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漢詩三百選
| 【唐詩二】 | 王之渙 | 岑参 | 李商隠 | 陳叔宝 | 李紳 | 柳宗元 | ||||||
| 王翰 | 韓愈 | 顧況 | 荊軻 | 项籍 | 王勃 |
(王之渙)
(登鸛鵲楼) (涼州詞)
登鹳雀楼 (唐) 王之涣
| 白日依山尽 | bái rì yī shān jìn | |
| 黄河入海流 | huáng hé rù hǎi liú | |
| 欲穷千里目 | yù qióng qiān lǐ mù | |
| 更上一层楼 | gèng shàng yì céng lóu |
【注 釈】
鸛鵲楼(くわんじゃくろう)に登る
白日(はくじつ)山に依(よ)りて尽き
黄河(くわうが)海に入りて流る
千里の目を窮(きは)めんと欲して
更に上(のぼ)る 一層の楼(ろう)
【口語訳】
白日(はくじつ)山の端(は)に尽き
黄河(くわうが)にごれるままに 海に落(お)つ
さらに眺望(てうぼう)きわめんと
われ石磴(せきたう)を上(のぼ)りゆく
【鹳雀楼】 guàn què lóu 鸛鵲楼 (かんじゃくろう)
山西省永済市の西南城上にある三階建ての高殿
【白日依山尽】 真白い太陽は山に寄り添い沈みゆく
(用例)君に勧む 更に尽(つく)せ 一杯の酒(王維・送元二使安西)
【穷千里目】 qióng qiān lǐ mù 遥か彼方まで見極める
「千里の遠きを見たければ、より高い所に登らねばならない」これは王之渙の生き方、人生哲学でもあった。
凉州词 二首其一 liáng zhōu cí (唐) 王之涣
| 黄河远上白云间 | huáng hé yuǎn shàng bái yún jiān | |
| 一片孤城万仞山 | yí piàn gū chéng wàn rèn shān | |
| 羌笛何须怨杨柳 | qiāng dí hé xū yuàn yáng liǔ | |
| 春风不度玉门关 | chūn fēng bù dù yù mén guān |
【注 釈】
涼州詞(りゃうしうし)
黄河(くわうが)遠(とほ)く上(のぼ)る白雲(はくうん)の間(かん)
一片(いっぺん)の弧城(こじゃう)万仭 (ばんじん) の山(やま)
羌笛 (きゃうてき) 何ぞ須 (もち) ひん楊柳(やうりう)を怨(うら)むを
春風(しゅんふう)度 (わた) らず玉門関(ぎょくもんくわん)
【口語訳】
黄河(くわうが)を上(のぼ)れば 白雲(はくうん)の 果て無き彼方(かなた)
孤城(こじゃう)侘(わび)しく 万丈(ばんじゃう)の 山(やま)聳(そび)えたり
手向(たむ)けに手折(たを)る 楊柳(やうりう)の 胡笛(こてき)の調(しら)べ 無くもがな
はるか異郷(いきゃう)の玉門関(ぎょくもんくわん) 春の息吹(いぶき)も わたり来(こ)ず
【凉州】 liáng zhōu 涼州(りょうしゅう)現在の甘粛省河西地区
【万仞】 wàn rèn きわめて高い
【羌笛】 qiāng dí 異民族の吹きならす笛
【怨】 yuàn (笛を)悲しげに吹く
【杨柳】 yáng liǔ 折楊柳(せつようりゅう)と呼ばれる別れの曲。
楊柳(ようりゅう)は、ヤナギ科ヤナギ属の樹木。
旅立ちの時には、楊柳の一枝を折って手渡し無事を祈る習慣があった
【何须怨杨柳】 怨めしげに吹き鳴らす必要があろうか
「何須」は、反語を表す疑問副詞。(どうして必要があろう,何必)
(用例)何须多言,太阳尚未下山。言うにや及ばぬ。まだ陽は沈んでいない(太宰治・走れメロス)
【玉门关】 yù mén guān 玉門関(ぎょくもんかん)敦煌の西にある国境の関所
【春风不度】 柳を芽吹かせる春風も、ここ玉門関の辺境までは届いて来ないからだ
玉門関は、春の訪れもない絶遠の地。
楊柳が芽吹くことさえないのだから「折楊柳」の曲さえ空しい。
交代兵(春)は、なかなかやって来ず、帰還の見込みも立たない。
さいはての辺境に出征した兵士の孤絶した心境を詠った詩である。
王之渙 wáng zhī huàn (おうしかん) (688~742年)
盛唐の詩人。字は季陵 (きりょう)山西運城の人。
岑参 (しんじん) 王昌齢(おうしょうれい) 高適(こうせき)らと肩を並べ、
辺境の自然をうたった辺塞詩(へんさいし)にすぐれる。
現存する詩はわずか六首だが「鸛鵲楼に登る」「涼州詞」は唐詩中の絶唱とされる。
(岑参)
(逢入京使) (磧中作) (見渭水思) (李主簿) (胡笳歌) (山房春事)
逢入京使 féng rù jīng shǐ (唐) 岑参
| 故园东望路漫漫 | gù yuán dōng wàng lù màn màn | |
| 双袖龙钟泪不干 | shuāng xiù lóng zhōng lèi bú gān | |
| 马上相逢无纸笔 | mǎ shàng xiāng féng wú zhǐ bǐ | |
| 凭君传语报平安 | píng jūn chuán yǔ bào píng ān |
【注 釈】
京(けい)に入る使ひに逢ふ
故園(こゑん)東に望めば 路(みち)漫漫(まんまん)
双袖(さうしう)龍鐘(りょうしょう)として 涙 乾(かは)かず
馬上(ばじゃう)相逢(あ)うて 紙筆(しひつ)無く
君に憑(よ)り 伝語(でんご)して 平安を 報ぜん
【口語訳】
ふるさとのみち いよよはるかに
わがもろ袖の かわくひまなし
馬上(ばじゃう)きみに逢ひ 紙筆のなければ
人には告げよ われつつがなしと
【逢入京使】 féng rù jīng shǐ 都(長安)への使いに出逢う
【漫漫】 màn màn 果てしなく遠い
(用例)雨雪(うせつ) 尚(なほ)漫漫(まんまん)たり(高適・使青夷軍入居庸)
【故园】 gù yuán 作者の家族のいる長安(陝西省西安市)を指す
【龙钟】 lóng zhōng (涕泪淋漓)涙にくれるさま
【凭】 píng 依頼する。こい願う
(用例)君(きみ)に憑(ねが)ふ 話(かた)る莫(な)かれ 封侯(ほうこう)の事(曹松・己亥歳)
作者は、都から何万里も離れた西域へ向けて遠く長い旅の途上にあった。
ふと都の長安に向かう使者と出逢い、一層つのる望郷の念を詠ったもの。
碛中作 qì zhōng zuò (唐) 岑参
| 走马西来欲到天 | zǒu mǎ xī lái yù dào tiān | |
| 离家见月两回圆 | lí jiā jiàn yuè liǎng huí yuán | |
| 今夜不知何处宿 | jīn yè bù zhī hé chù sù | |
| 平沙万里绝人烟 | píng shā wàn lǐ jué rén yān |
【注 釈】
磧中(せきちゅう)の作
馬を走らせて 西に来(きた)れば 天に到らんと欲す
家を離れて 月の両回(りゃうくわい)円(まどか)なるを 見る
今夜知らず 何(いづ)れの処にか 宿(しゅく)せん
平沙万里(へいさばんり)人煙(じんえん)を 絶(た)つ
【口語訳】
西のかた 地平の涯(はて)をさしながら
ひたすら駒(こま)をかけはしる
かき数(かぞ)ふれば 家を出て
ふたたびめぐる 望月(もちづき)の
影をわれ見き 途すがら
見渡すかぎり 果(はて)もなく
続く砂原 人絶えて 今宵も宿のあてぞなき
【碛中作】 qì zhōng zuò 磧中作(せきちゅうさく)砂漠の中で作った歌
【见月两回圆】 満月を二度見た。二カ月を経たの意
【平沙】 píng shā 砂原
【万里】 wàn lǐ 果てしなく広がっている(用例)門に泊す東呉万里の船(杜甫・絶句三)
本作は、従軍西征した作者が、砂漠の中を通過したおりの、心細く不安な心情を詠ったもの。
见渭水思泰川 jiàn wèi shuǐ sī qín chuān (唐) 吟参
| 渭水东流去 | wèi shuǐ dōng liú qù | |
| 何时到雍州 | hé shí dào yōng zhōu | |
| 凭添两行泪 | píng tiān liǎng háng lèi | |
| 寄向故园流 | jì xiàng gù yuán liú |
【注 釈】
渭水(ゐすい)を見て秦川(しんせん)を思ふ
渭水(ゐすい)東に流れ去る
いづれの時か雍州(ようしゅう)に到らん
憑(よ)って両行(りゃうかう)の涙を添へて
寄せて故園(こゑん)に向かって流さむ
【口語訳】
渭水(いすい)の水は 東(ひがし)して わが雍州(ようしゅう)の方(かた)をさす
そのふる里よ いつかまた 帰りゆく日の ありやなし
頬(ほほ)を伝はる この涙 流れの水に そそぐゆゑ
せめては運べ ふる里へ
【见渭水思秦川】 jiàn wèi shuǐ sī qín chuān 渭水(いすい)を見て秦川(しんせん)を思う
【渭水】 wèi shuǐ 川の名。 甘粛省中部に源を発し、陝西省東端で黄河に注ぐ黄河最大の支流
【秦川】 qín chuān 長安(現在の陝西省西安市)一帯の地
【雍州】 yōng zhōu 長安の古名
【凭添两行泪】 両眼から流れる涙を(渭水の水に)添えてことづける。「凭」は、託する、依頼するの意
【故园】 gù yuán 故郷
【寄向故园流】 (その涙を)故郷まで流して送り届けてくれと
本作は、作者が西域へ赴く途中、都のある秦川へと流れゆく渭水(いすい)を見て
長年住み慣れた自宅のある長安を懐かしんで詠んだもの。
玉关寄长安李主簿 yù guān jì cháng ān lǐ zhǔ bó (唐)岑参
| 东去长安万里余 | dōng qù cháng ān wàn lǐ yú | |
| 故人何惜一行书 | gù rén hé xī yì háng shū | |
| 玉关西望堪肠断 | yù guān xī wàng kān cháng duàn | |
| 况复明朝是岁除 | kuàng fù míng zhāo shì suì chú |
【注 釈】
玉関(ぎょくくわん)にて長安(ちゃうあん)の李主簿(りしゅぼ)に寄す
東(ひがし)のかた 長安(ちゃうあん)を去ること万里余(ばんりよ)
故人(こじん)那(なん)ぞ惜(を)しむ 一行(いっかう)の書(しょ)
玉関(ぎょくくわん)西に望(のぞ)めば 腸(はらわた)断(た)つに堪(た)へたり
況(いは)んや復(ま)た明朝(みゃうてう)は是(こ)れ歳除(さいぢょ)なるをや
【口語訳】
長安(ちゃうあん)の都を遠(とほ)く千万里 玉門関(ぎょくもんくわん)にあるわれに
なにゆゑ人はつれなくて 書(ふみ)の一つもめぐまざる
雲立ちへだつ西のかた 故郷(こきゃう)の空をながむれば われ断腸(だんちゃう)の思ひをす
ましてや 明日は大三十日(おほみそか)年の名残を告ぐる夜ぞ
【故人】 gù rén 昔なじみの友人。李主簿をさす。
本作は、作者が遠征の途中、玉門関から長安にいる主簿の李某に送り届け、その音信なきを責めたもの。
主簿は官名で、記録や文書をつかさどる下級役人。書記官にあたる。
【一行书】 yì háng shū 簡単なたより
【故人何惜一行书】 友よ、手紙一枚なぜ惜しむのか。
「何」は、反語を表す副詞(惜しむことはあるまいに、哪能)
(用例)田園(でんえん)将(まさ)に 蕪(あ)れんとす 胡(なん)ぞ帰らざる(陶淵明・帰去来辞)
【堪肠断】 kān cháng duàn はらわたがちぎれる思い
【岁除】 suì chú 大みそか
胡笳歌送颜真卿使赴河陇 (唐) 岑参
hú jiā gē sòng yán zhēn qīng shǐ fù hé lǒng
| 君不闻胡笳声最悲 | jūn bù wén hú jiā shēng zuì bēi | |
| 紫髯绿眼胡人吹 | zǐ rán lǜ yǎn hú rén chuī | |
| 吹之一曲犹未了 | chuī zhī yì qǔ yóu wèi liǎo | |
| 愁杀楼兰征戍儿 | chóu shā lóu lán zhēng shù ér |
【注 釈】
胡笳(こか)の歌 顏真卿(がんしんけい)の使(つか)いして 河隴(かろう)に赴(おもむ)くを送る
君 聞かずや 胡笳(こか)の声(こゑ) 最も悲(かな)しきを
紫髯綠眼(しぜんりょくがん)の 胡人(こじん) 吹く
之(これ)を吹いて 一曲 猶(な)ほ 未(いま)だ了(をは)らざるに
愁殺(しうさつ)す 楼蘭(ろうらん) 征戍(せいじゅ)の兒(じ)
【口語訳】
君しらずや 蘆笛(あしぶえ)の音(ね)いと悲しきを
紫の髯(ひげ)碧(あお)き眼をせる 胡人(こじん)の吹くよ
吹きて一曲(ひとふし) なほ了(をは)らざるに
愁(うれ)ひに堪(た)へぬは 楼蘭(ろうらん)の防人(さきもり)たちよ
【胡笳】 hú jiā 胡人の吹く蘆笛
【颜真卿】 yán zhēn qīng 顔真卿(がんしんけい 709~785年)
玄宗・粛宗の側近を務めた政治家。安禄山の反乱を討伐するのに功績があった。
本作は、748年、勅命により監察史として西域の河隴に赴くことになった顔真卿を
長安にて送別する歌。異国情緒とともに、兵士たちの哀愁を詠った辺塞詩でもある。
【河陇】 hé lǒng 河隴(かろう)河西隴右(かせいろうゆう 甘粛省)一帯
【吹之一曲犹未了】 この曲をまだ吹き終わらぬうちに
「犹」は、継続を表す副詞(いまだなお、仍然,还是)
(用例)志(こころざし)猶(な)ほ 已(や)まず(陳寿・三国志 諸葛亮伝)
【愁杀】 chóu shā ひどく悲しませる
【楼兰】 lóu lán 楼蘭(ろうらん)西域(現在の新疆ウイグル自治区)の地名。
当時はウイグル系民族の住地であったため、碧眼の胡人と形容されている。
【征戍儿】 zhēng shù ér 西域の守備兵たち
山房春事 shān fáng chūn shì 二首其二 (唐)岑参
| 梁园日暮乱飞鸦 | liáng yuán rì mù luàn fēi yā | |
| 极目萧条两三家 | jí mù xiāo tiáo liǎng sān jiā | |
| 庭树不知人去尽 | tíng shù bù zhī rén qù jìn | |
| 春来还发旧时花 | chūn lái huán fā jiù shí huā |
【注 釈】
山房(さんばう)の春事(しゅんじ)
梁園(りゃうゑん)日暮(にちぼ) 乱れ飛ぶ鴉(からす)
極目(きょくもく)蕭条(せうでう)たり 両三家(りゃうさんか)
庭樹(ていじゅ)は知らず 人の去り尽(つ)くるを
春来(しゅんらい) 還(ま)た発(ひら)く 旧時(きうじ)の花
【口語訳】 「訳詩: 荒川太郎(踏花帖)」
廃園日暮れて 鴉(からす)飛びかひ
眺望(ながめ)もさびし 家 二(ふた)つ三(み)つ
庭樹(にはき)は 知らず 諸人(もろびと)去りしを
めぐれる春に 昔時(いにしへ)の花
【山房春事】 shān fáng chūn shì 山房での春のもの思い。山房は、山寺(梁園の廃墟に建てられた寺)の一室の意
芸術を愛し、善美を尽くした梁の孝王が築いた庭園、その廃墟を訪れた時の感慨を詠ったもの。
繁栄を誇った園は、今は荒れ寺となり、見渡す限りもの淋しく、唯だ二三軒の民家があるのみ。
その荒廃を知らぬげに春の花を咲かせる自然の無情を嘆く。
【梁园】 liáng yuán 梁園(りょうえん)漢代に、文帝の子、梁の孝王が築いた園の名、河南省東部、商丘の東にある
【极目】 jí mù 目の届く限り
【萧条】 xiāo tiáo もの寂しいさま
【旧时】 jiù shí 昔と変わらない(花)
岑参 cén shēn (しんじん) (715~770年)
盛唐の詩人。湖北江陵(こうりょう)の人。
西域の節度使(軍政長官)として辺境に滞在した体験から、辺境の風物を多くうたう。
辺塞(へんさい)詩人として高適(こうてき)とともに「高岑」と並び称される。
著作に詩集「岑嘉州(しんかしゅう)集」(七巻)
(李商隠)
(楽遊原) (落花) (嫦娥) (隋宫)
乐游原 lè yóu yuán (唐) 李商隐
| 向晚意不适 | xiàng wǎn yì bú shì | |
| 驱车登古原 | qū chē dēng gǔ yuán | |
| 夕阳无限好 | xī yáng wú xiàn hǎo | |
| 只是近黄昏 | zhǐ shì jìn huáng hūn |
【注 釈】
楽遊原(らくいうげん)
晩(くれ)に向(なんな)んとして 意(こころ)適(かな)はず
車を駆(か)りて 古原(こげん)に登る
夕陽(せきやう) 限り無く好(よ)し
只(ただ)是れ 黄昏(くわうこん)に近し
【口語訳】
日も暮れ近くなりたるに こころ沈みて楽しまず
車を駆りて 広野原 丘を登れば 暮れなづむ
夕陽の照りのかがやきて みる物すべて目にたのし
なれども あはれこの眺望(ながめ)
ひたひた 迫(せ)りつむ 黄昏(たそがれ)に 忽ち紛れて消えんとす
【乐游原】 lè yóu yuán 長安の東南にある行楽の地
【意不适】 yì bú shì 気分がすぐれない
【近黄昏】 jìn huáng hūn 夕暮れに間近い(唐の世も是と同じとの意)
楽遊原は、古く漢の時代から幾多の王朝の興亡を見てきた高台であった。
そこで沈みゆく夕日を見た作者の名状しがたい不安と焦燥の思いを詠ったもの。
落花 luò huā (唐) 李商隐
| 高阁客竟去 | gāo gé kè jìng qù | |
| 小园花乱飞 | xiǎo yuán huā luàn fēi | |
| 参差连曲陌 | cēn cī lián qǔ mò | |
| 迢递送斜晖 | tiáo dì sòng xié huī | |
| 肠断未忍扫 | cháng duàn wèi rěn sǎo | |
| 眼穿仍欲归 | yǎn chuān réng yù guī | |
