进店里去了。

武松提了哨棒,大踏步走上景阳冈来。
大约走了四五里路,来到冈下,看见一棵大树,树干上刮去了皮,一片白,上面写着两行字。

武松抬头看时,上面写道:“近因景阳冈大虫伤人,但有过往客商,可趁午间结伙成队过冈,请勿自误。”
武松看了,笑道:“这是店家的诡计,吓唬那些胆小的人到他家里去歇。我怕什么!”
武松拖着哨捧走上冈来。

这时天快晚了,一轮红日慢慢地落下山去。
武松趁着酒兴,只管走上冈来。
不到半里路,看见一座破烂的山神庙。

走到庙前,看见庙门上贴着一张榜文,上面盖着官府的印信。
武松读了才知道真的有虎。

武松想:“转身回酒店吧,一定会叫店家耻笑,算不得好汉,不能回去。”
细想了一回,说道:“怕什么,只管上去,看看怎么样。”

武松一面走,一面把毡笠儿掀在脊梁上,把哨棒插在腰间。
回头一看,红日渐渐地坠下去了。
这正是十月间天气,日短夜长,天容易黑。
武松自言自语道:“哪儿有什么大虫!
是人自己害怕了,不敢上山。”

武松走了一程,酒力发作,热起来了,
一只手提着哨棒,一只手把胸膛敞开,踉踉跄跄,奔过乱树林来。

见一块光滑的大青石,武松把哨棒靠在一边,躺下来想睡一觉。
忽然起了一阵狂风。
那一阵风过了,只听见乱树背后扑地一声响,跳出一只吊睛白额大虫来。

武松见了,叫声“啊呀!”
从青石上翻身下来,把哨棒拿在手里,闪在青石旁边。
那只大虫又饥又渴,把两只前爪在地下按了一按,望上一扑,从半空里蹿下来。
武松吃那一惊,酒都变做冷汗出了。

说时迟,那时快,武松见大虫扑来,一闪,闪在大虫背后。
大虫背后看人最难,就把前爪搭在地下,把腰胯一掀。
武松一闪,又闪在一边。
大虫见掀他不着,吼一声,就像半天里起了个霹雳,震得那山冈也动了。
接着把铁棒似的虎尾倒竖起来一剪。
武松一闪,又闪在一边。

原来大虫抓人,只是一扑,一掀,一剪,三般都抓不着,劲儿先就泄了一半。
那只大虫剪不着,再吼了一声,一兜兜回来。

武松见大虫翻身回来,就双手抡起哨棒,使尽平生气力,从半空劈下来。
只听见一声响,簌地把那树连枝带叶打下来。
定睛一看,一棒劈不着大虫,原来打急了,却打在树上,把那条哨棒折做两截,只拿着一半在手里。
那只大虫咆哮着,发起性来,翻身又扑过来。
武松又一跳,退了十步远。

那只大虫恰好把两只前爪搭在武松面前。
武松把半截哨棒丢在一边,两只手就势把大虫顶花皮揪住,按下地去。
那只大虫想要挣扎,武松使尽气力按定,哪里肯放半点儿松!武松把脚往大虫面门上眼睛里只顾乱踢。

那只大虫咆哮起来,不住地扒身底下的泥,扒起了两堆黄泥,成了一个土坑。
武松把那只大虫一直按下黄泥坑里去。
那只大虫叫武松弄得没有一些气力了。

武松用左手紧紧地揪住大虫的顶花皮,空出右手来,提起铁锤般大小的拳头,使尽平生气力只顾打。
打了五六十拳,那只大虫眼里,口里,鼻子里,耳朵里,都迸出鲜血来,一点儿也不能动弹了,只剩下口里喘气。

武松放了手,去树边找那条打折的哨棒,只怕大虫不死,用棒子又打了一回,眼看那大虫气儿都没了,才丢开哨棒。

武松心里想道:“我就把这只死大虫拖下冈去。”
就血泊里用双手来提,哪里提得动!
原来武松使尽了气力,手脚都酥软了。

武松回到青石上坐了半歇,想道:“天色看看黑了,如果再跳出一只大虫来,却怎么斗得过?