| 芳心向春尽 | fāng xīn xiàng chūn jìn | |
| 所得是沾衣 | suǒ dé shì zhān yī |
【注 釈】
落花(らくくわ)
高閣(かうかく)客(かく)竟(つひ)に去り
小園(せうゑん)花(はな)乱(みだ)れ飛(と)ぶ
参差(しんし)として 曲陌(きょくはく)に連(つら)なり
迢逓(てうてい)として斜暉(しゃき)を送る
腸(はらわた)断(た)えて 未(いま)だ掃(はら)ふに忍びず
眼(まなこ)穿(うが)ちて 仍(な)ほ 帰らんことを欲す
芳心(はうしん)春の尽(つ)くるに向かひ
得(う)る所は 是れ 衣を沾(ぬ)らすのみ
【口語訳】
高楼(かうろう)に 客(かく)つひに去り
小園(せうゑん)に 花(はな)舞ひ落つる
はらはらと 散りて小路(こみち)を いく曲(ま)がり
ひらひらと 舞ひて入り日を 見おくりつ
はらわたの 千切(ちぎ)る思ひに 花 掃(はら)ふに堪(た)へず
ひたすらに 眼(まなこ)こらして 君がまた 帰(かへ)るを望む
ゆく春を 恋(こ)がる心も 尽き果てて
残るはただ 袖を濡(うるほ)す 涙(なみだ)のみ
【参差】 cēn cī (错落不齐的样子)不揃いなさま。ここでは花が相継いで散る様子を表す
【曲陌】 qǔ mò (曲折的小径)曲がりくねった小路
【参差连曲陌】 いく曲がりの小路に、もつれ合い花は散りゆく
【迢递】 tiáo dì (高远)遥か隔たっているさま
【斜晖】 xié huī (夕阳)夕日
【迢递送斜晖】 夕日を見送らんと、かなたまで飛びゆく
【肠断】 cháng duàn (极度悲痛)断腸の思い、耐えがたいほどの深い悲しみや切なさ
【肠断未忍扫】 散りゆく花の哀れさに、ほうきで掃くこともできない
【眼穿】 yǎn chuān (盼望殷切)穴の開くほど見つめる。ここでは切実な期待を表す。
【眼穿仍欲归】 (過ぎゆく春が)戻ってくるよう、目を凝らして待ち焦がれる
「仍」は、継続を表す副詞(なおも引き続き、仍然,还是)
(用例)志(こころざし)猶(な)ほ 已(や)まず(陳寿・三国志 諸葛亮伝)
【芳心】 fāng xīn (自己惜花之心)咲き誇る花々の美しさや香り。ここでは花を愛おしむ自身の気持ちを表す
【芳心向春尽】 花を愛でる私の楽しみも、暮れゆく春とともに失われてしまう
【所得是沾衣】 残ったものはただ、私の袖を濡らす涙の跡ばかりだ
客がみな帰ってしまった後の淋しさ、そして去りゆく春を惜しむ心を、
舞い落ちる花に託して、哀惜の情を込めて詠ったもの。
嫦娥 cháng é (唐) 李商隐
| 云母屏风烛影深 | yún mǔ píng fēng zhú yǐng shēn | |
| 长河渐落晓星沉 | cháng hé jiàn luò xiǎo xīng chén | |
| 嫦娥应悔偷灵药 | cháng é yìng huǐ tōu líng yào | |
| 碧海青天夜夜心 |
bì hǎi qīng tiān yè yè xīn |
【注 釈】
常娥(じゃうが)
雲母(うんも)の屏風(びゃうぶ) 燭影(しょくえい)深く
長河(ちゃうが)漸(やうや)く落ちて 暁星(げうせい)沈む
嫦娥(じゃうが)応(まさ)に 悔ゆべし 霊薬(れいやく)を偸(ぬす)むを
碧海(へきかい) 青天 夜々(やや)の心
【口語訳】
雲母(きらら)の屏風 燈火(ともしび)の影深く
銀河しだいに傾き 暁(あかつき)の星 消滅す
嫦娥(じゃうが)正に霊薬を偸(ぬす)み服せしを 悔ゆるらむ
天上の海原に 夜ごとに浮かぶ 己(おの)が心に 悔ゆるらむ
【嫦娥】 cháng é 嫦娥(じょうが)「淮南子(えなんじ)」に見える伝説上の女性、
弓の名人であった夫の羿(げい)が西王母からもらった不死の薬を盗んで飲み、月に逃げて月の精になったという。
なお魯迅に、この神話を題材とした「奔月(ほんげつ)」という短編小説がある。
【云母屏风】 yún mǔ píng fēng 雲母を張った屏風
【烛影】 zhú yǐng 屏風に反射したろうそくの光の影
【长河】 cháng hé 天の川
【晓星】 xiǎo xīng 明け方の星
【长河渐落晓星沉】 夜は更けて天の川も次第に薄れ、明けの明星も消えようとしている
【碧海青天夜夜心】 大海原のような月世界の青空を眺めては、夜ごと涙に暮れているに違いない
裏切られた愛の恨みを古い神話に託して詠った歌。
半透明の雲母を一面に貼りつめた屏風に、ろうそくの影が深々とうつっている。
眠られぬ独り寝の床で、その揺らめく影を眺めているうちに、夜は何時しか白み染め、
天の川は次第に傾いて光を落とし、薄明かりのなかに、暁の星も沈んで消えてゆく。
人の世を去り、月の精となった嫦娥は、霊薬を盗み飲んだことを、きっと悔やんでいるだろう。
青々と広がる天空の海原を眺めつつ、夜ごと傷心しているに違いない。
私を裏切った懐かしき恋人よ、君もまた身分高き人のもとに、身を寄せたことを悔いながら
寒々とした夜を過ごしているのではなかろうか。
隋宫 suí gōng (唐) 李商隐
| 紫泉宫殿锁烟霞 欲取芜城作帝家 | zǐ quán gōng diàn suǒ yān xiá yù qǔ wú chéng zuò dì jiā | |
| 玉玺不缘归日角 锦帆应是到天涯 | yù xǐ bù yuán guī rì jiǎo jǐn fān yìng shì dào tiān yá | |
| 于今腐草无萤火 终古垂杨有暮鸦 | yú jīn fǔ cǎo wú yíng huǒ zhōng gǔ chuí yáng yǒu mù yā | |
| 地下若逢陈后主 岂宜重问后庭花 |
dì xià ruò féng chén hòu zhǔ qǐ yí zhòng wèn hòu tíng huā |
【注 釈】
隋宮(ずゐきう)
紫泉(しせん)の宮殿(きうでん) 烟霞(えんか)に鎖(とざ)され
蕪城(ぶじゃう)を取って帝家(ていか)と作(な)さんと欲す
玉璽(ぎょくじ) 日角(にっかく)に帰(き)するに縁(よ)らざれば
錦帆(きんはん) 応(まさ)に是(こ)れ天涯(てんがい)に到るべし
于今(きんこん) 腐草(ふさう) 螢火(けいくわ)無(な)く
終古(しうこ) 垂楊(すゐやう) に 暮鴉(ぼあ)有(あ)り
地下(ちか) 若(も)し陳(ちん)の後主(こうしゅ)に逢(あ)はば
豈(あ)に宜(よろ)しく重(かさ)ねて後庭花(こうていくわ)を 問(と)ふべけんや
【口語訳】
隋宮(ずゐきう)
大業(たいげふ)元年(604年)隋(ずゐ)の煬帝(やうだい)長安より江都(かうと)に至るまで
離宮(りぐう)四十(しじゅう)余所(よしょ)を置(お)く
煬帝(やうだい)紫泉宮(しせんきう)より南に幸(みゆき)し 蕪城(ぶじゃう)に 都せんとす
もし唐の高祖に亡(ほろぼ)されずば 御舟(みふね)は 天涯(てんがい)までも到(いた)りしならん
今は蛍火(ほたるび)の豪遊(がういう)無く 御堤(みつつみ)の垂楊(すゐやう) に
暮鴉(ぼあ)の声(こゑ)のみ 淋(さび)し
地下にて陳の後主(こうしゅ)に後(あ)はば 末路(まつろ)の同じかりしを 恥(は)づるならん
荒淫によって国を滅ぼした、隋の煬帝を詠った作品。前代の陳朝が贅沢と「玉樹後庭花」の歌に溺れて
滅びたのを見たにもかかわらず、隋の煬帝は同じ過ちを繰り返して国を失ってしまった。
本作には、過去の歴史の教訓を顧みない権力者への鋭い皮肉と批判が込められている。
かつての絢爛豪華な様子と、現在の荒涼とした寂れ具合(蛍もおらず、カラスだけがいる)
が対比され、栄枯盛衰の無常観を際立たせている。
また伝説によれば、かつて煬帝が江都で酒色に溺れていたころ、陳の後主(陳叔宝)の亡霊に会い、
その愛妃が玉樹後庭花の曲を舞うのを見たといわれる。
本作の結句では、その話を踏まえて、やがて煬帝も亡国の主となったからには、冥土で陳の後主に
出会っても、再び玉樹後庭花の曲を所望するわけにはゆくまい、という皮肉を浴びせている。
【隋宫】suí gōng (隋炀帝在江都所建的行宫)隋の煬帝が江都(江蘇省揚州)に築いた行宮
【紫泉宫殿】zǐ quán gōng diàn (隋朝在京都长安的宏伟宫殿)隋朝が都長安に築いた壮麗な宮殿
【锁】suǒ (封闭)(煙霧の中に)閉ざされている
【紫泉宫殿锁烟霞】 長安の立派な宮殿は霞の中にひっそりと取り残されているのに
【芜城】wú chéng (即广陵)広陵(現在の揚州)
【欲取芜城作帝家】 皇帝煬帝は遠く離れた江都(揚州)を我が都にしようとした
【玉玺】yù xǐ (皇帝的玉印)皇帝の玉印
【日角】rì jiǎo (额角突出,古人以为此乃帝王之相此处指唐高祖李渊)額の中央が角のように
が突出していること。古人はこれを帝王の相と見なした。ここでは唐の高祖・李淵を指す。
【玉玺不缘归日角】 もし皇帝の印が唐の高祖(李淵)の手に渡って隋が滅びていなければ
【不缘】bù yuán (若不是因为)「不缘」は、仮定の否定条件(If not)を表す。(もし~でなければ)
(用例)只(ただ)身(み)の此(こ)の山中(さんちゅう)に 在(あ)るに縁(よ)る(蘇軾・題西林壁)
【锦帆】jǐn fān (隋炀帝所乘的龙舟)隋の煬帝が乗った龍舟
【锦帆应是到天涯】 煬帝の贅沢な竜舟の船団は、はるかな天の果てまで遊び歩いていただろうに
「应」は、推量の助動詞(きっと~だろう)
(用例)応(まさ)に故郷(こきゃう)の事(こと)を知るべし(王維・雑詩二)
【腐草无萤火】fǔ cǎo wú yíng huǒ (古人以为萤火虫是腐草变化出来的)腐草に蛍火なし。
古人は、蛍が腐った草から変化したものだと考えていた
【于今腐草无萤火】 今や隋宮の跡地には、腐草に生じるはずの蛍の光もなく
【终古】zhōng gǔ (永远)いつまでも
【垂杨】chuí yáng シダレヤナギ。煬帝は大運河の堤に柳を植えさせた
【终古垂杨有暮鸦】 ただ古い柳の木に夕暮れのカラスが寂しく鳴いているだけだ
【陈后主】chén hòu zhǔ (南朝陈末代皇帝陈叔宝)南朝陳の末代皇帝である陳叔宝
荒淫にふけり、国を滅ぼした君主とされる
【地下若逢陈后主】 黄泉の国で同じく国を滅ぼした陳の後主に出会ったとして
【后庭花】hòu tíng huā 玉樹後庭花(ぎょくじゅこうていか)陳の後主が創作した楽府(歌謡詩)
【岂宜重问后庭花】 あの亡国の歌「玉樹後庭花」を再び所望するだろうか(いや、恥ずかしくてできないはずだ)
「岂宜」は、反語を表す副詞(どうして~できようか)
(用例)豈に宜しく独り生くべけんや。どうしてひとり生き長らえようか
李商隐 lǐ shāng yǐn (りしょういん) (812~858年)
晩唐の詩人。字は義山(ぎさん)河南省沁陽(しんよう)の人。
詩は寓意に富み、難解だが風格を備え、宋代の西崑体(せいこんたい)の祖といわれる。
また典故を多用して修辞に技巧を凝らす駢文 (べんぶん) の名手としても知られる。
著作に詩集「樊南(はんなん)文集」(八巻)
陳叔宝
玉树后庭花 yù shù hòu tíng huā (陈) 陈叔宝 chén shū bǎo
| 丽宇芳林对高阁 新装艳质本倾城 | lì yǔ fāng lín duì gāo gé xīn zhuāng yàn zhì běn qīng chéng | |
| 映户凝娇乍不进 出帷含态笑相迎 | yìng hù níng jiāo zhà bù jìn chū wéi hán tài xiào xiāng yíng | |
| 妖姬脸似花含露 玉树流光照后庭 | yāo jī liǎn sì huā hán lù yù shù liú guāng zhào hòu tíng |
【注 釈】
玉樹後庭花(ぎょくじゅこうていくわ)
麗宇(れいう)芳林(はうりん)高閣(かうかく)に 対(むか)ひ
新粧(しんさう)艶質(えんしつ)本(もと)より 城(しろ)を 傾(かたむ)く
戸(こ)に 映(えい)じ 嬌(けう)を 凝(こ)らし 乍(には)かに 進(すす)まず
帷(ゐ)を出(い)で 態(たい)を含(ふく)み 笑(わら)ひて 相(あ)ひ 迎(むか)ふ
妖姫(えうき)の臉(けん)は 花の露(つゆ)を含(ふく)むに 似(に)たり
玉樹(ぎょくじゅ)流光(りうくわう)後庭(こうてい)を 照(て)らす
【口語訳】
玉樹後庭花(ぎょくじゅこうていくわ)
美(は)しき王宮(わうきゅう)木立(こだち)芳(かぐは)し
聳(そび)えたつ 高楼(たかどの)に 向かひあふ
よそほへる 艶(つや)なる姿 麗(うるは)しく もとより城の 傾(か)きそむる
戸(こ)に 映(うつ)りゐる 愛妾(あいせふ)の なまめき立(た)ちて 歩(あゆ)みを 留(とど)む
帳(とばり)を出でて 艶(あで)やかに 笑(ゑ)みをたたへて 迎(むか)ふらむ
うつくしき 人の 顔(かんばせ) 露(つゆ)を 含(ふく)むる 花のごとし
月あかり 玉(たま)の 木(こ)の間(ま)を さまよひて 貴妃(きひ)の庭面(にはも)を 照らしたり
本作は、陳朝の最後の皇帝である陳叔宝(ちんしゅくほう)が作ったとされる楽府(歌謡詩)であり、
その内容は、彼の寵妃である張貴妃らの美貌をたたえたもので、後宮の美人たちに歌わせたのだという。
589年、隋の大軍が迫る中、緊迫した状況であっても、連日のように宴会を開いて宮女らにこの歌を歌わせ、
国を滅ぼしたことから、本作と彼の名は、享楽に溺れた亡国の象徴として、後世に語り継がれている。
晩唐の詩人・李商隐が詠んだ「隋宮」などでも、過去の栄華と滅亡を風刺する典故として引用されている。
【丽宇】lì yǔ (富丽堂皇的房屋)豪華絢爛な王宮
【芳林】fāng lín (散发香气的树林)かぐわしい木々の林
【新妆】xīn zhuāng (指女子新颖别致的打扮修饰)美しく着飾る
【艳质】yàn zhì (艳美的资质)艶やかで美しい容姿
【倾城】qīng chéng (倾城倾国来形容绝色女子)絶世の美女を形容
【凝娇】yìng hù níng jiāo (指美女的娇羞容态光彩照人)美女の恥じらいに満ちた姿
【乍不进】zhà bù jìn (起初不进门)ためらって部屋に入って来ない
【帷】wéi (即帷房,专指妇女居住的内室)帷(とばり)室内に垂れさげて、室内を隔てるのに用いる布
【含态】hán tài (带着娇媚的神态,指含情脉脉的样子)情を込めた眼差し
【妖姬】yāo jī (美丽妩媚的女子)美しく艶やかな女性
【玉树】yù shù (传说中的仙树,喻才貌出众的人)伝説の仙樹であり、才色兼備の人を喩える
【流光】liú guāng (流动的光彩,此指美色)月光などの流れるような輝き。ここでは美貌を指す
【后庭】hòu tíng (后宫,宫中妃嫔所居之地)後宮。宮中の妃嬪が住む場所
陳叔宝 chén shū bǎo(ちんしゅくほう)(553-604年)
陳の皇帝。字は元秀(げんしゅう)呉興(ごこう 浙江省呉興)の人。
陳朝五代目の皇帝で、後主(こうしゅ 亡国の君主)であり、南朝は彼を最後に途絶えた。
後主は皇太子の時には有徳の誉れがあり、帝位についてしばらくは政務に励んだが、
次第に酒色におぼれ、愛妾や宮廷詩人たちと豪遊にふけって、国事をかえりみず、
589年、隋軍が王宮に攻め入るや、愛妾二人と井戸に飛び込んで逃れようとしたが、
遂につかまり、隋の都長安に送られ、俘囚のまま生涯を終えた。
後主は君主としては無能であったが、詩人としては優れていた。
特に楽府(歌謡詩)を多く作り、その内容は艶麗で技巧的な詩風を特徴とする。
著作に詩集「陳後主(ちんこうしゅ)集」(一巻)
(李紳)
(憫農一) (憫農二)
悯农 mǐn nóng 二首其一 (唐) 李绅
| 春种一粒粟 | chūn zhòng yí lì sù | |
| 秋收万颗子 | qiū shōu wàn kē zǐ | |
| 四海无闲田 | sì hǎi wú xián tián | |
| 农夫犹饿死 | nóng fū yóu è sǐ |
【注 釈】
農(のう)を憫(あは)れむ
春に蒔く 一粒の粟(もみ)
秋に収む 万粒(ばんか)の子(み)
四海に 閑田(かんでん)無きも
なお飢え逝(ゆ)く農夫あり
【口語訳】
春まくひと粒の粟(もみ)
秋たわわ
見渡す限りの田なれど
百姓 年中ひもじ
【悯农】 mǐn nóng 農民を憐れむ
【四海无闲田】 sì hǎi wú xián tián 天下に休耕田はない
【犹】 yóu 継続を表す副詞(それでもなお、仍然,还是)
(用例)志(こころざし)猶(な)ほ 已(や)まず(陳寿・三国志 諸葛亮伝)
春に一粒のもみを播くと 秋には万もの実がなる。どこにも遊ばせている田は無い。
それでもなお、農民は餓死してしまう。
それは彼らが収穫した稲のほとんどを、役人が奪ってしまうからだと糾弾している。
悯农 mǐn nóng 二首其二 (唐) 李绅
| 锄禾日当午 | chú hé rì dāng wǔ | |
| 汗滴禾下土 | hàn dī hé xià tǔ | |
| 谁知盘中餐 | shuí zhī pán zhōng cān | |
| 粒粒皆辛苦 | lì lì jiē xīn kǔ |
【注 釈】
農を 憫(あはれ)む
禾(か)を鋤(す)きて 日(ひ)午(ご)に当(あ)たり
汗(あせ)は 禾(か)の下(した)の 土(つち)に 滴(したた)る
誰(たれ)か 知らん 盤中(ばんちう)の餐(さん)
粒粒(りふりふ)皆な 辛苦(しんく)なるを
【口語訳】
日照(ひで)る畑に 立つ田子の 噴き出る汗は地に満ちつ
辛苦の汗の結晶(たまもの)が 米一粒となれるをば
夕食(ゆふげ)につどふ世の人の 誰かは知らむ よも知らじ
【禾】 hé 穀物
【日当午】 rì dāng wǔ ちょうど昼時
【盘中餐】 pán zhōng cān 食器の中の食物
【皆辛苦】 jiē xīn kǔ 皆苦労の結晶だ
日頃何気なく食べている飯の一粒一粒は、実は農民の辛苦の結晶なのだという教訓の詩。
李紳 lǐ shēn (りしん) (772~846年)
中唐の詩人、政治家。字は公垂(こうすい)浙江省湖州(こしゅう)の人。
807年、科挙に及第、中書侍郎(中央の政務次官)、節度使(軍政長官)などを歴任した。
詩は、農村の暮らしや人々を温かい目で詠う作品が多く、憫農(びんのう)詩人と呼ばれる。
本作「憫農」は、百姓の労苦をうたい、その刻苦勉励ぶりを称えた作品で、名句「粒粒辛苦」の語源となった。
著作に詩集「追昔遊(おうせきゆう)集」(三巻)
(柳宗元)
(江雪) (漁翁)
江雪 jiāng xuě (唐) 柳宗元
| 千山鸟飞绝 | qiān shān niǎo fēi jué | |
| 万径人踪灭 | wàn jìng rén zōng miè | |
| 孤舟蓑笠翁 | gū zhōu suō lì wēng | |
| 独钓寒江雪 | dú diào hán jiāng xuě |
【注 釈】
江雪(かうせつ)
千山(せんざん)鳥 飛ぶこと 絶(た)え
万径(ばんけい)人蹤(じんしょう)滅(めつ)す
孤舟(こしう)簑笠(さりふ)の翁(をう)
独(ひと)り 釣る 寒江(かんかう)の雪
【口語訳】
河の流れの ひとすぢに 野山は雪に 掩(おほ)はれて
とぶ 鳥影も 人影も 絶えてわびしき 冬景色
蓑(みの)きし 翁(おきな) 舟 浮(う)けて
静かにひとり 釣りを 垂(た)る
【万径】 wàn jìng すべての道
【人踪灭】 rén zōng miè 人影は無い
【寒江】 hán jiāng 寒々とした川
作者は、21歳の若さで進士に及第、官途についたものの、政変により幾度も
地方に左遷されるなど晩年は不遇であった。
本作で描かれる、寒江に舟を浮かべて、じっと釣り糸を垂れている漁翁こそ、
実は孤独や失意に耐えて生きる作者自身の姿を表している。
渔翁 yú wēng (唐)柳宗元
| 渔翁夜傍西岩宿 | yú wēng yè bàng xī yán sù | |
| 晓汲清湘燃楚竹 | xiǎo jí qīng xiāng rán chǔ zhú | |
| 烟销日出不见人 | yān xiāo rì chū bú jiàn rén | |
| 欸乃一声山水绿 | ǎi nǎi yì shēng shān shuǐ lǜ | |
| 回看天际下中流 | huí kàn tiān jì xià zhōng liú | |
| 岩上无心云相逐 | yán shàng wú xīn yún xiāng zhú |
【注 釈】
漁翁(ぎょをう)
魚翁(ぎょをう)夜(よる)西巌(せいがん)に傍(そ)ひて宿(しゅく)し
曉(あかつき)に 清湘(せいしゃう)を汲(く)み 楚竹(そちく)を燃(た)く
煙(もや)銷(き)え 日(ひ)出(い)でて 人を見ず
欸乃(あいだい)一聲(いっせい) 山水(さんすい)緑(みどり)なり
天際(てんさい)を廻看(くわいかん)して中流(ちうりう)を下(くだ)れば
巌上(がんじゃう)無心(むしん)に雲(くも)相(あ)ひ逐(お)ふ
【口語訳】
漁士(あま)の翁(おきな)は 夜もふけて 西の岸辺(きしべ)に 舟泊(は)てつ
明くれば掬(きく)ぶ 江(かは)の水(みづ) 楚竹(そちく)を燃(た)きて朝支度(あさじたく)
靄(もや)晴れて 日の出となれど 今やはや あたりに人の影を見ず
舟歌(ふなうた)一声 漕ぎ出せば 山はみどりに 水(みづ)青(あを)し
ゆたけき江(かは)の 水脈(みを)に乗り 舟はしだいに下(くだ)りゆく
漕ぎ出し方を 見かへれば さながら後(あと)を慕ふごと 徐(しづ)かに 雲の流れたり
【渔翁】 yú wēng 漁師の爺さん。
本作は、淡々たる漁父の暮らしを羨む気持ちを詠ったもの。
作者は、自然と一体となって暮らすことが、人生の最終的な理想の姿だと考えている。
【西岩】 xī yán 西方の岩陰(に舟をもやう)
【清湘】 qīng xiāng 清らかな湘江(しょうこう)の流れ。湘江は、湖南省を貫流し洞庭湖に注ぐ大河
【楚竹】 chǔ zhú (湖南の楚国に多い)篠竹(しのだけ)
【烟销】 yān xiāo 朝もやが晴れる
【不见人】 bú jiàn rén (日は昇ったが)あたりに人影は見えない
【欸乃】 ǎi nǎi 舟歌。舟をこぐ時のかけ声
【天际】 tiān jìa 地平線。天と水との接するあたり
【回看】 huí kàn 振り返って眺めながら
【岩上无心云相逐】 (舟を)岩の上の雲がひたむきに追って来る
柳宗元 liǔ zōng yuán (りゅうそうげん) (773~819年)
中唐の詩人。字は子厚(しほう)山西省永済(えいさい)の人。
唐宋八大家のひとり。韓愈(かんゆ)とともに古文復興につとめ、自然詩を得意とした。
著作に詩集「柳河東(りゅうかとう)集」(四十五巻)
(王翰)
涼州詞 liáng zhōu cí (唐) 王翰
| 葡萄美酒夜光杯 | pú táo měi jiǔ yè guāng bēi | |
| 欲饮琵琶马上催 | yù yǐn pí pá mǎ shàng cuī | |
| 醉卧沙场君莫笑 | zuì wò shā chǎng jūn mò xiào | |
| 古来征战几人回 | gǔ lái zhēng zhàn jǐ rén huí |
【注 釈】
涼州詞(りゃうしうし)
葡萄(ぶだう)の美酒(びしゅ) 夜光(やくわう)の杯(はい)
飲まんと欲して 琵琶(びは)馬上に 催(もよほ)す
醉ひて 沙場(しゃぢゃう)に臥(ふ)す 君 笑ふ莫(なか)れ
古来 征戦(せいせん)幾人か回(かへ)る
【口語訳】
かぐはしき葡萄の美酒 盛るはこれ夜光の杯
徐(おもむ)ろに楽しみ来り 歌もて口ずさむころ
誰(たれ)弾くや 馬上に琵琶の声あり
聞きほれてまた 杯を重ぬる
こころよきかな この酔ひ心地
酔ふほどに 沙上に臥(ふ)すや
これ 戦場に倒るるがごとし
君 笑ふことなかれ
いにしへより 戦ひに向かいし者
還りたるは 果たして幾人かある
【涼州】 liáng zhōu 地名。甘粛省武威市
【催】 cuī 促す。飲酒に興を添える
【征战】 zhēng zhàn 出征。戦に行くこと
【回】 huí 戦場より戻って来る
明日をも知れぬ命、その過酷な運命を紛らわそうと、束の間の歓楽に酔いしれる兵士たちの悲哀を詠う。
王翰 wáng hàn (おうかん) (687~726年)
盛唐の詩人。字は子羽(しう)山西太原の人。
710年、科挙に及第し中央に召されたが、性格が豪放で酒色にふけったため、地方に左遷され失意のうちに没した。
残されている詩はわずか十四編だが「葡萄美酒夜光杯」で始る「涼州詞」は唐代七言絶句中の傑作とされる。
(韓愈)
(過鴻溝) (从仕) (山石) (独钓四首) (左遷至藍関) (题楚昭王庙) (早春呈水部) (盆池)
过鸿沟 guò hóng gōu (唐) 韩愈
| 龙疲虎困割川原 | lóng pí hǔ kùn gē chuān yuán | |
| 亿万苍生性命存 | yì wàn cāng shēng xìng mìng cún | |
| 谁劝君王回马首 | shuí quàn jūn wáng huí mǎ shǒu | |
| 真成一掷赌乾坤 | zhēn chéng yí zhì dǔ qián kūn |
【注 釈】
鴻溝(こうこう)を過ぐ
竜(りゅう)疲れ 虎(こ)困(くる)しみて 川原(せんげん)を割(さ)く
億万(おくまん)の蒼生(さうせい)性命(せいめい)を存(そん)す
誰(たれ)か 君王(くんわう)に勧(すす)めて 馬首(ばしゅ)を回(かえ)さしむ
真成(しんせい)に 一擲(いってき)乾坤(けんこん)を賭(と)す
【口語訳】
漢楚両軍 連戦に疲弊し 鴻溝(こうこう)を境とし 東西を分かちあひ 和をはからんとす
漢王 西に帰らんと欲せしが 策士(さくし)説きて曰く
漢 天下の大半を有(も)ち 諸侯皆之に附く 楚は兵疲れ食尽き まさに亡ぼすの時なり
今 之を討(う)たざれば 是れ 虎(こ)を養いて自ら患(うれひ)を遺(のこ)すなりと
漢王 之を聴き まさに雌雄を決せんと 帰心矢の如く楚を追ひ討ちて 之を亡ぼさんとす
【过鸿沟】 guò hóng gōu 鴻溝(こうこう)を過ぐ。鴻溝は地名。河南省開封
【川原】 chuān yuán 中原の要地
【苍生】 cāng shēng 人民
【真成】 zhēn chéng まさに成さんとする
【一掷赌乾坤】 yí zhì dǔ qián kūn 運を天にまかせ勝負する
竜虎(漢と楚)は進退きわまり、鴻溝を境として、和睦を結んだ。これにより多数の民衆は助かった。
だが、誰であろうか漢王(劉邦)に再び楚を攻めることをすすめ、実にイチかバチかの賭けを行わせたのである。
のるかそるかの「乾坤一擲(けんこんいってき)」の成語は、本作に由来する。
817年、韓愈49歳の作。当時、淮西(安徽省)の節度使・呉元済(ごげんさい)が朝廷に対して反乱を起こした。
時の皇帝・憲宗(けんそう)は討伐軍を派遣。韓愈は、補佐官として討伐軍に随行したが、その途上「鴻溝」を
通りかかった際、過去の歴史と現在の国の命運をかけた戦いを重ね合わせ、この詩を詠んだという。
从仕 cóng shì (唐) 韩愈
| 居闲食不足 从仕力难任 | jū xián shí bù zú cóng shì lì nán rèn | |
| 两事皆害性 一生恒苦心 | liǎng shì jiē hài xìng yì shēng héng kǔ xīn | |
| 黄昏归私室 惆怅起叹音 | huáng hūn guī sī shì chóu chàng qǐ tàn yīn | |
| 弃置人间世 古来非独今 | qì zhì rén jiān shì gǔ lái fēi dú jīn |
【注 釈】
仕(し)に従(したが)ふ
閑(かん)に居(を)れば 食(しょく)足らず
仕(し)に従(したが)へば 力(ちから)任(た)へ 難(がた)し
両事(りゃうじ) 皆(みな) 性(せい)を害(がい)す
一生(いつせい) 恒(つね)に 心(こころ)苦(くる)しむ
黄昏(くわうこん) 私室(ししつ)に 帰(かへ)り
惆悵(ちうちゃう) 歎音(たんおん)を 起(お)こす
人間(じんかん)の世(よ)を 棄置(きち)せむに
古来(こらい) 独(ひと)り 今(いま)のみに非(あら)ず
【口語訳】「訳詩:原田憲雄(漢詩大系)」
仕(し)に従(したが)ふ
のんびりしてると食えないし 勤めに出れば身がもたぬ
どちらも衛生的ではない 生きてるかぎりは苦しみだ
たそがれ下宿にたどりつく ぼそぼそ嘆きが出るばかり
いっそ遁世(とんせい)したくなる いまも むかしも おんなじだ
799年、韓愈31歳の作。科挙に合格したもののなかなか正式な官職に就けず、生活の困窮から
地方の節度使(軍政長官)の幕僚を転々としていた。
本作は、そうした役人生活は面白くないが、かといって家にいれば食べるものに困ってしまう。
どちらも人間の本性を損なうもので、いつも心を痛めてばかりいると述べている。
【从仕】cóng shì 官職に就く
【害性】hài xìng 人間の本性を損なう
【惆怅】chóu chàng 気がふさぐ、憂うつになる
(用例)紅楼(こうろう)の 別れの夜 惆悵(ちうちゃう)に堪へんや(韋荘・菩薩蛮)
【弃置】qì zhì うっちゃる
【古来非独今】 昔からそうであった、今に限ったことではない
「独」は、限定の副詞(ただ~だけ、只)
(用例)心を傷(いた)ましむるは 独(ひと)り 漢の武帝のみならず(白居易・李夫人)
山石 shān shí (唐)韩愈
| 山石荦确行径微 黄昏到寺蝙蝠飞 | shān shí luò què xíng jìng wēi huáng hūn dào sì biān fú fēi | |
| 升堂坐阶新雨足 芭蕉叶大栀子肥 | shēng táng zuò jiē xīn yǔ zú bā jiāo yè dà zhī zi féi | |
| 僧言古壁佛画好 以火来照所见稀 | sēng yán gǔ bì fó huà hǎo yǐ huǒ lái zhào suǒ jiàn xī | |
| 铺床拂席置羹饭 疏粝亦足饱我饥 | pū chuáng fú xí zhì gēng fàn shū lì yì zú bǎo wǒ jī | |
| 夜深静卧百虫绝 清月出岭光入扉 | yè shēn jìng wò bǎi chóng jué qīng yuè chū lǐng guāng rù fēi | |
| 天明独去无道路 出入高下穷烟霏 | tiān míng dú qù wú dào lù chū rù gāo xià qióng yān fēi | |
| 山红涧碧纷烂漫 时见松枥皆十围 | shān hóng jiàn bì fēn làn màn shí jiàn sōng lì jiē shí wéi | |
| 当流赤足踏涧石 水声激激风生衣 | dāng liú chì zú tà jiàn shí shuǐ shēng jī jī fēng shēng yī | |
| 人生如此自可乐 岂必局束为人鞿 | rén shēng rú cǐ zì kě lè qǐ bì jú shù wèi rén jī | |
| 嗟哉吾党二三子 安得至老不更归 | jiè zāi wú dǎng èr sān zǐ ān dé zhì lǎo bù gèng guī |
【注 釈】
山石(さんせき)
山石(さんせき) 犖確(らくかく)として 行径(かうけい) 微(かす)かなり
黄昏(くわうこん) 寺(てら)に到(いた)りて 蝙蝠(へんぷく) 飛ぶ
堂(だう)に昇(のぼ)り 階(かい)に坐(ざ)すれば 新雨(しんう) 足(た)れり
芭蕉(ばせう)の葉(は)大(だい)にして 支子(くちなし) 肥(こ)えたり
僧(そう)は言(い)ふ 古壁(こへき)の仏画(ぶつぐわ) 好(よ)しと
火(ひ)を以(もつ)て 来(きた)り 照(て)らせば 見(み)ゆる所(ところ) 稀(まれ)なり
牀(しゃう)を 鋪(し)き 席(せき)を払(はら)いて 羮飯(かうはん)を置(お)く
疏糲(それい)も 亦(また)我が飢(うゑ)を 飽(あ)かしむるに足(た)れり
夜(よる)深(ふか)く 静(しづ)かに 臥(ぐわ)すれば 百虫(ひゃくちう) 絶(た)え
清月(せいげつ) 嶺(みね)を出(い)でて 光(ひかり) 扉(ひ)に入(い)る
天明(てんめい) 独(ひと)り去(ゆ)くに 道路(だうろ)無(な)く
高下(かうげ)出入(しゅつにふ)して 煙霏(えんぴ)を 窮(きわ)む
山(やま)は 紅(くれなゐ)に 澗(たに)は碧(みどり)に 紛(まぢ)りて 爛漫(らんまん)たり
時(とき)に 松櫪(しょうれき)を見(み)れば 皆(みな)十囲(じうゐ)
流(ながれ)に当(あた)つて 赤足(せきそく)もて 澗石(かんせき)を蹋(ふ)む
水声(すゐせい) 激激(げきげき)として 風(かぜ) 衣(ころも)に 生(しゃう)ず
人生(じんせい) 此(か)くの 如(ごと)くならば 自(みづか)ら楽(たのし)む可(べ)し
豈(あ)に 必(かなら)ずしも 局束(きょくそく)して 人(ひと)の為(ため)に鞿(つな)がれむや
嗟哉(ああ) 吾(わ)が党(たう)の 二三子(にさんし)
安(いづく)んぞ 老(お)いに至るまで 更(さら)に帰(かへ)らざるを得(え)む
【口語訳】 「訳詩: 原田憲雄(漢詩大系)」
山石(さんせき)
ごろごろと 石あらはれて 山径(やまみち)を ゆくに微(かそ)けし
黄昏(たそがれ)に 寺に至れば 蝙蝠(かうもり)の ばさと飛び立つ
堂(だう)のぼり 階(かい)に坐(ざ)するに 降り足りし 雨はあがりぬ
芭蕉(ばせう)の葉 ひろらに茂り くちなしの実(み)の 肥えゐたり
み仏(ほとけ)を 描(ゑが)きし壁の 絵をよしと 僧(そう)言へど
ともしびを とりて照らすに 見えしもの ただ 僅(わづ)かなり
牀几(しゃうぎ)をいだし 席(むしろ)はらひて 羹(あつもの)と 飯(いひ)ならぶるに
玄米(げんまい)の あらあらしきも わが飢(うゑ)を みたすに足れり
夜ふかく 静かに臥(ふ)すに 虫の音(ね)とだえ
清(さや)かなる月 嶺(みね)を出(い)で 扉(と)のうちに 光さしいる
暁(あかつき)に 独(ひと)りいづれば たどるべき 道だになきに
高きにのぼり 低きに入りて 朝靄(あさもや)の はてをきはめつ
山の紅(あけ)澗(たに)の碧(みどり)の まぢらひて 色鮮(あざ)やけし
松(まつ)櫪(くぬぎ)十(と)かかへなるが 遠近(をちこち)に 立てりけり
跣足(はだし)になりて 流れをわたり 谷の石 つたひ歩(あり)くに
激激(げきげき)と 湍(せ)の音(と)はげしく 山風の 衣ふくかも
人の世は かくありてこそ おのづから 楽しむべけれ
あくせくと あに人に つながれて くるしみなむや
あはれあはれ わが友どちの ふたりみたりよ
なんぞなほ 老いにいたりて 安らぐとせぬ
801年、韓愈33歳の作。洛陽北部の恵林寺に一泊したときの情景を描いた七言古詩。
黄昏時に寺に入り、翌朝辞し去る間の情景をありありと描き出して、終わりに世間の
束縛を離れて、いつかはこのような境地に入りたい心持ちを述べて結んでいる。
【荦确】luò què 険しく起伏に富んでいる
【行径】xíng jìng 道
【微】wēi 狭い。
【蝙蝠】biān fú こうもり。山寺の夕暮れの光景を描き、寺に到着した時刻を明示
【升堂】shēng táng 寺の本堂に入る
【阶】jiē 本堂前の階段