还是先下冈去,明早再来理会。”
武松在石头边找到了毡笠儿,转过乱树林边,一步步挨下冈来。




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【注 釈】

水滸伝】  shuǐ hǔ zhuàn   (すいこでん)
明代の長編小説。四大奇書の一つ。作者は施耐庵 (したいあん)。
梁山泊に集まった豪傑108人の興亡を描く全120話。

景阳冈】  jǐng yáng gāng  (けいようこう)
大豪傑の武松が素手で人食い虎を退治した山東省陽穀県の山。

施耐庵】  shī nài ān   (したいあん)
明代の小説家。経歴不明。生没年未詳。
羅貫中 (らかんちゅう) の師で、「水滸伝」の作者と伝えられる。

挑着一面旗】 のぼり (旗印) が掲げてある。
上头写着】 (のぼりの) 表に記してある。

哨棒】 shào bàng   護身用の棍棒。
筛了一碗酒】  ひと碗の酒をつぐ。

一饮而尽】  yì yǐn ér jìn  一気に飲む。
客官】  kèguān  客人。

但凡】  dànfán  およそ。例外無く。
榜文】  bǎng wén  告示。布告。

吊睛白额大虫】  目の吊り上った白い額の虎。(大虫老虎
岂不白白送了自家性命】  むざむざ命を失うことになる。岂不 ~ ではなかろうか。(反語)

几时听说有大虫】  从来没听说过有大虫。 虎が出るなど聞いたことがない。
却把大虫吓唬我】  () 虎にかこつけて俺を威す。

请勿自误】 qǐng wù zì wù  请不要自己耽误自己。くれぐれも身を誤ることのなきよう。
毡笠儿】  zhān lìr 毛織の編み笠。
踉踉跄跄】  liàng liàng qiàng qiàng 千鳥足。  

腰胯】 yāo kuà 内股。
一兜兜回来】 ぐるりと一回りして戻る。
平生气力】 píng shēng qì lì  渾身の力。
一步步挨】 yí bù bu ái  重い足取りで一歩ずつ。(磨蹭
 

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【口語訳】


水滸伝 「景陽岡」(武松の虎退治)   施耐庵


さて旅を続ける武松は幾日も歩き、ようやく陽穀県 (ようこくけん) に入った。

県政府のある町まではまだ遠い。
時刻はちょうど昼すぎ。武松は腹を空かし、喉も渇いていた。

前方に一軒の酒屋が見えた。
その酒屋の 「のぼり」 には、「三碗不過岡」 (三碗ニシテ岡ヲ過ギズ) という文字が記されていた。

武松は店に入って腰を下ろし、棍棒を横に置き、「おやじ、酒を呑ませてくれ。」 と叫んだ。

すると店主は、お碗を三つに、箸をひと揃い、それに煮つけの小皿をひとつ、武松の目の前に並べ立てた。
そして一碗目の碗に並々と酒をついだ。

武松は碗を取り、ぐいっと呑み干して言った。
「これは力のつく酒だ。おやじ、腹がいっぱいになる物をくれ。」

「牛肉だけしかありませんが。」
「かまわん二三斤たのむ。」

店主は牛肉を二斤、大きな皿に盛り、武松の目の前に置いた。
そして二碗目の碗に酒を注いだ。

武松は呑んでうなった。 「いい酒だ!」
店主は三碗目の碗に酒をついだ。
武松が三碗目の酒を呑むと、店主はもう酒をつごうとはしなかった。

武松はつくえをたたいて怒鳴った。
「おやじ、なぜ酒をつがぬのか?」

「お客人、肉をご所望でしたら追加いたしますが。」
「酒もいる、肉もいくつか切ってくれ。」

「肉は用意できますが、酒は追加できません。」
「おかしな事もあるものだ。客に酒を売らないとはどういう事だ?」

「お客人、酒屋の 『のぼり』 に 『三碗不過岡』 と書いてあるのが見えませんでしたか。」
「どうして 『三碗不過岡』 などと言うのか?」

「手前どもの酒は田舎の地酒ですが、味は老酒におとりません。
店に来た客は、三碗を呑んだら、もう酔いが回り、前にある景陽岡を越えるのが出来なくなります。
そのため 『三碗不過岡』 というのです。
常連客は三碗呑んだらもう追加しませんよ。」

武松はせせら笑いながら言った。
「そうだったのか。しかし俺は三碗呑んだが、なぜ酔わぬのだろう?」

「手前どもの酒は 『透瓶香』 (香りが瓶をつきぬける)
またの名を 『出門倒』 (門口を出たとたんぶっ倒れる) とあだ名をつけられています。
はじめて口にふくんだ時は、口あたりがいいのですが、すこし経つと、全身にまわって倒れてしまいます。」