【新雨足】xīn yǔ zú 今あがった雨が十分にうるおいをもたらしている
【栀子】zhī zi くちなし。常緑の低木で、夏に白い花を咲かせ、香りが濃厚
【栀子肥】zhī zi féi くちなしの花が十分ふくらんでいる
【佛画】fó huà 描かれた仏像
【稀】xī ぼんやりとしていて、かすんでいて、よく見えない
【铺床】pū chuáng 腰掛けを並べる
【拂席】fú xí 食卓を設ける
【置羹饭】zhì gēng fàn 羹(あつもの)と御飯が出る
【疏粝】shū lì 玄米ご飯。ここでは質素な食事を指す
【饱我饥】bǎo wǒ jī 空腹を満たしてくれる
【百虫绝】bǎi chóng jué 虫の鳴き声は一切聞こえなくなった
【清月】qīng yuè 澄み渡った月明かり
【出岭】chū lǐng 山々の向こうから清らかな月が昇ってくる
【扉】fēi 門
【光入扉】guāng rù fēi 月光が門を通り抜け、室内を照らす
【天明】tiān míng 明け方
【无道路】wú dào lù 朝霧が立ち込め、道が見分けられない
【出入高下】chū rù gāo xià 高低のある山間の小道を行ったり来たりする
【霏】fēi 霧
【穷烟霏】qióng yān fēi 雲や霧がすっかり晴れた。雲や霧に覆われた山道を歩き尽くしたことを指す
【山红涧碧】shān hóng jiàn bì 山の花が鮮やかに咲き、渓流の水が清らかに澄んでいる
【纷】fēn 入り乱れて
【松枥】sōng lì 松やくぬぎ。落葉高木
【十围】shí wéi 十抱えもある。幹が非常に太いことを形容する。両手を合わせて一周する長さを「一囲」という
【当流】dāng liú 流れる水に向き合う。「当」は、(時間、場所、状況に)行き当たる、直面するの意
(用例)是(こ)の時に当たり、楚兵(そへい)諸侯に冠(くわん)たり(司馬遷・史記 項羽本紀)
【赤足踏涧石】chì zú tà jiàn shí 裸足になり、渓流の石を踏みながら水の中を歩いて渡る
【风生衣】fēng shēng yī 風が衣服を吹き抜けていく様子
【局束】jú shù 束縛され、自由がないという意味
【鞿】jī 馬の手綱。ここでは動詞として用いられ、人に操られ、束縛されることを比喩
【岂必局束为人鞿】 どうして人のためにあくせく休む間もなく忙しく動き回る必要があろうか
「岂必」は、反語を表す副詞(どうして~する必要があろうか、何必)
(用例)豈(あ)に必(かなら)ずしも皆(みな)善(ぜん)ならんや(物事はすべてが良いとは限らない)
【吾党二三子】wú dǎng èr sān zǐ 自分と志趣が合う数人の友人を指す
【至老不更归】zhì lǎo bù gèng guī 年をとっても故郷へ帰ろうとしない
【安得至老不更归】 どうして年をとってまで官職にしがみついていられようか
「安得」は、反語を表す副詞(どうして~できようか、怎么能)
(用例)不入虎穴,安得虎子。虎穴に入らずんば虎児を得ず。
独钓四首 dú diào sì shǒu (唐) 韩愈
| (四首其一) | ||
| 侯家林馆胜 偶入得垂竿 | hóu jiā lín guǎn shèng ǒu rù dé chuí gān | |
| 曲树行藤角 平池散芡盘 | qǔ shù xíng téng jiǎo píng chí sàn qiàn pán | |
| 羽沈知食驶 缗细觉牵难 | yǔ shěn zhī shí shǐ mín xì jué qiān nán | |
| 聊取夸儿女 榆条系从鞍 | liáo qǔ kuā ér nǚ yú tiáo xì cóng ān | |
| (四首其二) | ||
| 一径向池斜 池塘野草花 | yī jìng xiàng chí xié chí táng yě cǎo huā | |
| 雨多添柳耳 水长减蒲芽 | yǔ duō tiān liǔ ěr shuǐ cháng jiǎn pú yá | |
| 坐厌亲刑柄 偷来傍钓车 | zuò yàn qīn xíng bǐng tōu lái bàng diào chē | |
| 太平公事少 吏隐讵相赊 | tài píng gōng shì shǎo lì yǐn jù xiāng shē | |
| (四首其三) | ||
| 独往南塘上 秋晨景气醒 | dú wǎng nán táng shàng qiū chén jǐng qì xǐng | |
| 露排四岸草 风约半池萍 | lù pái sì àn cǎo fēng yuē bàn chí píng | |
| 鸟下见人寂 鱼来闻饵馨 | niǎo xià jiàn rén jì yú lái wén ěr xīn | |
| 所嗟无可召 不得倒吾瓶 | suǒ jiè wú kě zhào bù dé dǎo wú píng | |
| (四首其四) | ||
| 秋半百物变 溪鱼去不来 | qiū bàn bǎi wù biàn xī yú qù bù lái | |
| 风能坼芡觜 露亦染梨腮 | fēng néng chè qiàn zī lù yì rǎn lí sāi | |
| 远岫重叠出 寒花散乱开 | yuǎn xiù chóng dié chū hán huā sǎn luàn kāi | |
| 所期终莫至 日暮与谁回 | suǒ qī zhōng mò zhì rì mù yǔ shéi huí |
【注 釈】
独釣(どくちょう)四首
侯家(こうか)林館(りんくわん)勝(すぐ)れたり 偶(たまさか)入りて 竿(さを)を垂(た)るるを得たり
曲樹(きょくじゅ)に 藤角(とうかく)の 行(かか)りて 平池(へいち)に 芡盤(けんばん)の散(ち)りぼへり
羽(はね)の沈(しづ)むに 食(しょく)の駛(はや)きを知り 緡(いと)細(ほそ)くして 牽(ひ)くに 難(かた)きを覚ゆ
聊(いささ)か 児女(じじょ)に誇らんとして 楡条(ゆでう)に 従鞍(じゅうあん)を繋(つな)がせぬ
一径(いっけい) 池(いけ)に向(むか)ひて 斜(なな)めなり 池塘(ちたう) 野草(やさう)花(はな)さけり
雨(あめ)多(おほ)くして 柳耳(りうじ)を 添(そ)へ 水(みづ)長(まさ)りて 蒲芽(ほが)を 減(げん)じぬ
坐(そぞ)ろに 刑柄(けいへい)に 親(した)しむことの 厭(いとは)しく 偷(ひそか)に来(きた)って 釣車(てうしゃ)に 傍(そ)へり
太平(たいへい)なれば 公事(こうじ)少なく 吏隠(りいん) 詎(なん)ぞ 相(あひ)賖(とほ)きならむ
独(ひと)り 往(ゆ)く 南塘(なんたう)の上(ほとり) 秋晨(しうしん) 景気(けいき)醒(さ)む
露(つゆ)は 排(はい)す 四岸(しがん)の草(くさ) 風は 約(やく)す 半池(はんち)の 萍(へい)
鳥(とり)は下(くだ)って 人の寂(せき)たるを見(み) 魚(うを)は 来(きた)って 餌(ゑ)の馨(かうば)しきを聞(き)く
嗟(さ)する所(ところ)は 召(まね)く 可(べ)きもの無(な)く 吾(わ)が瓶(へい)を倒(たお)すを 得(え)ず
秋 半(なか)ばにして 百物(ひゃくぶつ)変(へん)じ 渓魚(けいぎょ)去(さ)って 来(きた)らず
風(かぜ)は 能(よ)く 芡觜(けんし)を坼(くだ)き 露(つゆ)も亦(ま)た 梨顋(りさい)を染(そ)む
遠岫(えんしう)重畳(ちょうでふ)して 出(い)で 塞花(かんくわ)散乱(さんらん)して開(ひら)く
期(き)する所(ひと) 終(つひ)に至(いた)る莫(な)し 日暮(にちぼ)誰(たれ)と與(とも)にか廻(かへ)らむ
【口語訳】 「訳詩: 原田憲雄(漢詩大系)」
独釣(どくちょう)四首
林泉(しま)美(は)しき 侯家(こうけ)の館(やかた) ふと入りて 釣竿 垂れぬ
曲(くね)る樹に かかる 藤の実 池の面(も)に 散らふ みづぶき
浮標(うき)沈み 餌(ゑ)をひく はやく 糸 ほそく たぐりがたしも
子らに誇る魚を とらむと 楡(ゆ)の枝に 馬 つながせつ
径(こみち)ひとつ 池にかたぶき 堤(つつみ)には 草の花 さく
雨多く 柳 茸(たけ)生(お)ひ 水(み)かさ増し 蒲(がま)の芽 減(へ)りぬ
仕置(しおき)するに そぞろに倦(う)みて 釣(つり)びとの仲間に いりぬ
太平の御世(みよ)に 事なく 吏隠(りいん)とぞいふに ちかけれ
ひとりゆく 南のつつみ 秋のあした けはひ すがしも
岸のべの草に 露みち 池の萍(みぐさ)風にかたよる
ひとけなき見て 鳥 下(くだ)り 餌(ゑ)の香(か)しり 魚(うを)ぞ つどひ来(く)
招くべき友の なければ わがひさご 倒れず あはれ
秋なかば ものみな かはり 渓(けい)の魚(うを)去って 来らず
みづぶきの角(つの)を 風 折り 梨の頬(ほほ)露ぞ 染めぬる
遠き岫(みね)重なり 出でて 寒き花 乱れて さきぬ
待つひとの つひにいたらず 日のくれを たれと かへらむ
818年、韓愈51歳の作。当時、刑部侍郎(法務次官)の官職に就いていた作者が、多忙な政務から一時的に離れ、
秋の日に静かに釣りを楽しむ心境が描かれている。
(四首其一)
【侯家】hóu jiā 身分の高い人の林園などのある立派な家
【林馆】 lín guǎn 林泉に富んだ別館
【得垂竿】dé chuí gān 釣りを楽しむことが出来た。「得」は、可能・実現を表す助動詞
(用例)事(こと)無きを得たり(大事にいたらずに済んだ)
【曲树】qǔ shù 曲がりくねった樹。老木
【行】xíng 垂れ下がる
【藤角】téng jiǎo 藤の実
【曲树行藤角】 曲がりくねった老木に、藤の実が垂れ下がっている
【芡盘】qiàn pán 一年生水草のミズブキの丸い大きな葉
【平池散芡盘】 平らな池の水面には、ミズブキの大きな葉が散らばっている
【羽】yǔ 釣糸につけるウキのこと
【食驶】shí shǐ 魚の食いつくのがはやい
【缗细】mín xì つり糸が細い
【牵难】qiān nán 糸がきれそうに思われて思い切ってひっばれない
【夸儿女】kuā ér nǚ 子供たちにこんなに大きいのがとれたぞと自慢する
【从鞍】cóng ān 従者の乗っていた馬。それを繋ぐとは、腰をおちつけて釣るため、従者にもそのつもりでくつろがすのである
【榆条系从鞍】 従者の馬を楡の枝に繋がせる
(四首其二)
【一径向池斜】 一筋の道があって、池に向かって堤を斜めに通じている
【池塘】chí táng 池のつつみ
【雨多添柳耳】 雨の日が多くて 柳の樹に茸が生えてくるほどだ
【水长减蒲芽】 水嵩が著しく増していて、蒲(がま)の芽が水中に没して見えなくなっている
【坐】zuò 心なしか、どういうわけか
【刑柄】xíng bǐng 刑獄をつかさどる官。このとき韓愈は刑部侍郎(法務次官)の官職に就いていた。
韓愈は、心の中では、こうした仕事を厭なものだと感じており、それゆえ、暇を盗んでは、
こっそりと侯家の林館にきて、釣り人たちの仲間入りをしているのだ
【钓车】diào chē 釣り竿についた糸巻き。ここでは、そんな釣り道具を持った人の仲間入りをするの意
【吏隐】lì yǐn 表向きは官吏でありながら、実際には隠者のような静かな生活を送ること
【相赊】xiāng shē お互いに隔たりがある
【吏隐讵相赊】 (今の状況は)吏隠といった境遇と、さほど隔たってはいないようだ
【讵】jù 反語を表す副詞。どうして(隔たりが)あろうか
(用例)田園(でんえん)将(まさ)に 蕪(あ)れんとす 胡(なん)ぞ帰らざる(陶淵明・帰去来辞)
(四首其三)
【南塘上】nán táng shang 池の南側の土手の上
【秋晨】qiū chén 秋の明け方
【景气醒】 jǐng qì xǐng (秋の早朝の)景色は清々しく、気分も爽やかになる
【露排四岸草】 夜露が夥しく下って、岸辺の草はみな垂れ下がっている。「排」は、圧迫するの意
【风约半池萍】 風が池の半分を占める浮草を一か所に押しのけてしまっている。「约」は、集約するの意
【鸟下见人寂】 鳥が降りて来ているので、あたりにひと気のないことがわかる
【鱼来闻饵馨】 魚は餌の匂いを嗅ぎつけて集まってくる
【所嗟】suǒ jiē 残念なことには
【无可召】wú kě zhào 誰かをここに招きたいのだが、誰もいない
【不得倒吾瓶】 用意した酒瓶が空になるまで一緒に飲み倒せない
(四首其四)
【秋半百物变】 秋も中頃になると、すべての自然や生き物の様子がすっかり変わってしまう
【溪鱼去不来】 谷川の魚たちも寒さを避けてどこかへ去ってしまう
【芡觜】qiàn zī ミズブキの葉の先端
【风能坼芡觜】 秋の風はミズブキの葉の先端を吹き折り
【梨腮】lí sāi なしのあご。ここは梨の実が色づくことをいう
【露亦染梨腮】 朝露は梨の果実をほんのりと赤く染めていく
【远岫】yuǎn xiù 遠くの山々の峰
【远岫重叠出】 遠くの山々の峰が幾重にも重なり合って見える
【寒花散乱开】 冬の寒さの中で健気に咲く花が、あちこちに散らばるように咲いている
【所期终莫至】 期待していた相手の人は、とうとう来なかった
【日暮与谁回】 日暮れになってしまったが、誰と一緒に帰ればよいのだろうか
左迁至蓝关示侄孙湘 (唐) 韩愈
zuǒ qiān zhì lán guān shì zhí sūn xiāng
| 一封朝奏九重天 | yī fēng cháo zòu jiǔ chóng tiān | |
| 夕贬潮州路八千 | xī biǎn cháo zhōu lù bā qiān | |
| 欲为圣明除弊事 | yù wèi shèng míng chú bì shì | |
| 肯将衰朽惜残年 | kěn jiāng shuāi xiǔ xī cán nián | |
| 云横秦岭家何在 |
yún héng qín lǐng jiā hé zài |
|
| 雪拥蓝关马不前 | xuě yōng lán guān mǎ bù qián | |
| 知汝远来应有意 |
zhī rǔ yuǎn lái yìng yǒu yì |
|
| 好收吾骨瘴江边 | hǎo shōu wú gǔ zhàng jiāng biān |
【注 釈】
左遷(させん)せられて 藍関(らんくわん)に至り 姪孫(をひまご)の湘(しゃう)に示す
一封(いっふう) 朝(あした)に奏す 九重(きうちょう)の天
夕(ゆふべ)に潮州(てうしう)に 貶(へん)せらる 路(みち)八千
聖明(せいめい)の為(ため)に 弊事(へいじ)を除(のぞ)かんと欲す
肯(あへ)て衰朽(すいきう)を将(も)て 残年(ざんねん)を惜(を)しまんや
雲は秦嶺(しんれい)に横たはりて 家(いへ)何(いづ)くにか在(あ)る
雪は藍関(らんくわん)を擁(よう)して 馬(うま)前(すす)まず
知る 汝(なんぢ)が遠(とほ)く来たる 応(まさ)に意(い)有るべし
好(よ)し 吾が骨を収(をさ)めよ 瘴江(しゃうかう)の(ほとり)に
【口語訳】
一朝 天子に諫言(かんげん)を上奏せしに 逆鱗に触れ 夕刻 左遷の沙汰ありて
八千里の遠方なる潮州(てうしう)に 放逐せらるるに至れり
もとよりわが本志は 聖明なる天子の御世のため 後世に誹(そし)りを残す様な
弊事(あやまち)を除き去らんといふにあり
衰朽(すいきう)の此の身を以て 幾ばくもなき余生を 何ぞ惜しむべきにあらずや
たとひ 彼(か)の地で 命尽きても悔いは無し
遥か遠くを眺むれば 秦嶺(しんれい)に雲の横たはり わが家は何処(いづこ)とも知れず
降り積む雪は 藍関(らんくわん)を鎖(と)ざし 馬は ためらひて進まず
さて汝(なんぢ)がはるばる 吾を送り来(き)たれるは 定めて深意のあることなるべし
願はくは 汝(なんぢ)に後事を託したく もし吾が 任地で客死(かくし)することあらば
瘴江(しゃうこう)の辺(ほとり)に わが骨を 懇ろに収めて 埋めくれよ
【左迁】 zuǒ qiān 左遷
【蓝关】 lán guān 藍田関(らんでんかん 陝西省)
【侄孙】 zhí sūn 姪孫(おいまご)自分の兄弟の孫
【九重天】 jiǔ chóng tiān 朝廷
【潮州】 cháo zhōu 広東省潮州(ちょうしゅう)市
【弊事】 bì shì 不祥事、不始末
【秦岭】 qín lǐng 秦嶺(しんれい)山脈(陝西省)
【有意】 yǒu yì 心に何か期するところがある
【知汝远来应有意】 お前がはるばるここへ来たのは、何か心に期するところがあるのだろう
「应」は、推量の助動詞(きっと~だろう)
(用例)応(まさ)に故郷(こきゃう)の事(こと)を知るべし(王維・雑詩二)
【好收】 hǎo shōu 収めるがよかろう
【瘴江】 zhàng jiāng 瘴気が立ち込める韓江(かんこう 広東省)の下流を指す
819年、韓愈52歳の作。当時、朝廷の法務官だった韓愈は、仏舎利を宮中に迎え入れたことに猛反対し
「仏骨を論ずる表」の一文を上奏したため、憲宗の逆鱗に触れ、たちまち左遷の憂目にあった。
朝に上奏文を献じて、その日の夕方に、はるか南方の潮州に向けて旅立つという、慌ただしさであった。
本作は、そのとき第一の関所である藍田関まで見送りに来た二兄の孫、韓湘に向けて詠んだもの。
题楚昭王庙 tí chǔ zhāo wáng miào (唐) 韩愈
| 丘坟满目衣冠尽 城阙连云草树荒 | qiū fén mǎn mù yī guān jìn chéng què lián yún cǎo shù huāng | |
| 犹有国人怀旧德 一间茅屋祭昭王 | yóu yǒu guó rén huái jiù dé yì jiān máo wū jì zhāo wáng |
【注 釈】
楚(そ)の昭王(せうわう)の廟(べう)に題(だい)す
丘墳(きうふん)目に満ちて 衣冠(いくわん)尽(つ)き