武松は懐からいくらかの銀を取り出して言った。
「でたらめを言うな! よもや俺が金を払わぬとでも思っていたのか!
もう三碗分持って来い!」

こうなると店主もあしらえず、仕方なくまた武松に酒をふるまうのだった。
かくして武松は続けざまに十八碗もの酒を呑み干してしまった。

呑み終えると武松は棍棒を片手に歩きはじめた。
すると武松の後を追って来た店主が叫んだ。
「お客人、いったい、どこへ行きなさるので?」

武松は立ち止まって言った。
「まだ何か用か? 酒代が足りねえってのか!」
「お客人のためですよ、お戻りなすってここに記してあるお上のご高札をご覧下さい。」
「いったいどんな高札か?」

「近頃この先の景陽岡には目の吊りあがった額の白い大きな虎が出没して、日が遅くなると現れて人を殺めるのです。
すでに二、三十人の大男が命を落としているんですよ。

お上のお布令 (ふれ) によると、猟師たちに日限を定めて虎を退治せよとのことです。
岡の下の辻々に記してあるように、旅の客は大勢の人数で、明るいうちに岡を越える決まりになっていて、他の時刻には通過できません。

単身の客は必ず集団を作ってから通過するようにとのお達しです。
もう日もかなり暮れてます。お客人がそれでも岡を越えようとなさるなら、それはむざむざ命を捨てに行くようなものでしょう?

悪いことは申しません。手前どもの店に泊まって、明日二、三十人集まってから、一斉に岡を越えなさるがよろしい。」

武松は、せせら笑って言った。
「俺は清河県の者だ。この景陽岡は少なくとも十ぺんや二十ぺんは歩いたことがある。

それでも虎がいるなんて話はいっぺんも聞かなかったぞ!
ばかなことをぬかして人を威 (おど) すのはやめてくれ。
たとえ虎がいたとしても、びくともする俺じゃねえぞ。」

「手前どもはお客人を助けたいと言っているんです。
うそだと思うなら戻って来てお上の高札をご覧なさいませ。」

「虎が本当にいても俺さまは平気なんだ。
おめえは泊めておいて、よもや俺の有り金めあてに、夜の夜中に俺を殺そうって腹じゃあるまいな。
それで虎にかこつけて俺を威すんだろう?」

「せっかく親切心で言っているのに悪くとるなんて、なんてお人だ。
人の話を信じられないのなら、どうぞ自分の好きなように行ったらよろしい!」
店主はそう言いながら頭を振り振り、店のほうに戻って行った。

武松は棍棒をひっさげて、大股で景陽岡に向かって行った。

四、五里ほどの道をきて、岡の下にさしかかると、大木の幹が白く削られていた。
その上に文字が二行記されている。
武松が頭をもたげて見るとこう記してある。

『近頃、景陽岡に大虎あらわれ、人を殺めるにより、往来する旅商人は、昼中の時刻に限り、集団をなして岡を越えられたし。
くれぐれもあやまりなきよう願いたい。』

武松はこれを見て笑いだした。
「これは酒屋の店主の小細工だな。
肝っ玉の小さい奴らを威して自分の家に泊めようという魂胆だろうが、こちとらは、へっ、怖いものなしだぜ!」

武松は棍棒をひきずり、岡を上がって行った。
日は、早くも暮れかけて、赤い夕日がゆっくりと山の端に沈もうとしていた。
武松は酒の勢いでひたすら登って行く。

半里ほど来ると、くずれかかった山神の廟 (やしろ) が見えた。
その前に来ると、官府の判を押した高札が扉に貼りだしてある。
武松は読み終わって、はじめて虎が出没する事実を知った。

武松は酒屋まで引き返してみようと思ったものの、
「そうすると酒屋の店主にそれみたことかと笑われて、俺の面子がまるつぶれだ。
これは引き返すわけにはいかねえ。」

しばらくのあいだ躊躇した武松だったが、
「ええい、ままよ、どうなるか、このまま登って行くしかあるめえ。」
武松は歩きながら、編み笠を背中にはね、棍棒を腰の間に挿し込んだ。