城闕(じゃうけつ) 雲に連(つら)なりたるも 草樹(さうじゅ)荒(あ)る
猶(な)ほ国人(こくじん)の 旧徳(きうとく)を懐(おも)ふ有り
一間(いつけん)の茅屋(ばうをく)昭王(せうわう)を祭(まつ)る
【口語訳】
楚の昭王(せうわう)の廟(やしろ)と題して詠う
我(われ)楚(そ)の古跡(こせき)を過(す)ぐ
目に入るは 邱墳(きうふん)と草樹(さうじゅ)の荒れたるのみにして
かつて雲と連(つら)なりたる城郭(じゃうかく)は 既(すで)になく
衣冠(いくわん)を競(きそ)ひし官人(くわんじん)どもの面影もなし
されど此の国の人は 今猶(な)ほ 戸毎(こごと)に 昭王(せうわう)を祭れり
其(そ)の旧徳(きうとく)を懐(おも)ふの情(じゃう)甚(はなは)だ深し
819年、韓愈52歳の作。左遷の憂目に遭い、潮州(広東省)の県令として、赴任先に向かう途中、
湖北省の襄陽を通過した際に、楚の昭王の墓所を見て、その状況に感慨を受け、この詩を詠んだ。
墓所は荒れ果ててしまっていたが、かつての楚の人々のささやかな茅葺きの家々に、昭王の霊が
祭られているのを見て、彼等の心持ちがゆかしく感じられたのである。
【昭王庙】zhāo wáng miào 春秋時代の楚の名君・昭王の墓所(湖北省襄陽市)
【丘坟】qiū fén 墳墓、墓所
【城阙】chéng què 帝王の城郭
【连云】lián yún 雲に届くほど高くそびえ立つ。建物が壮大なことの形容
【犹有国人怀旧德】 国の人々は今でも昭王の恩徳を慕っている
「犹」は、継続を表す副詞(いまだなお、仍然,还是)
(用例)志(こころざし)猶(な)ほ 已(や)まず(陳寿・三国志 諸葛亮伝)
早春呈水部张十八员外 二首其一 (唐) 韩愈
zǎo chūn chéng shuǐ bù zhāng shí bā yuán wài
| 天街小雨润如酥 | tiān jiē xiǎo yǔ rùn rú sū | |
| 草色遥看近却无 | cǎo sè yáo kàn jìn què wú | |
| 最是一年春好处 | zuì shì yì nián chūn hǎo chù | |
| 绝胜烟柳满皇都 | jué shèng yān liǔ mǎn huáng dōu |
【注 釈】
早春(さうしゅん)水部張十八員外(すいぶちょうじうはちいんがい)に呈(てい)す
天街(てんがい)小雨(せうう)潤(うるほ)ひて酥(そ)の如し
草色(さうしょく)遥かに看るも 近づけば却(かへ)って無し
最も是(こ)れ 一年(ひととせ)春(はる)の好(よ)き処
絶(た)えて勝(まさ)る 煙柳(えんりう)皇都(くわうと)に満つるに
【口語訳】
都大路(みやこおほぢ)は 雨に濡れ いとしめやかに 潤(うるほ)ひて さながら 酥(そ)の如し
遠(とほ)く萌(も)え立つ 草色(さうしょく)も 近づきみれば ひとつ一つの 小さき芽(め)
まことにこれぞ 一年(ひととせ)の 春(はる)の初(はじめ)の 絶景(ぜっけい)にして
霞(かすみ)にけぶる 青柳(あをやぎ)の 都に溢(あふ)る晩春(ばんしゅん)の 景に優(まさ)れり
【早春呈水部张十八员外】早春に、水部張十八員外(すいぶちょうじゅうはちいんがい)に呈す。
別名「長籍に寄せる詩」水部張十八員外とは、朝廷の職名で、ここでは韓愈の弟子の長籍を指す。
【天街】 tiān jiē 都(長安)の大通り
【如酥】 rú sū 酥(乳製品)のようである
【近却无】 jìn què wú 近づくとかえって見えなくなる
【绝胜】 jué shèng はるかにまさる
遠目には一面に青く見える若草が、近づいてみると、実は枯れ草の間に
点々と芽を出しただけのものだった。
だが大地に芽生えた瑞々しい小さな芽が、懸命に伸びようとする様子は、
無限の生命力を感じさせてくれる。
作者は、この時期こそが、春の盛りそのもの以上に素晴らしいと感じた。
季節の変化のきざしを繊細に捉えて詠った詩である。
盆池 pén chí (唐) 韩愈
| 老翁真个似童儿 汲水埋盆作小池 | lǎo wēng zhēn gè sì tóng ér jí shuǐ mái pén zuò xiǎo chí | |
| 一夜青蛙鸣到晓 恰如方口钓鱼时 | yí yè qīng wā míng dào xiǎo qià rú fāng kǒu diào yú shí | |
| 池光天影共青青 拍岸才添水数瓶 | chí guāng tiān yǐng gòng qīng qīng pāi àn cái tiān shuǐ shù píng | |
| 且待夜深明月去 试看涵泳几多星 | qiě dài yè shēn míng yuè qù shì kàn hán yǒng jǐ duō xīng |
【注 釈】
鉢(はち)の池
老翁(らうをう)まことに童児(わらべ)に似たり
水を汲み 盆(ぼん)を埋(うづ)めて 小池を作る
一夜 青蛙(せいあ)鳴いて 暁(あかつき)に至る
恰(あたか)も方口(はうこう)に 魚を釣る時のごとし
池光(ちくわう)天影(てんえい) 共に青青(せいせい)
岸を拍(う)つは 才(わずか)に添う 水 数瓶(すうへい)
且(しばら)く 夜深く 明月(めいげつ)の去るを待ち
試みに看(み)ん 幾多の星の 涵泳(かんえい)するを
【口語訳】 「訳詩: 横山悠太(唐詩和訓)」
おきなのわれは わらべのごとく たらいをうめて こいけをつくる
かえるがそこで よどおしなけば まるでいつかの よづりのようだ
いけはみそらの あおさをうつし みずをそそげば なみもうまれる
よがふけつきの かくれるころに いけにきらめく ほしをのぞこう
【盆池】 pén chí 鉢の池
【方口】 fāng kǒu 方口(ほうこう)。川の名。河南省済源(さいげん)
【涵泳】 kàn hán 水に浸して泳がせる
盆を埋めて池を作って遊ぶ韓愈の姿は、童心に返った好々爺のようである。
何とも微笑ましい詩だが、韓愈のことだから、きっと深い意味があるのだろう。
韓愈 hán yù (かんゆ) (768~824年)
中唐の詩人、文学者。字は退之(たいし)河南南陽の人。唐宋八大家の一人。
詩風は豪放・険峻な作を多く残し、唐を代表する大詩人として、李白、杜甫、白居易と共に「李杜韓白」(りとかんぱく)と並び称された。
また儒教、特に孟子を尊び、柳宗元とともに儒教精神を表現すべく古文の復活運動を展開した。
著作に詩集「昌黎先生(しょうれいせんせい)集」(四十巻)
(顧況)
听角思归 tīng jiǎo sī guī (唐) 顾况
| 故园黄叶满青苔 | gù yuán huáng yè mǎn qīng tái | |
| 梦破城头晓角哀 | mèng pò chéng tóu xiǎo jiǎo āi | |
| 此夜断肠人不见 | cǐ yè duàn cháng rén bú jiàn | |
| 起行残月影徘徊 | qǐ xíng cán yuè yǐng pái huái |
【注 釈】
角(つのぶえ)を聴いて帰らんことを思う
故園(こゑん)の黃葉(くわうえふ)青苔(せいたい)に満(み)つ
夢後(むご)城頭(じゃうとう)暁角(げうかく)哀(かな)しむ
此の夜(よ) 断腸(だんちゃう) 人 見えず
起(た)ちて行(ゆ)けば 残(ざんげつ)影(かげ)徘徊(はいくわい)
【口語訳】
ふる里の 木(こ)の葉は 秋の黄葉(もみぢ)して 緑の苔(こけ)に散(ち)りしくと
見しは儚(はか)なき夢にして 覚(さ)むれば 城の明(あ)け近く
響(ひび)く角笛(つの)の音(ね)ものがなし
切(せつ)なき胸をなぐさむる 友しなければ 起き出(い)でて
戸外(そとも)に立てば 有明(ありあけ)の 月かげ淡(あは)く 西に見ゆ
【听角思归】 tīng jiǎo sī guī 軍中で吹く角笛の音を聞き、望郷の念を覚える。
789年、顧況62歳の作。左遷されたため官職を辞し、茅山(江蘇省)に隠棲したときの作品。
このとき故郷の家族のことを夢に見て、望郷の思いをつのらせて詠んだもの。
【故园】 gù yuán 故郷の庭園
【晓角】 xiǎo jiǎo 暁の時を告げる角笛
【起行】 qǐ xíng 寝床から起き上がって行けば
顧況 gù kuàng (こきょう)(727~815年)
中唐の詩人。字は逋翁(ほおう)蘇州 (江蘇省) の人。
757年、進士に及第、著作郎(歴史官)に任ぜられたが、その詩が時の権力者をそしったとして左遷された。
その後、茅山(ぼうざん 江蘇省)に隠棲し、最後は行方をくらまし、仙人になったのだろうと言われた。
その詩は、格式ばらない平易な詩風で、民間歌謡的色彩をもつとされる。また山水画にも巧みであった。
著作に詩文集「顧華陽(こかよう)集」(三巻)
(荊軻)
渡易水歌 dù yì shuǐ gē (燕) 荆轲
| 风萧萧兮易水寒 | fēng xiāo xiāo xī yì shuǐ hán | |
| 壮士一去兮不复还 | zhuàng shì yī qù xī bú fù huán |
【注 釈】
易水(えきすい)を渡る歌
風 蕭蕭(せうせう)として 易水(えきすゐ)寒し
壮士(さうし) 一たび去りて 復(ま)た還(かへ)らず
【易水】 yì shuǐ 燕(河北省)の国境を流れる河
【壮士】 zhuàng shì 屈強かつ勇敢な人物
BC227年、燕の太子・丹(たん)は、壮士・荊軻(けいか)に、
秦の始皇帝の暗殺を頼み、易水(えきすい)で送別の宴をはった。
本作は、出発を前にした荊軻が易水のほとりで詠ったもの。
成功しても、失敗しても生きて還ることはない旅立ちだった。
短く簡潔な言葉のうちに悲壮な決意を込めた辞世の歌である。
荊軻 jīng kē (けいか)(~BC227年)
戦国時代末期の刺客。衛(えい 河南省)の人。沈着冷静で文武にすぐれていた。
諸国遊歴の末に燕の太子・丹(たん)に仕えた。のち丹の命を受けて秦に赴き、
秦の始皇帝を策略を用いて暗殺しようとしたが、失敗し、非業の死を遂げた。
(项籍)
垓下歌 gāi xià gē (楚) 项籍
| 力拔山兮气盖世 | lì bá shān xī qì gài shì | |
| 时不利兮骓不逝 | shí bú lì xī zhuī bù shì | |
| 骓不逝兮可奈何 | zhuī bù shì xī kě nài hé | |
| 虞兮虞兮奈若何 | yú xī yú xī nài ruò hé |
【注 釈】
垓下(がいか)の歌
力は山を抜き 気は世を蓋(おほ)ふ
時に利あらず 騅(すゐ)逝(ゆ)かず
騅(すゐ)の逝(ゆ)かざる 奈何(いかん)とす可(べ)き
虞(ぐ)や虞(ぐ) 若(なんぢ)を奈何(いかん)せん
【口語訳】
わがちから 山を抜き わが気あひ 世を蓋(おほ)ふ
しかして時は 利(みかた)せず
騅(すゐ)逝(ゆ)かず 騅(すゐ)の逝(ゆ)かざる いかにすべきや
虞(ぐ)や虞(ぐ) なんぢを いかにせむ
【垓下歌】 gāi xià gē 垓下(がいか)の歌。垓下は地名。安徽省霊璧(れいへき)県
垓下は、項籍が劉邦の軍に包囲された地。本作は、四面楚歌の窮地に追い込まれ、命運もここまでと
悟った項籍が、愛姫・虞美人(ぐびじん)に贈った詩である。
【骓】 zhuī 騅(すい)項籍の愛馬の名。名馬とされる
【虞】 yú 虞美人(ぐびじん)項籍の愛姫の名
【奈若何】 nài ruò hé お前をどうしたらよいか。「奈何」は、疑問代詞(~をどうしたらよいか,怎么办)
(用例)老いを奈何(いかん)せん(劉徹・秋風辞)
(用例)奈何(いかん)とも す可(べ)き無く 花は 落(ち)り去(ゆ)く(晏殊・浣溪沙)
項籍 xiàng jí (こうせき) (BC232~BC202)
楚の覇王。字は羽(う)江蘇宿遷(しゅくせん)の人。
BC206年、漢の劉邦(りゅうほう)とともに秦を滅ぼして楚王となった。
のち劉邦と天下の覇を争い、BC202年、垓下(がいか)で敗れ去る。
(王勃)
滕王阁序 téng wáng gé xù (唐) 王勃 wáng bó
| 【1】 | ||
| 豫章故郡,洪都新府 | yù zhāng gù jùn,hóng dū xīn fǔ | |
| 星分翼轸,地接衡庐 | xīng fēn yì zhěn,dì jiē héng lú | |
| 襟三江而带五湖,控蛮荆而引瓯越 | jīn sān jiāng ér dài wǔ hú,kòng mán jīng ér yǐn ōu yuè | |
| 物华天宝,龙光射牛斗之墟; | wù huá tiān bǎo,lóng guāng shè niú dòu zhī xū; | |
| 人杰地灵,徐孺下陈蕃之榻 | rén jié dì líng,xú rú xià chén fán zhī tà | |
| 雄州雾列,俊彩星驰 | xióng zhōu wù liè,jùn cǎi xīng chí | |
| 台隍枕夷夏之交,宾主尽东南之美 | tái huáng zhěn yí xià zhī jiāo,bīn zhǔ jìn dōng nán zhī měi | |
| 【2】 | ||
| 都督阎公之雅望,棨戟遥临; | dū dū yán gōng zhī yǎ wàng,qǐ jǐ yáo lín; | |
| 宇文新州之懿范,襜帷暂驻 | yǔ wén xīn zhōu zhī yì fàn,chān wéi zàn zhù | |
| 十旬休暇,胜友如云 | shí xún xiū xiá,shèng yǒu rú yún | |
| 千里逢迎,高朋满座 | qiān lǐ féng yíng,gāo péng mǎn zuò | |
| 腾蛟起凤,孟学士之词宗; | téng jiāo qǐ fèng,mèng xué shì zhī cí zōng; | |
| 紫电青霜,王将军之武库 | zǐ diàn qīng shuāng,wáng jiāng jūn zhī wǔ kù | |
| 家君作宰,路出名区 | jiā jūn zuò zǎi,lù chū míng qū | |
| 童子何知,躬逢胜饯 | tóng zǐ hé zhī,gōng féng shèng jiàn | |
| 【3】 | ||
| 时维九月,序属三秋 | shí wéi jiǔ yuè,xù shǔ sān qiū | |
| 潦水尽而寒潭清,烟光凝而暮山紫 | lào shuǐ jìn ér hán tán qīng,yān guāng níng ér mù shān zǐ | |
| 俨骖騑于上路,访风景于崇阿 | yǎn cān fēi yú shàng lù,fǎng fēng jǐng yú chóng ē | |
| 临帝子之长洲,得天人之旧馆 | lín dì zǐ zhī cháng zhōu,dé tiān rén zhī jiù guǎn | |
| 层峦耸翠,上出重霄; | céng luán sǒng cuì,shàng chū chóng xiāo; | |
| 飞阁流丹,下临无地 | fēi gé liú dān,xià lín wú dì | |
| 鹤汀凫渚,穷岛屿之萦回; | hè tīng fú zhǔ,qióng dǎo yǔ zhī yíng huí; | |
| 桂殿兰宫,即冈峦之体势 | guì diàn lán gōng,jí gāng luán zhī tǐ shì | |
| 披绣闼,俯雕甍 | pī xiù tà,fǔ diāo méng | |
| 山原旷其盈视,川泽纡其骇瞩 | shān yuán kuàng qí yíng shì,chuān zé yū qí hài zhǔ | |
| 闾阎扑地,钟鸣鼎食之家; | lǘ yán pū dì,zhōng míng dǐng shí zhī jiā; | |
| 舸舰迷津,青雀黄龙之舳 | gě jiàn mí jīn,qīng què huáng lóng zhī zhú | |
| 云销雨霁,彩彻区明 | yún xiāo yǔ jì,cǎi chè qū míng | |
| 落霞与孤鹜齐飞,秋水共长天一色 | luò xiá yǔ gū wù qí fēi,qiū shuǐ gòng cháng tiān yī sè | |
| 渔舟唱晚,响穷彭蠡之滨; | yú zhōu chàng wǎn,xiǎng qióng péng lí zhī bīn; | |
| 雁阵惊寒,声断衡阳之浦 | yàn zhèn jīng hán,shēng duàn héng yáng zhī pǔ | |
| 【4】 | ||
| 遥襟甫畅,逸兴遄飞 | yáo jīn fǔ chàng,yì xìng chuán fēi | |
| 爽籁发而清风生,纤歌凝而白云遏 | shuǎng lài fā ér qīng fēng shēng,xiān gē níng ér bái yún è | |
| 睢园绿竹,气凌彭泽之樽; | suī yuán lǜ zhú,qì líng péng zé zhī zūn; | |
| 邺水朱华,光照临川之笔 | yè shuǐ zhū huá,guāng zhào lín chuān zhī bǐ | |
| 四美具,二难并 | sì měi jù,èr nán bìng | |
| 穷睇眄于中天,极娱游于暇日 | qióng dì miǎn yú zhōng tiān,jí yú yóu yú xiá rì | |
| 天高地迥,觉宇宙之无穷; | tiān gāo dì jiǒng,jué yǔ zhòu zhī wú qióng; | |
| 兴尽悲来,识盈虚之有数 | xìng jìn bēi lái,shí yíng xū zhī yǒu shù | |
| 望长安于日下,目吴会于云间 | wàng cháng ān yú rì xià,mù wú kuài yú yún jiān | |
| 地势极而南溟深,天柱高而北辰远 | dì shì jí ér nán míng shēn,tiān zhù gāo ér běi chén yuǎn | |
| 关山难越,谁悲失路之人; | guān shān nán yuè,shéi bēi shī lù zhī rén; | |
| 萍水相逢,尽是他乡之客 | píng shuǐ xiāng féng,jìn shì tā xiāng zhī kè | |
| 怀帝阍而不见,奉宣室以何年? | huái dì hūn ér bú jiàn,fèng xuān shì yǐ hé nián | |
| 【5】 | ||
| 嗟乎! 时运不济,命途多舛 | jiè hū! shí yùn bú jì,mìng tú duō chuǎn | |
| 冯唐易老,李广难封 | féng táng yì lǎo,lǐ guǎng nán fēng | |
| 屈贾谊于长沙,非无圣主; | qū jiǎ yì yú cháng shā,fēi wú shèng zhǔ; | |
| 窜梁鸿于海曲,岂乏明时? | cuàn liáng hóng yú hǎi qǔ,qǐ fá míng shí | |
| 所赖君子见机,达人知命 | suǒ lài jūn zǐ jiàn jī,dá rén zhī mìng | |
| 老当益壮,宁移白首之心; | lǎo dāng yì zhuàng,níng yí bái shǒu zhī xīn; | |
| 穷且益坚,不坠青云之志 | qióng qiě yì jiān,bù zhuì qīng yún zhī zhì | |
| 酌贪泉而觉爽,处涸辙以犹欢 | zhuó tān quán ér jué shuǎng,chǔ hé zhé yǐ yóu huān | |
| 北海虽赊,扶摇可接; | běi hǎi suī shē,fú yáo kě jiē; | |
| 东隅已逝,桑榆非晩 | dōng yú yǐ shì,sāng yú fēi wǎn | |
| 孟尝高洁,空馀报国之情; | mèng cháng gāo jié,kòng yú bào guó zhī qíng; | |
| 阮籍猖狂,岂效穷途之哭? | ruǎn jí chāng kuáng,qǐ xiào qióng tú zhī kū | |
| 【6】 | ||
| 勃,三尺微命,一介书生, | bó,sān chǐ wēi mìng,yí jiè shū shēng, | |
| 无路请缨,等终军之弱冠; | wú lù qǐng yīng,děng zhōng jūn zhī ruò guàn; | |
| 有怀投笔,慕宗悫之长风 | yǒu huái tóu bǐ,mù zōng què zhī cháng fēng | |
| 舍簪笏于百龄,奉晨昏于万里 | shě zān hù yú bǎi líng,fèng chén hūn yú wàn lǐ | |
| 非谢家之宝树,接孟氏之芳邻 | fēi xiè jiā zhī bǎo shù,jiē mèng shì zhī fāng lín | |
| 他日趋庭,叨陪鲤对; | tā rì qū tíng,tāo péi lǐ duì; | |
| 今茲捧袂,喜托龙门 | jīn zī pěng mèi,xǐ tuō lóng mén | |
| 杨意不逢,抚凌云而自惜; | yáng yì bù féng,fǔ líng yún ér zì xī; | |
| 锺期既遇,奏流水以何惭? | zhōng qī jì yù,zòu liú shuǐ yǐ hé cán | |
| 呜呼! 胜地不常,盛筵难再 | wū hū! shèng dì bù cháng,shèng yán nán zài | |
| 兰亭已矣,梓泽丘墟 | lán tíng yǐ yǐ,zǐ zé qiū xū | |
| 临别赠言,幸承恩于伟饯; | lín bié zèng yán,xìng chéng ēn yú wěi jiàn; | |
| 登高作赋,是所望于群公 | dēng gāo zuò fù,shì suǒ wàng yú qún gōng | |
| 敢竭鄙怀,恭疏短引 | gǎn jié bǐ huái,gōng shū duǎn yǐn | |
| 一言均赋,四韵俱成 | yī yán jūn fù,sì yùn jù chéng | |
| 请洒潘江,各倾陆海云尔 | qǐng sǎ pān jiāng,gè qīng lù hǎi yún ěr | |
| 【7】 | ||
| 滕王高阁临江渚 | téng wáng gāo gé lín jiāng zhǔ | |
| 佩玉鸣鸾罢歌舞 | pèi yù míng luán bà gē wǔ | |
| 画栋朝飞南浦云 | huà dòng zhāo fēi nán pǔ yún | |
| 珠帘暮卷西山雨 | zhū lián mù juǎn xī shān yǔ | |
| 闲云潭影日悠悠 | xián yún tán yǐng rì yōu yōu | |
| 物换星移几度秋 | wù huàn xīng yí jǐ dù qiū | |
| 阁中帝子今何在 | gé zhōng dì zǐ jīn hé zài | |
| 槛外长江空自流 | jiàn wài cháng jiāng kōng zì liú |
【注 釈】
滕王閣序(とうわうかくのじょ)
【1】
豫章(よしゃう)は故郡(こぐん) 洪都(こうと)は新府(しんふ)なり
星(ほし)翼軫(よくしん)に分かれ 地(ち) 衡廬(かうろ)に接す
三江(さんかう)を襟(え)り 而(か)つ五湖を帯び 蛮荊(ばんけい)を控へ 而(か)つ甌越(おうえつ)を引く
物(もの)華天宝(くわてんほう)にして 龍光(りゅうくわう)牛斗(ぎうと)の墟(あと)を射す
人傑地霊(じんけつちりゃう)たる徐孺(じょち) 陳蕃(ちんばん)の榻(しぢ)に下(くだ)る
雄州(ゆうしう)霧列(むれつ) 俊采(しゅんさい) 星(ほし)と馳(は)す
台隍(たいくわう)夷夏(いか)の交(まじ)はりを枕(のぞ)み
賓主(ひんしゅ)東南(とうなん)の美(び)を尽(つ)くす
【2】
都督閻公(ととくえんこう)之(こ)れ 雅望(がばう)ありて 棨戟(けいげき)遙(はる)かに臨む
宇文(うぶん)新州(しんしう)之(こ)れ 懿范(いはん)にして 襜帷(せんい)暫(しばら)く駐(とど)む
十旬(じうじゅん)の休假(きうか) 勝友(しょういう)雲(くも)の如し
千里(せんり)逢迎(ほうげい)して 高朋(かうほう)座に満つ
騰蛟(とうかう)起鳳(きほう) 孟学士(まうがくし)之(こ)れ 詞宗(しそう)なり
紫電(しでん)青霜(せいさう) 王将軍(わうしゃうぐん)の 武庫(ぶこ)にあり
家君(かくん)宰(つかさ)を作(な)し 路(みち)ゆきて 名区(めいく)に出づ
童子(どうじ)何(なん)ぞ知らん その躬(み)勝餞(しょうせん)に逢(あ)ふ
【3】
時(とき)維(まさ)に九月 序(しょ)三秋(さんしう)に属(しょく)す
潦水(らうすい)尽(つ)きて 寒潭(かんたん)清く 煙光(えんくわう)凝(ふか)く 暮山(ぼざん)紫(むらさき)なり
上路(やまみち)を驂騑(そえうま)に儼(の)り 崇阿(さんあ)にて 風景(ふうけい)を訪(み)る
帝子(ていし)の長洲(ちゃうす)を臨(のぞ)み 天人(てんにん)の旧館(きうくわん)を得(う)る
層(つら)なる巒聳(さんや)翠(みどり)にして 重霄(ちゃうせう)の上に出(い)づ
飛閣(ひかく)流丹(りうたん) 下(した)を臨(のぞ)むに 地(ち)無(な)し
鶴汀(かくてい)鳧渚(ふしょ) 島嶼(たうしょ)之(これ)を縈回(めぐら)して窮(きわ)まり
桂殿(けいでん)蘭宮(らんぐう) 即(すなは)ち岡巒(かうらん)の体勢(ていせい)なり
繍闥(しうたつ)を披(ひら)き 雕甍(てうばう)を俯(ふ)すに
山原(さんげん)の広(ひろ)きこと 其(まさ)に盈視(ばんもく)にして
川澤(せんたく)の盱(う)ねること 其(まさ)に駭矚(がいしょく)たり
閭閻(ろえん)は地(ち)に撲(み)ち、鍾鳴(しょうめい)鼎食(ていしょく)の家(いへ)あり
舸艦(かかん)は津(つ)に迷(み)ち 青雀(せいじゃく)黄龍(くわうりゅう)の舳(へさき)あり
雲(くも)銷(と)け 雨(あめ)霽(は)れて 彩(ひ)徹(あまね)く 区(そら)明(あきら)かなり
落霞(らくか)孤鶩(こぼく)斉(ひと)しく飛び 秋水(しうすい)長天(ちゃうてん)共(とも)に一色(いっしき)
漁舟(りょうしう)晩(くれ)に唱(しょう)し 彭蠡(はやう)の浜(はま) 響(ひび)き窮(きわ)まれり
雁陣(がんぢん)寒(かん)に驚(おどろ)き 声(こえ)断(とど)む 衡陽(かうやう)の浦(うら)
【4】
遙(はる)か 襟(きん)を 甫暢(ほちゃう)して 興逸(きょういつ)遄飛(たからか)なり
爽籟(さうらい)発して 清風(せいふう)生じ 纖歌(せんか)凝(み)ちて 白雲(はくうん)遏(とど)む
睢園(すいえん)緑竹(りょくちく) 氣(き) 彭澤(はうたく)の樽(たる)を凌(しの)ぎ
邺水(ぎょうすい)朱華(しゅくわ) 臨川(りんせん)の筆(ふで)に 光照(はくちゅう)す
四美(しび)具(そな)はりて 二難(になん)并(なら)べり
中天(ちうてん)睇眄(ていべん)を窮(きは)め 暇日(かじつ)娯遊(ごいう)を極(きは)む
天(てん)高く 地(ち)迥(はる)かに 宇宙(あめつち)の 無窮(むきゅう)なるを覚(おぼ)ゆ
興(きょう)尽(つ)き 悲(うれ)ひ 来(きた)りて 盈虚(ばんしゃう)有数(いうすう)なるを識(し)る
長安(ちゃうあん)日下(くさか)に望(のぞ)み 吳会(ごくわい)雲間(くもま)に目(もく)す
地勢(ちせい)極(きは)まりて 南溟(なんめい)深く 天柱(てんちゅう)高くして 北辰(ほくしん)遠(とほ)し
関山(くわんざん)越へ難く 路(みち)失(うしな)ふ人の 誰(たれ)ぞ 悲しまむ
萍水(へいすい)相逢(あひあ)ふは 尽(ことごと)く 是(こ)れ 他郷(たきゃう)の客(かく)なり
帝阍(みかどもり) 懷(なつ)かしむも見えず 宣室(せんしつ)に奉(ほう)ずるは 以(もつ)て何年(いつとし)ぞ
【5】
嗟乎(ああ)時運(じうん)斉(ひと)しからず 命途(みちゆき)多舛(たなん)なり
馮唐(ふうたう)老(お)い易く 李広(りくわう)封(ふう)じ難(かた)し
賈誼(かぎ)長沙(ちゃうさ)に屈(くつ)するは 聖主(せいしゅ)の無(な)きに非(あら)ず
梁鴻(りゃうこう)海曲(うみべ)に竄(かく)るは 豈(あ)に 明時(じせい)の乏(とぼ)しからんや
君子(くんし)の頼(よ)る所(ところ) 機(き)を見(み) 達人(みちびと)の頼る所 命(めい)を知るにあり
老いて當(まさ)に 益壯(いさう)なり 寧(なん)ぞ 白首(はくしゅ)の心(こころ)移(うつ)さんや
窮(きゅう)して且(まさ)に 益堅(いけん)なり 青雲(せいうん)の志(こころざし)墜(おと)さざらん
貪泉(たんせん)を酌(く)みて而(な)ほ 爽(さう)を覚(おぼ)え
轍(わだち)の涸(か)れる処(ところ)を以(もつ)て 猶(な)ほ 歓(くわん)となすがごとし
北海(ほくかい)は 賒(とほ)しと雖(いへど)も 搖(かぜ)に扶(の)りて 接(たつ)すべし
東隅(さうねん)已(すで)に逝(ゆ)けども 桑榆(らうねん)晩(おそ)きに非(あら)ず
孟嘗(まうしゃう)高潔(こうけつ)なれども 空(むな)しく餘(のこ)す 報国(ほうこく)の情(じゃう)
阮籍(げんせき)猖狂(しゃうきゃう)にして 豈(あ)に窮途(きゅうと)の哭(こく)を效(なら)はんや
【6】
勃(ぼつ)三尺(さんじゃく)微命(びめい) 一介(いっかい)の書生(しょせい)なり
請纓(せいやう)の路(みち)無(な)く 終軍(しゅうぐん)弱冠(じゃくくわん)に等(ひと)し
投筆(とうひつ)の懷(おも)ひ有りて 宗愨(そうかく)の長風(ちゃうふう)を慕(した)ふ
簪笏(さんさく)百齡(ひゃくれい)に捨(す)て 晨昏(しんこん)萬里(ばんり)に奉(たてまつ)る
謝家(しゃか)の宝樹(ほうじゅ)に非(あら)ずも 孟氏(まうし)の芳鄰(はうりん)に接(せつ)す
他日(たじつ)庭(には)に趨(おもむ)き 鯉對(りたい)叨陪(たうはい)す
今茲(いまここ)に 捧袂(ほうへい)し 喜(よろこ)びを 龍門(りゅうもん)に托(たく)す
楊意(やうい)逢(あ)はざれば 凌雲(りょううん)を撫(な)でて 自(みずか)ら惜しむ
鐘期(しょうき)既(すで)に遇(あ)ひ 流水(りうすい)奏(そう)し 以(もつ)て何(なに)を慚(は)ぢん
嗚乎(おお) 勝地(めいしょう)常(つね)ならず 盛筵(せいえん)再び なり難(かた)し
蘭亭(らんてい)已(すで)になく 梓澤(したく)の丘(おか)は墟(はて)たり
別れに臨(のぞ)んで 言(げん)を贈(おく)り 偉餞(はなむけ)を承恩(しょうおん)するを幸(さち)とす
登高(とうかう)して賦(ふ)を作(つく)るは 是(こ)れ 群公(ぐんこう)の望(のぞ)む所(ところ)なり
敢(あ)へて鄙懷(ひくわい)を竭(つ)くし 恭(かしこ)みて 短引(たんいん)を疏(そう)す
一言(いちげん)均(ひと)しく賦(ふ)し 四韻(しいん)俱(とも)に成(な)したり
請(ねがは)くは 各(おのおの)潘江(はんかう)陸海(りくかい)の云尔(ごと)き 灑(れいひつ)を 傾(ふる)はれんことを
【7】
滕王(とうわう)高閣(かうかく) 江渚(かうしょ)に臨(のぞ)み
珮玉(はいぎょく)鳴鸞(めいらん) 歌舞(かぶ)罷(や)みたり
画棟(ぐわとう) 朝(あした)に飛(と)ぶ 南浦(なんほ)の雲(くも)
朱簾(しゅれん) 暮(くれ)に捲(ま)く 西山(せいざん)の雨(あめ)
閑雲(かんうん)潭影(たんえい) 日(ひ)に悠悠(いういう)
物(もの)換(かは)り 星(ほし)移(うつ)りて 幾度(いくたび)の秋(あき)ぞ
閣中(かくちゅう)帝子(ていし) 今(いま)何(いづ)くにか在(あ)る
檻外(かんぐわい)長江(ちゃうかう) 空(むな)しく自(おの)づから流(なが)る
【口語訳】
【1】
南昌は漢代の豫章(よしゅう)郡のあった地であり、今は洪州(こうしゅう)の都督府である。
方角は翼軫(よくしん 南)に属し、その地は衡山(こうざん)と廬山(ろざん)の間に位置する。
近くを三江が流れ、周囲に五湖をめぐらし、楚の地をおさえ、古越を結ぶ要衝である。
物産の豊かさは天の精華であり、かつてこの地で産した宝剣の光芒は牛、斗二星の間にまで走らせたと伝わる。
この土地にひとりの英傑がいて、名を徐孺(じょち)と言う。彼は、豫章太守の陳蕃(ちんばん)から賓客として遇されている。
雄大な洪州は、家々が雲霧のように立ち並び、すぐれた人材が星くずの如く傑出する名勝の地である。
城壁は、異民族が住む地域にまたがっており、今日の宴席は、それらにふさわしく、主と賓客も各地の俊英をよりすぐったものである。
【2】
都督の閻公(えんこう)は、名声の士であり、このたび儀仗の行列を従えて、遠路はるばるこの滕王閣へ臨席された。
また新州の長官、宇文(うぶん)は、その見識徳望の高さを以て知られ、彼もまた、しばらく洪州に留まることになった。
千里の賓客をもてなす宴席には、それぞれ十日ほどの休暇をとられた一流人士が座をうめつくしている。
文壇の指導者である孟(もう)学士は、その麗筆を振るうや、雲を得て空に昇る龍、また風を得て舞い上がる鳳のようだとされている。
また王将軍の武器庫には、紫電や青霜のような鋭利な宝剣が収められているといわれる。
なお、この私は、県令をしていた父のもとへ帰省する途中で、当地を通りかかったところ、
年少の身ながら、思いもかけず、この盛大な宴席に参列することができたのだ。
【3】
時は九月、まさに秋晴れの日和であった。
道辺のたまり水は消え、河水は澄み、空は淡い雲煙を湛え、夕闇の山は紫色を呈していた。
山道で馬車に乗り、険しい山中であたりの風景をながめると、眼下に天子(滕王)の広大な砂州が広がり、
神仙が住むといわれるかつての御殿(滕王閣)が見えた。
ここは山が重なり合い、青々とした峰が空を浮き立たせている。紅漆の楼閣は、天にそそり立つようであり、直下を臨んでも地上は見えない。
丹鶴や鴨の止まる小洲など、島々はさまざまな曲線をきわめており、桂や木蘭を用いた宮殿は、起伏する山々と調和している。
彫刻で彩られた門を開けると、色とりどりの屋根は高く傾斜しており、そこから山や平野が眼下に見え、
湖川などは驚くほど曲がりくねり広々としている。
いたるところに人家が軒を並べ、鐘を鳴らして鼎で食事する裕福な家が多い。
舟は渡し場を埋め尽くし、それらは青雀や黄竜の模様が彫られた大きな舟ばかりだった。
ちょうど雨が晴れ、雲は消え、陽ざしは暖かく、霞が孤雁とともに空を翔けり、秋の澄み切った河水は青く遥かな天空に連なっている。
夕方の漁舟から聞こえてきた歌声が、翻陽湖(はようこ)の浜に響き渡り、雁の群れの悲しげな鳴き声が、衡陽の浦まで響いている。
【4】
遠くに目をやれば、その快さに、たちまち心は高ぶるようである。
すると、すずやかな風とともに楽の音が起こり、快い旋律があたりをさまようと、白雲は去りもやらず、中空にとどまる。
緑したたるこの庭園は、竹林の集まりにも似て、集う俊英の酒量は、彭沢(ほうたく)県令である陶淵明のそれを凌ぎ、
また赤い芙蓉を愛でる詩人たちの文才は、臨川内史の謝霊運の筆に勝るとも劣らない。