振り返ってみると、日はいよいよ沈もうとしていた。
十月ごろのことで、日が短く、夜が長く、暮れるに早い時節であった。

武松は独り言をつぶやいていた。
「虎なんぞいるものか! 臆病風にふかれるから登れないのさ。」

しばらく歩くうちに、酒がいよいよ効きだして、からだが火照ってきた。
武松は、片手に棍棒をつかみ、片手で胸元を押しひろげ、ふらふら千鳥足で雑木林に入り込んだ。

ふと見ると、大きな、つるつるの黒石がある。
武松は棍棒をその傍らに立てかけ、一眠りしようと石の上に横になった。

突然ひとしきりの狂風が吹き起こった。
その風が吹き過ぎると、雑木林の奥で、がさっという音がした。

とたんに、目の吊った額の白い一匹の大虎が飛び出して来た。

「ややっ!」
武松は叫び声をあげ、とっさに黒石の上から寝返りを打つや、棍棒を手にとり、黒石の傍らに身をかわした。

虎は飢え渇いていた。
二本の前足で地べたを押さえるや否や、中空に身をおどらせ、飛びかかって来た。

武松は仰天のあまり、酒がすっかり冷や汗となって吹き出した。
間一髪、飛びかかって来た虎の背後へ、武松はささっと飛びのいた。

虎の弱点は人が背後にまわってみえなくなることである。
前足を地にすりつけ、内股を蹴り上げたが、武松はひらりと飛びよけた。

蹴り上げにしくじった虎は、うおッと吼えた。
その声は山河を揺らし、あたかも中天の霹靂かと思われるほどであった。

虎はすかさず鉄の棒のような尾をさか立て横なぐりに振り回した。
武松はそれをもかわして飛びのける。

そもそも虎が人を襲う手段は、一突き、一蹴り、一振りである。
この三つの手にしくじると活力も半ば失われてしまうのである。

一振りが不発に終わった虎はまたもや吼えて、ぐるりと体の向きを変えた。

虎が立ち戻るのを見た武松は、両手で棍棒を振りかざし、渾身の力でまっこうから打ち下ろした。
ばんッというひびきとともに、樹木の枝と葉がばらばらと散りかかった。

目を凝らして見ると、棍棒の一撃は虎を打ってはいなかった。
気をせいたあまり、樹木を殴りつけていたのだ。
棍棒は二つに折れ、その一片が武松の手に残っただけであった。

猛り狂った虎は咆哮とともに、身を翻して、またも躍りかかってくる。
武松は再び一跳びすると、十歩あまり引きずさった。

すると虎の前足が武松のちょうど手前に着く格好になった。
武松は棍棒の一片を投げ捨てるや、いきおい両手で虎の額の皮をむんずとつかみ、そのままぐいぐいと押さえつけた。

虎はもがこうとしたが、武松の渾身の力に押さえられては、どうにも逃れられようもない。
武松は片足を上げ虎の眉間や両眼を遮二無二蹴りつけた。

虎はうなって腹の下の土をひたすら掻き起こす。
土くれは虎の両側に山となって堆積し、腹の下には大きな土穴が掘られた。

武松はその穴に虎の頭をぐいッと差し入れ、そのまま押さえ続けた。
さすがの虎も武松の怪力になすすべなく気力を無くしていった。

武松は左手でしっかりと虎の額をつかみ、空いた右手は鉄槌のような拳骨を握り固め、力の限り滅多打ちにした。

五、六十回も打ちすえると、虎の眼や、口や、鼻や、耳から鮮血がほとばしり出て、
虎はもはや身動きできず、息も絶え絶えとなってしまった。

武松は手を放して木のほとりに行き、折れた棍棒を探し出した。
恐らくまだくたばっていないだろうと、棍棒でとどめの一撃を喰らわした。
虎がすっかり息を引き取るのを見て、武松は棍棒を捨てた。

「こいつをこのまま引きずって岡を下りて行こうか。」

血だまりの海の中で両手でひっさげようとしたが、どうにも動かせない。
なんと武松は力を使い尽くして、手足がげんなりしていたのだった。

武松は黒石の上にしばらく座り込んだ。

「日もどっぷり暮れて、ここでまた他の虎が出てきやがったらもう手も足もでねえ。
ここはひとまず岡を下りて、明日の朝にでもまたここへ来て考えるこった。」

石のほとりに編み笠を探し出した武松は、雑木林の中をひとめぐり、重い足取りで一歩一歩と岡を下りて行った。