さて本日の宴席には、四つのすばらしいもの(音楽と食事、文章と言葉)がそろっていて、二つの得難いもの(景色、歓楽)を合わせて、
客人たちは、ほしいままに空を眺め、ひとときの休日を楽しんでいる。
天は高く、大地は広く、私は、宇宙の無窮を悟ることができたような気がした。
そして興趣は尽き、哀愁の情が湧き起こり、物事の盛衰には天の定めがあることを知った。
高殿より、西は長安を望み見て、東は呉会に目を向ける。
陸地の果てるところに、深い南方の海があり、北の方、天を支える柱高く建つあたりに、北斗星が光を放っている。
国境の山は、越えるに難しく、私のような志を得ざる旅人の哀しみを誰が知ってくれようか。
水の流れに身を任す浮草のような境遇では、たまにめぐり会う人とて、全て異郷の客ばかり。
王城を恋い慕うも、召されることはなく、王に仕えるのは、一体いつになるのであろうか。
【5】
ああ、めぐりあわせはままならず、人の運命は、何かとうまくいかないことが多い。
馮唐(ふうとう)は老いやすく、李広(りこう)はなかなか侯を封じられず。
賈誼(かぎ)が長沙に左遷させられたのは、高徳の君主がいなかったからではなく、
梁鴻(りょうこう)が僻地で逃亡生活を続けたのは、決して時代が良くなかったからではない。
君子は機を見て計らい、有徳の士は天命を知るとの道理を、心得ていたからにすぎない。
それ故、彼らは老いても、ますます精気にあふれ、境遇は苦しくとも、節操は強く、青雲の志を捨ててはいない。
貪泉の水を飲んでも、彼らの心は依然としてさわやかで清廉である。
それは轍の水たまりで泳ぐ鮒のように、依然として歓びの心を忘れなかったからであろう。
思うに、遥か北海は遠くても、旋風に乗ずれば速やかに行きつくことができるであろうし、
青年時代は、無為の内に過ぎ去ったが、晩年はせめて実りのあるものであって欲しいものだ。
孟嘗君は、心が高潔でありながら、重用せられず、空しく国に報じる情熱のみを抱いていた。
また阮籍は、人となりが放縦不羈であり、どうして彼のあのような奔放な生き方に学ぶことができようか。
【6】
私は身分が低く、ただの書生である。
あの終軍と同じ二十歳になったが、彼のように弱冠で大功を挙げるような才はない。
私は宗愨(そうこく)の「長風に乗って万里の浪を破る」という英雄気概をうらやましく思ったし、文筆を捨て、軍事に従おうかとも思ってみる。
今私は官途の功名を棄てて、遠く万里を越えて朝夕父母に孝養を尽くすのがよいと考えている。
私などは、とてもあの宝樹にたとえることはできないが、それでもこれまで賢者と付き合える幸運に恵まれてきたといえる。
私は間もなく父に会い、その教えを聞くことになる。
そして今日は幸運にも、この一つの登竜門と言うべき宴席に身を寄せられた喜びを噛みしめている。
そして楊得意のような人物(参席の方々)にめぐりあわなければ、自分の文章を讃えられることなく、嘆きつつ世に埋もれていたであろう。
また鐘子期(しょうしき)のように、またとない知己を得れば、才能を十分発揮できて、悔いを残すことはないであろう。
ああ 名勝の地は不変ではなく、盛大な宴は再度を期し難い。
かの蘭亭(らんてい)の集いはすでに過去のものとなり、梓沢(したく)の庭園もすでに廃墟と化した。
このたび送別の宴、並びに激励の言葉を賜わったこと、誠に望外の幸い。
また高所より賦を作ることは、参列された諸賢の誰もが願って止まないところ。
私は僭越ながら、この序文を書かせていただいたが、最後に、諸賢から賜った韻字に賦をのせ、四韻八句の詩を書き上げた。
これを機縁に、各位におかれては、潘岳(はんがく)、陸機(りくき)の如き才筆を振るわれんことを。
【7】
滕王(とうわう)の建てたる高殿は 江水(かうすい)の渚に臨みてあれど 滕王既に逝(ゆ)きて 世に在らず
貴人の帯(おび)の飾り玉 馬車に付けたる鈴の音(おと) 在りし日の歌舞も亦(ま)た 既に罷(や)み果てぬ
美しき絵の 画(えが)かれし 棟木(むなぎ)の辺り 朝の南浦(なんほ)の入り江より 雲湧きたちて通ひ
珠簾(たまみす)の 日の暮れに巻きたるとき 西の彼方(かなた)の山あひに そぞろに雨の降るを見たり
閑(しず)やかに 空ゆく雲 淀(よど)みし川面(かはも) 明け暮れに変はらざれども 世事(せじ)は早や
移(うつ)ろひ換(か)はりて 歳月(とし)は逝(ゆ)き 幾度(いくたび)の秋 経たりしか 知れぬほどなり
滕王は 今何処(いづく)に在(あ)りや 高殿にいませし帝子(みかど) 終(つひ)に見るべからず
唯だ高欄(おばしま)の 彼方(かなた)に見ゆる江水(かうすい)の 空しく流れて 人をして
嘆(なげ)きを 興(おこ)さしむる あるのみ
【滕王閣序】téng wáng gé xù 滕王閣序文(とうおうかくじょぶん)
初唐の詩人、王勃が、故郷の交趾(こうし 南越)へ向かう途上に、南昌(江西省)都督が滕王閣で開いた
宴会で作ったという散文並びに詩文である。
滕王閣は、唐の太宗の弟の滕王李元嬰(りげんえい)が、洪州(江西省南昌)の西南に建てた高殿の名。
後の時代には絵画の題材に好んで描かれた。
【1】
【豫章故郡】豫章(よしゃう)は故郡(こぐん)
(653年に建立された滕王閣のある南昌の地は)かつては豫章郡と呼ばれていた。
【豫章】豫章(よしょう)漢代から唐代(前202~622年)にかけて、現在の江西省北部に設置された郡名。
【故郡】かつては郡であった。
【洪都新府】洪都(こうと)は新府(しんふ)なり。
(622年に豫章郡は)洪州と改められ、都督府(地方の軍事・行政機関)が置かれた。
【星分翼轸】星(ほし)翼軫(よくしん)に分かれ。
(二十八宿の星座では)翼軫(よくしん 南)の星の方角に区分される。
古代中国では、月が地球を一周する間に通過する星の集まりを、28の星座に分割し、これを二十八宿と名付けた。
たとえば、洪州は、南方(朱雀)の翼(よく)星と軫(しん)星の二星が向かい合う地上の区域に属する、というように、
二十八宿の方位を用いて地上の区域を区分しており、ある星宿が地上の特定の区域と向かい合っている場合、
「その土地は、某星と某星の方角にある」と呼んでいた。
【地接衡庐】地(ち)衡廬(かうろ)に接す。
地上の位置は、南方の「衡山」と北方の「廬山」に挟まれ、それぞれと接している。
【衡】 衡山(こうざん)衡州(湖南省衡陽市)
【庐】廬山(ろざん)江州(江西省九江市)
【襟三江而带五湖】三江(さんかう)を襟(え)り 而(か)つ五湖を帯び。
洪州には三江(荊江、松江、浙江)が衣の襟のように重なって流れ、周囲には豊かな五つの湖
(太湖・鄱陽湖・青草湖・丹陽湖・洞庭湖)が帯のようにめぐっている。
【控蛮荆而引瓯越】蛮荊(ばんけい)を控へ 而(か)つ甌越(おうえつ)を引く。
(この洪州は)楚の地(湖北・湖南一帯)を抑え、古越(浙江省)を結ぶ要衝である。
【蛮荆】ばんけい。古楚の地(湖北・湖南一帯)
【引】 (连接)つながる。
【瓯越】おうえつ。古越の地(浙江省)。
【物华天宝】物(もの)華天宝(くわてんほう)にして。
(物产精美,犹如天上的珍宝)物産の見事さは天上の宝物のようだ。
【龙光射牛斗之墟】龍光(りゅうくわう)牛斗(ぎうと)の墟(あと)を射す。
かつてこの地で産した宝剣は、その光芒を牽牛星と北斗星の間にまで走らせたとされる。
【龙光】(宝剑的光芒)宝剣の光。
【墟】(所在之处)領域、その場所。
【人杰地灵】人傑地霊(じんけつちりゃう)たる。
(人物俊杰)傑出した人物とされている(徐孺は)。
【徐孺】じょち。豫章郡南昌の隠士。
【下陈蕃之榻】陳蕃(ちんばん)の榻(しぢ)に下(くだ)る。
(豫章太守を務めていた)陳蕃に唯一の客としてもてなされた。
【下榻】寝台を用意する(賓客として迎えるの意)
【榻】細長く低い独り寝用の寝台。普段は壁に吊り下げておき、客が訪ねて来たときに下ろしていた。
そのために「下榻」という言葉が生まれた。
【雄州】(雄伟的洪州)雄大な大州である洪州。
【雾列】家々が雲霧のように立ち並ぶ。繁栄する様子。
【俊彩星驰】俊采(しゅんさい)星(ほし)と馳(は)す。
すぐれた人材が星くずの如く傑出している地である。
【台隍枕夷夏之交】台隍(たいくわう)夷夏(いか)の交(まじ)はりを枕(のぞ)み。
南昌の城壁(台隍)は、漢民族(夏)と異民族(夷)が住む地域にまたがって(枕交)いた。
【台隍】南昌の城壁。
【枕】(占据)占有する。
【夷夏】(蛮夷与中原地区)蛮族と中原の地。「夏」は、古代に漢民族が自らを「夏」と称したもので、
ここでは中原地域を指す。
【宾主尽东南之美】賓主(ひんしゅ)東南(とうなん)の美(び)を尽(つ)くす。
今日の宴席には、主人も賓客も各地の俊英をよりすぐった人物が集まっている。
【东南之美】各地の英雄才俊。
【2】
【都督阎公之雅望】都督閻公(ととくえんこう)之(こ)れ 雅望(がばう)ありて。
洪州の都督である閻公の名声は、各地に鳴り響いているが。
【都督】都督。軍事・行政をつかさどる官名。
【阎公】閻公(えんこう)当時の洪州都督。
【雅望】高い誉れ。
【棨戟遥临】棨戟(けいげき)遙(はる)かに臨む。
このたび儀仗の行列を従えて、遠路はるばるこの滕王閣へ臨席された。
【棨戟】儀仗。儀仗は、鞘に収められた戟(ほこ)のことで、古代の大官が外出する際の先導として用いられた。
都督の儀仗が到着したということは、すなわち閻公がご臨席されたことを意味する。
【宇文新州之懿范,襜帷暂驻】宇文(うぶん)新州(しんしう)之(こ)れ 懿范(いはん)にして 襜帷(せんい)暫(しばら)く駐(とど)む。
高潔な徳行を持つ新州刺史・宇文氏もしばらく洪州に留まることになった。
【宇文新州】宇文(うぶん)新州。新州(今の広東省)の刺史(地方官)
【懿范】模範とすべき見識や徳望。
【襜帷】車上の幕、ここでは車馬のことを指す。車馬ともにしばらく洪州に滞在する。
【十旬休暇,胜友如云】十旬(じうじゅん)の休假(きうか) 勝友(しょういう)雲(くも)の如し。
ちょうど十旬の休假に当たり、多くの優れた友人が雲のように集まった。
【十旬休假】十日の休暇。唐の制度では、十日を旬とし、官吏のその間の休暇を「旬休」と称した。
【胜友】(才华出众的友人)才能のある朋友。
【千里逢迎,高朋满座】千里(せんり)逢迎(ほうげい)して 高朋(かうほう)座に満つ。
はるばる遠方からやって来た客人も迎え入れ、宴席はまさに身分の高い賓客で満ち溢れている。
【高朋】一流の人士。
【腾蛟起凤】騰蛟(とうかう)起鳳(きほう)
(宛如蛟龙腾跃、凤凰起舞,形容人很有文采)蛟竜(みずち)が飛び、鳳凰が舞うごとく文才がある。
【孟学士之词宗】孟学士(まうがくし)之(こ)れ 詞宗(しそう)なり。
孟学士は文学界の巨匠である。
【孟学士】もうがくし。名は未詳。学士は文献の執筆をつかさどる朝廷の役人。
【词宗】文壇の宗主。
【紫电青霜】紫電(しでん)青霜(せいさう)
紫電(紫の稲妻を放つ名剣)や青霜(刃先に白い霜を置いた宝刀)など古代の宝剣が。
【王将军之武库】王将軍(わうしゃうぐん)の 武庫(ぶこ)にあり。
王将軍の武器庫に収められているといわれる。
【家君作宰,路出名区】家君(かくん)宰(つかさ)を作(な)し 路(みち)ゆきて 名区(めいく)に出づ。。
(私の)父が県令を務め、その父のもとへ帰省する途中で、当地(洪州)を通りかかった。
王勃の父は交趾県(南越)の県令を務めていたという。
【家君】家父長。
【作宰】宰相(県令)を務める。
【名区】名勝。名のある土地。洪州を指す。
【童子何知,躬逢胜饯】童子(どうじ)何(なん)ぞ知らん その躬(み)勝餞(しょうせん)に逢(あ)ふ
(自分は)年幼く無知なれども、自らこの盛大なる宴席にめぐり逢えた。
「何」は、反語を表す副詞(童子は何をか知らんや、哪能)
(用例)田園(でんえん)将(まさ)に 蕪(あ)れんとす 胡(なん)ぞ帰らざる(陶淵明・帰去来辞)
【胜饯】盛大な宴席。
【3】
【时维九月,序属三秋】時(とき)維(まさ)に九月 序(しょ)三秋(さんしう)に属(しょく)す。
時はまさに九月、季節は晩秋に属する。
【维】まさに。
【序】時序。時節。
【三秋】九月。古人は、七、八、九月を孟秋、仲秋、季秋と呼び、季秋をまた三秋(三番目の秋)と呼んだ。
【潦水尽而寒潭清】潦水(らうすい)尽(つ)きて 寒潭(かんたん)清く。
道辺のたまり水は消え、河水は冷ややかに澄みわたる。
【潦水尽】雨による水たまり(潦水)がすっかり干上がって(尽)
【寒潭清】冬の冷え冷えとした河の水(寒潭)が澄み切っている。
【烟光凝而暮山紫】煙光(えんくわう)凝(ふか)く 暮山(ぼざん)紫(むらさき)なり。
空は淡い雲煙を湛え、夕闇の山は紫色を呈している。
【烟光凝】夕靄や霧(烟光)が空気中に立ちこめて(凝)
【暮山紫】夕暮れの山々(暮山)が(光の加減で)紫色に染まっている。
【俨骖騑于上路】上路(やまみち)を驂騑(そえうま)に儼(の)り。
山道で馬車に乗り。
【骖騑】馬車の左右に副え馬を配した多頭立ての馬車。
【访风景于崇阿】崇阿(さんあ)にて 風景(ふうけい)を訪(み)る。
険しい山中であたりの風景をながめると。
【崇阿】 (崇山峻岭)険しい山々。
【临帝子之长洲】帝子(ていし)の長洲(ちゃうす)を臨(のぞ)み。
眼下に天子(滕王)の広大な砂州が広がり。
【长洲】(滕王阁前的沙洲)滕王閣の前を流れる贛江(かんこう)の広大な砂州。
【得天人之旧馆】天人(てんにん)の旧館(きうくわん)を得(う)る。
神仙が住むといわれるかつての御殿(滕王閣)が見えた。
【层峦耸翠】層(つら)なる巒聳(さんや)翠(みどり)にして。
重なり合う峰々(层峦)が青々とした緑を聳え立たせ(耸翠)
【上出重霄】重霄(ちゃうせう)の上に出(い)づ。
天高くまで(重霄)達している(上出)
【飞阁流丹】飛閣(ひかく)流丹(りうたん)
天にそそり立つ楼閣(飞阁)には、朱色の塗料が鮮やかに彩られ、まるで滴り落ちそうである(流丹)
【下临无地】下(した)を臨(のぞ)むに 地(ち)無(な)し。
楼閣から下を見下ろす(下临)と、地面がまるで消えてしまったかのようだ(无地)
【鹤汀凫渚】鶴汀(かくてい)鳧渚(ふしょ)
鶴の棲む水辺の平地(鹤汀)や鴨の集まる中州(凫渚)は。
【穷岛屿之萦回】島嶼(たうしょ)之(これ)を縈回(めぐら)して窮(きわ)まり。
島々の(岛屿)曲がりくねった景観(萦回)を極限まで際立たせている(穷)
【桂殿兰宫】桂殿(けいでん)蘭宮(らんぐう)
桂や木蘭で建てられた宮殿。
【即冈峦之体势】即(すなは)ち岡巒(かうらん)の体勢(ていせい)なり。
(随着冈峦高低起伏的态势)まさに連なる山や丘(冈峦)かと見紛うこしらえ(体势)である。
【披绣闼】繍闥(しうたつ)を披(ひら)き。
細やかな模様で飾った門(绣闼)は開かれ。
【俯雕甍】雕甍(てうばう)を俯(ふ)すに。
彫刻が施された屋根の棟(雕甍)を見下ろす。
【山原旷其盈视】山原(さんげん)の広(ひろ)きこと 其(まさ)に盈視(ばんもく)にして。
遠くを見渡すと、広大な山々や平原(山原)が視界いっぱいに広がり(旷其盈视)
【旷其盈视】(极目遥望,满眼都是)見渡す限りに続いている。
【川泽纡其骇瞩】川澤(せんたく)の盱(う)ねること 其(まさ)に駭矚(がいしょく)たり。
(河流和湖泽的曲折使人感到惊讶)河川湖沼(川泽)の紆余曲折の景観(纡其)に驚きを覚える(骇瞩)
【闾阎扑地】閭閻(ろえん)は地(ち)に撲(み)ち。
家屋(闾阎)が至る所に立ち並び。
【扑】軒を連ねる。
【钟鸣鼎食之家】鍾鳴(しょうめい)鼎食(ていしょく)の家(いへ)あり。
官僚や貴族の邸宅も少なくない。
【钟鸣鼎食】裕福な名家。古代の貴族の食事は、鐘を鳴らして鼎を並べて食べていた。
【舸舰迷津】舸艦(かかん)は津(つ)に迷(み)ち。
渡し場には船が所狭しと停泊しており。
【青雀黄龙之舳】青雀(せいじゃく)黄龍(くわうりゅう)の舳(へさき)あり。
青雀や黄龍の頭部を模した装飾を施した大きな船が数多く見られる。
【云销雨霁】雲(くも)銷(と)け 雨(あめ)霽(は)れて。
雲は消え、雨が上がり。
【彩彻区明】彩(ひ)徹(あまね)く 区(そら)明(あきら)かなり。
(阳光普照,天空明朗)日差しが降り注ぎ、空は晴れ渡った。
【彩】日光。
【彻】(通贯)行き渡る。
【区】空、天空。
【落霞与孤鹜齐飞】落霞(らくか)孤鶩(こぼく)斉(ひと)しく飛び。
彩霞は孤雁とともに空を翔けり。
【秋水共长天一色】秋水(しうすい)長天(ちゃうてん)共(とも)に一色(いっしき)
秋の澄み切った河水は青く遥かな天空に連なる。
【渔舟唱晚】漁舟(りょうしう)晩(くれ)に唱(しょう)し。
夕方の漁舟から聞こえてきた歌声は。
【响穷彭蠡之滨】彭蠡(はやう)の浜(はま)響(ひび)き窮(きわ)まれり。
翻陽湖(はようこ)の浜に響き渡り。
【彭蠡】péng lí 翻陽湖(はようこ)江西省。
【雁阵惊寒】雁陣(がんぢん)寒(かん)に驚(おどろ)き。
寒さを避けて南に飛ぶ雁の群れの。
【声断衡阳之浦】声(こえ)断(とど)む 衡陽(かうやう)の浦(うら)
悲しげな鳴き声は、衡陽の浦まで伝わったが、そこで途絶えてしまった。
【衡阳】héng yáng 衡陽(こうよう)湖南省。
【断】止まる。
【4】
【遥襟甫畅,逸兴遄飞】遙(はる)か 襟(きん)を 甫暢(ほちゃう)して 興逸(きょういつ)遄飛(たからか)なり。
遥か遠くを見渡せば、胸(胸襟)晴れやか(甫暢)に、情緒(兴致)高ぶる(遄飞)
【爽籁发而清风生】爽籟(さうらい)発して 清風(せいふう)生じ。
澄んだ楽の音(爽籁)が聞こえ、爽やかな風(清风)が起こる。
【纤歌凝而白云遏】纖歌(せんか)凝(み)ちて 白雲(はくうん)遏(とど)む。
周囲に立ち込めた(凝)快い楽の音(纤歌)が雲の流れを押しとどめる(白云遏)
【睢园绿竹,气凌彭泽之樽】睢園(すいえん)緑竹(りょくちく) 氣(き) 彭澤(はうたく)の樽(たる)を凌(しの)ぎ。
緑竹の庭園(睢园)に集う彼らの気勢は、彭沢(ほうたく)県令である陶淵明の酒の量(樽)を凌ぐ。
彭沢県(江西省)は、東晋の陶淵明を指す。彼は、かつて彭沢県令を官し、世は陶彭沢と称した。
また睢園(すいえん)とは、前漢の梁孝王の庭園のことで、梁孝王は庭園に文人を集めて酒を飲み、詩を詠んだとされる。
【邺水朱华,光照临川之笔】邺水(ぎょうすい)朱華(しゅくわ) 臨川(りんせん)の筆(ふで)に 光照(はくちゅう)す。
赤い芙蓉(朱华)を愛でる詩人たち(邺水)の文才は、臨川の謝霊運(临川)の文章(笔)に比肩(光照)する。
邺水(ぎょうすい 河北省)は、魏の勃興した所で、芙蓉を愛でる詩人たちとは、文才すぐれた曹操、曹植らを指す。
芙蓉(しゅか 朱华)は、曹植の「公宴詩」を典拠とする。(秋兰被长坂,朱华冒绿池)
また、臨川(江西省撫州市)は、臨川内史(行政長官)を務めた謝霊運(しやれいうん)を指す。彼は山水詩の巨匠として知られる。
【四美具,二难并】四美(しび)具(そな)はりて 二難(になん)并(なら)べり。
さて本日の宴席には、四つのすばらしいもの(音楽と食事、文章と言葉)と、二つの得難いもの(景色、歓楽)が揃っている。
【穷睇眄于中天】中天(ちうてん)睇眄(ていべん)を窮(きは)め
遠く(穷)空(中天)を見上げ(睇眄)
【极娱游于暇日】暇日(かじつ)娯遊(ごいう)を極(きは)む。
ひとときの休暇と歓楽に時を過している。
【天高地迥】天(てん)高く 地(ち)迥(はる)かに。
天は高く、大地は広く。
【觉宇宙之无穷】宇宙(あめつち)の 無窮(むきゅう)なるを覚(おぼ)ゆ。
自分は宇宙の無窮を悟ることができたような気がする。
【兴尽悲来】興(きょう)尽(つ)き 悲(うれ)ひ 来(きた)りて。
そして興趣は尽き、哀愁の情が湧き起こり。
【识盈虚之有数】盈虚(ばんしゃう)有数(いうすう)なるを識(し)る。
物事の盛衰(盈虚)には天の定めがある(有数)ことを知る。
【望长安于日下】長安(ちゃうあん)日下(くさか)に望(のぞ)み。
高殿より、西は長安を望み見て。
【日下】太陽の下、すなわち西方を指す。
【目吴会于云间】吳会(ごくわい)雲間(くもま)に目(もく)す。
東(云间、西の長安の対句)は呉会(呉の会稽、現在の紹興市)に目を向ける。
【地势极而南溟深】地勢(ちせい)極(きは)まりて 南溟(なんめい)深く。
陸地の果てるところに、深い南方の海があり。
【南溟】南の海。
【天柱高而北辰远】天柱(てんちゅう)高くして 北辰(ほくしん)遠(とほ)し。
天を支える柱(天柱)高く建つあたりを遠望すると北斗星(北辰)が見える。
天を支える柱は、崑崙山(こんろんさん)にそびえるという伝説の銅柱。出典は、東方朔「神異経」(昆仑之山,有铜柱焉)
【关山难越,谁悲失路之人】関山(くわんざん)越へ難く 路(みち)失(うしな)ふ人の 誰(たれ)ぞ 悲しまむ。
国境(くにざかい)の山は、越えるに難しく、私のような志を得ざる旅人の哀しみを誰が知ってくれようか。
【失路之人】出世の道を失った者。若くして朝廷に仕えた王勃だが、その後、戯れに書いた文章が高宗の怒りに触れ、
四川の成都に左遷となった。遠い異郷の地に流された彼は、帝都長安に身を寄せて国のために尽くすことができない
自らの運命を、本作の中で嘆いている。
【萍水相逢,尽是他乡之客】萍水(へいすい)相逢(あひあ)ふは 尽(ことごと)く 是(こ)れ 他郷(たきゃう)の客(かく)なり。
浮草と水が出会うように、たまにめぐり会う人は、全て異なる土地の人ばかりである。
【怀帝阍而不见,奉宣室以何年】帝阍(みかどもり) 懷(なつ)かしむも見えず
宣室(せんしつ)に奉(ほう)ずるは 以(もつ)て何年(いつとし)ぞ。
王城を恋い慕うも、召されることはなく、天子に仕えるのは、一体いつになるのであろうか。
【帝阍】(天帝的守门人)天帝の門番。
【5】
【时运不济,命途多舛】時運(じうん)斉(ひと)しからず 命途(みちゆき)多舛(たなん)なり。
時運は巡り合わず(不济)、人の一生は挫折の連続(多舛)である。
【冯唐易老,李广难封】馮唐(ふうたう)老(お)い易く 李広(りくわう)封(ふう)じ難(かた)し。
馮唐(ふうとう)は老いやすく、李広(りこう)はなかなか諸侯を封じられず。
【冯唐】féng táng 馮唐(ふうとう 漢の文人)は、景帝のときに重用されず、武帝のときにやっと推挙されたが、
すでに九十代になっていた。出典は「史記馮唐列伝」(冯唐在汉文帝、汉景帝时不被重用,汉武帝时被举荐,已是九十多岁)
【李广】lǐ guǎng 李広(漢の軍人)は、武帝の時の名将で、何度も匈奴と戦って、軍功を立てたが、ずっと推挙されなかった。
出典は「史記李将軍列伝」(李广,汉武帝时名将,多次与匈奴作战,军功卓著,却始终未获封爵)
【屈贾谊于长沙,非无圣主】賈誼(かぎ)長沙(ちゃうさ)に屈(くつ)するは 聖主(せいしゅ)の無(な)きに非(あら)ず。
賈誼(かぎ)が長沙に左遷(屈)されたのは、徳のある君主(圣主)がいなかったからではない。
賈誼(漢の文人)は、文帝のとき、その才を他の重臣に妬まれ、濡れ衣によって長沙に左遷された。
出典は「史記屈原賈生列伝」(贾谊在汉文帝时被贬为长沙王太傅)
【窜梁鸿于海曲,岂乏明时】梁鴻(りゃうこう)海曲(うみべ)に竄(かく)るは 豈(あ)に 明時(じせい)の乏(とぼ)しからんや。
梁鴻(りょうこう)が僻地(海曲)へ逃亡(窜)したのは、必ずしも時代が良くなかったからだとは言えない。(岂乏明时)
梁鴻(漢の詩人)は、著作「五噫歌」で朝廷を風刺したため、章帝の怒りを買い、斉、魯、呉の海浜に逃げ込んだ。
出典は「後漢書 逸民伝」(作五噫歌,讽刺朝廷,因此得罪汉章帝,避居齐鲁、吴中)
「豈」は、反語を表す副詞(必ずしも~とは限らない)
(用例)豈(あ)に必(かなら)ずしも皆(みな)善(ぜん)ならんや(物事はすべてが良いとは限らない)
【所赖君子见机,达人知命】君子(くんし)の頼(よ)る所(ところ) 機(き)を見(み)達人(みちびと)の頼る所 命(めい)を知るにあり。
君子は機を見て計らい、有徳の士は天命を知るとの道理を、心得ていたからにすぎない。
【见机】物事の動きを事前に見極める。
【达人知命】道理に通じた人は、自ら天命を知る。
【老当益壮】老いて當(まさ)に 益壯(いさう)なり。
それ故、彼らは老いても、ますます精気にあふれている。
【宁移白首之心】寧(なん)ぞ 白首(はくしゅ)の心(こころ)移(うつ)さんや。
(哪能在白发苍苍的老年改变心志)白髪(白首)なれども、何ぞ(宁)移さん、壮年の志(之心)を。
白髪交じりの老齢になってから、どうして心構えを変えることができようか。
「宁」は、反語を表す副詞(どうして壮年の志を変えられようか、哪能)
(用例)田園(でんえん)将(まさ)に 蕪(あ)れんとす 胡(なん)ぞ帰らざる(陶淵明・帰去来辞)
【穷且益坚,不坠青云之志】窮(きゅう)して且(まさ)に 益堅(いけん)なり 青雲(せいうん)の志(こころざし)墜(おと)さざらん。
境遇は苦しくとも、節操は強く、青雲の志を捨ててはいない。
【酌贪泉而觉爽】貪泉(たんせん)を酌(く)みて而(な)ほ 爽(さう)を覚(おぼ)え。
貪泉(たんせん)の水を飲んでも、心は依然として爽やかである。
貪泉は、飲むと欲張りになると言い伝えられている水。出典は「晋書 呉隠伝」(贪泉在广州附近的石门,传说饮此水会贪得无厌)
「而」は、継続を表す副詞(それでもなお、仍然,还是)
(用例)志(こころざし)猶(な)ほ 已(や)まず(陳寿・三国志 諸葛亮伝)
【处涸辙以犹欢】轍(わだち)の涸(か)れる処(ところ)を以(もつ)て 猶(な)ほ 歓(くわん)となすがごとし。
艱難困窮(处涸辙)にあってもなお(以犹)心は清廉(欢)である。
涸辙(乾いた轍)は、困窮の境遇の意。出典は「庄子 外物」(有鲋鱼处干涸的车辙的故事,比喻困厄的处境)
「犹」は、継続を表す副詞(いまだなお、仍然,还是)
(用例)志(こころざし)猶(な)ほ 已(や)まず(陳寿・三国志 諸葛亮伝)
【北海虽赊,扶摇可接】北海(ほくかい)は 賒(とほ)しと雖(いへど)も 搖(かぜ)に扶(の)りて 接(たつ)すべし。
遥か北海は遠くても、旋風に乗ずれば速やかに行きつくことができるであろう。
【东隅已逝,桑榆非晩】東隅(さうねん)已(すで)に逝(ゆ)けども 桑榆(らうねん)晩(おそ)きに非(あら)ず。
壮年(东隅)已(すで)に逝(す)ぎ、老年(桑榆)となれども、晩(おそ)きに非(あら)ず。
【孟尝高洁,空馀报国之情】孟嘗(まうしゃう)高潔(こうけつ)なれども 空(むな)しく餘(のこ)す 報国(ほうこく)の情(じゃう)
孟嘗君は、心が高潔でありながら、重用せられず、ただ虚しく国に尽くしたいという情熱を抱くのみであった。
【孟尝】mèng cháng 孟嘗君(もうしょうくん 漢の文人)は、後漢で太守を務めたが、病のため隠居した。
桓帝のとき、幾度となく推挙されたが、ついに出仕できなかったという。出典は「後漢書 孟嘗伝」
(孟尝字伯周,东汉会稽上虞人。曾任合浦太守,以廉洁奉公著称,后因病隐居。桓帝时,虽有人屡次荐举,终不见用)
「空」は、儚くも、いたずらにの意。
(用例)此の地 空(むな)しく余(あま)す 黄鶴楼(くわうかくろう)(崔顥・黄鶴楼)
【阮籍猖狂】阮籍(げんせき)猖狂(しゃうきゃう)にして。
また阮籍は、人となりが放縦不羈(勝手気まま)である。
【岂效穷途之哭】豈(あ)に窮途(きゅうと)の哭(こく)を效(なら)はんや。
道に窮して慟哭する(穷途之哭)ような生き方に、どうして学ぶことができようか(岂效)
「豈」は、反語を表す副詞(どうして~することがあろうか)
(用例)豈(あ)に千里を遠しとせんや(どうして千里の道のりを遠いと思うだろうか)
【阮籍】阮籍(げんせき 竹林の賢人の一人)は、晋の名士だったが、世間に不満を持ち、放蕩を装って馬車を走らせ、
行き止まりになると、道が通じないと泣いて帰ったという。出典は「晋書 阮籍伝」(晋代名士,不满世事,佯装狂放,常驾车出游,路不通时就痛哭而返)
【6】
【三尺微命,一介书生】三尺(さんじゃく)微命(びめい)
(私は)まだ未熟(三尺)であり、身分も低い(微命)一介(いっかい)の書生(しょせい)である。
尺は、帯が垂れている長さであり、古人は大人を「七尺の体躯」、物心のつかない子供を「三尺の童児」と呼んだ。
また命は官職の意であり、官位制度では一命から九命までで、一命は最下位の官職であった。
【无路请缨】請纓(せいやう)の路(みち)無(な)く。
大功を挙げる(请缨)ような機会はない(无路)
【等终军之弱冠】終軍(しゅうぐん)弱冠(じゃくくわん)に等(ひと)し。
あの終軍と同じ二十歳になったとはいえ。
【终军】zhōng jūn 終軍(しゅうぐん 漢の文人)は、漢と南越との和睦に貢献した。「请缨」の由来は、彼が南越に
使者として派遣された際、「長い紐をいただければ(请缨)南越王をつないで連れて参りましょう」と言ったことによる。
出典は「漢書 終軍伝」(武帝时出使南越,自请“愿受长缨,必羁南越王而致之阙下”,时仅二十余岁)
【有怀投笔,慕宗悫之长风】投筆(とうひつ)の懷(おも)ひ有りて 宗愨(そうかく)の長風(ちゃうふう)を慕(した)ふ。
私は宗愨(そうこく)の「長風に乗って万里の浪を破る」という英雄気概をうらやましく思ったし、文筆を捨て、軍事に従おうかとも思ってみる。
【投笔】筆を投げ捨てて軍に加わる。後漢の政治家、班超が筆を投げ捨てて軍に加わったという故事に由来する。
出典は「後漢書・班超伝」(家贫,常为官佣书以供养。久劳苦,尝辍业投笔叹曰)
【宗悫】宗愨(そうかく 宋の軍人)は、年少のとき、叔父に志望を問われて「願わくは長風に乗り万里の浪を破らん」と答えた。
彼は、後に戦功で封を受けた。出典は「宋書 宗愨伝」(年少时向叔父自述志向,云“愿乘长风破万里浪”。后因战功受封)
【舍簪笏于百龄,奉晨昏于万里】簪笏(さんさく)百齡(ひゃくれい)に捨(す)て 晨昏(しんこん)萬里(ばんり)に奉(たてまつ)る。
生涯(于百龄)官職を捨て(舍簪笏)万里の先にいる(于万里)親に仕える(奉晨昏)。
今私は官途の功名を棄てて、遠く万里を越えて朝夕父母に孝養を尽くすのがよいと考えている。
【非谢家之宝树】謝家(しゃか)の宝樹(ほうじゅ)に非(あら)ずも。
謝家の宝樹に非(あら)ず。私などは、とてもあの宝樹にたとえることはできないが。
宝樹は、晋の将軍、謝玄(しゃげん)を指す。数々の大功を挙げた晋の名将として知られる。
謝玄が幼少の頃、叔父に将来の抱負を問われた際、彼は「庭の美しい木や草を、家の階段にまで生じさせたい」と答えた。
叔父は、これを一族を繁栄させたい希望と理解し、大いに喜んだという。
出典は「世説新語 言語」(谢玄答曰“譬如芝兰玉树,欲使其生于庭阶耳”)
【接孟氏之芳邻】孟氏(まうし)の芳鄰(はうりん)に接(せつ)す。
(受过孟轲的邻居那样好环境的影响)孟子の母親のような才ある隣人と付き合うことができた。
【他日趋庭,叨陪鲤对】他日(たじつ)庭(には)に趨(おもむ)き 鯉對(りたい)叨陪(たうはい)す。
間もなく(他日)父の家に戻り(趋庭)、子として(鲤对)その教えを聞く(叨陪)
出典は「論語 季氏」(孔鲤(孔子之子),趋庭,受父亲教诲)
【今茲捧袂,喜托龙门】今茲(いまここ)に 捧袂(ほうへい)し 喜(よろこ)びを 龍門(りゅうもん)に托(たく)す。
今ここに(今茲)幸いにも(捧袂)登竜門と言うべき宴席に参列できた喜びを噛みしめている(喜托龙门)
出典は「後漢書 李膺伝」(膺以声名自高,士有被其容接者,名为登龙门)
【杨意不逢,抚凌云而自惜】楊意(やうい)逢(あ)はざれば 凌雲(りょううん)を撫(な)でて 自(みずか)ら惜しむ。
楊得意に逢わなければ、自分の文章(凌云)が埋もれたまま(抚)となり嘆いたであろう(自惜)
【杨意】漢の文人、楊得意(ようとくい)を指す。彼は武帝の側近であったが、武帝が文学を大変好んでいたため、
同郷(成都)の文章家、司馬相如(しばしょうじょ)を武帝に紹介した。
武帝に仕えた司馬相如は、賦の名人として知られるようになり、その才能を高く評価された。
出典は「史記 司馬相如列伝」(司马相如经蜀人杨得意引荐,方能入朝见汉武帝)
【锺期既遇,奏流水以何惭】鐘期(しょうき)既(すで)に遇(あ)ひ 流水(りうすい)奏(そう)し 以(もつ)て何(なに)を慚(は)ぢん。
鐘子期のような知己を得れば(既遇)、才能を発揮でき(奏流水)、悔いを残さない(以何惭)
【锺期】楚の文人、鐘子期(しょうしき)を指す。彼は、琴の名人伯牙(はくが)の音楽の理解者として知られ、
その死後、伯牙は琴の糸を切って生涯演奏しなかったといわれる。出典は「列子 湯問」(伯牙善鼓琴,钟子期善听。
伯牙鼓琴,志在高山,仲子期曰“善哉,峨峨兮若秦山,志在流水”,曰“善哉,洋洋乎若江河”伯牙所念,钟子期必得之)
【胜地不常,盛筵难再】勝地(めいしょう)常(つね)ならず 盛筵(せいえん)再び なり難(かた)し。
名勝の地(胜地、ここでは滕王閣)は不変ではなく、盛大な宴(盛筵)は再度を期し難い。
【兰亭已矣,梓泽丘墟】蘭亭(らんてい)已(すで)になく 梓澤(したく)の丘(おか)は墟(はて)たり。
蘭亭の集い(兰亭)は過去(已矣)となり、梓沢の庭園(梓泽丘)もすでに廃墟と化した。
蘭亭(らんてい)は、晋の王義之など文人の集いが開かれた会稽(浙江省紹興)の庭園。
梓沢(したく)は、晋の石崇(せきすう)の別荘である金谷園(きんこくえん 河南省洛陽)で開催された文人の集い。
出典は「王義之 蘭亭詩集」「潘岳 金谷集詩」
【临别赠言,幸承恩于伟饯】別れに臨(のぞ)んで 言(げん)を贈(おく)り 偉餞(はなむけ)を承恩(しょうおん)するを幸(さち)とす。
送別の宴(伟饯)、激励の言葉を賜わった(临别赠言)こと、望外の幸い(幸承恩)である。
【登高作赋,是所望于群公】登高(とうかう)して賦(ふ)を作(つく)るは 是(こ)れ 群公(ぐんこう)の望(のぞ)む所(ところ)なり
高所に登り賦を作る(登高作赋)ことは、参列の諸賢が願って止まないところ(所望于群公)
出典は「韓詩外伝 巻七」(孔子曰“君子登高必赋”)
【敢竭鄙怀,恭疏短引】敢(あ)へて鄙懷(ひくわい)を竭(つ)くし 恭(かしこ)みて 短引(たんいん)を疏(そう)す。
僭越ながら(敢竭鄙怀)、序文(短引)を書かせていただいた(恭疏)
【一言均赋,四韵俱成】一言(いちげん)均(ひと)しく賦(ふ)し 四韻(しいん)俱(とも)に成(な)したり。
諸賢から賜った韻字(一言)に賦をのせ(均赋)、四韻の詩を書き上げた(四韵俱成)
【请洒潘江,各倾陆海云尔】請(ねがは)くは 各(おのおの)潘江(はんかう)陸海(りくかい)の云尔(ごと)き
灑(れいひつ)を 傾(ふる)はれんことを。
各位には、潘岳(はんがく)、陸機(りくき)の如き才筆を振るわれんことを。
【洒潘江,倾陆海云尔】才筆を振るうや、潘岳の江、陸機の海の如し。
【潘江】西晋の詩人、潘岳(はんがく)の別名。出典は「鐘嶸 詩品」(陆才如海,潘才如江)
【陆海】西晋の詩人、陸機(りくき)の別名。出典は「鐘嶸 詩品」(陆才如海,潘才如江)
【洒】(竭尽才能,写诗作文)才筆を振るう。
【傾】(竭尽才能,写诗作文)才筆を振るう。
【7】
【滕王阁】 téng wáng gāo gé 滕王閣(とうおうかく) 江西省南昌市
唐の永徽4年(653年)李元嬰(りげんえい)によって創建。
岳陽楼(湖南省岳陽)、黄鶴楼(湖北省武昌)と並んで、江南の三大名楼とされる。
【江】 贛江(かんこう) 江西省を南北に貫く江西最大の川
【佩玉鸣鸾】 (身上佩戴的玉饰、响铃)貴人が腰帯に下げる飾り玉と天子の車につける鈴。
【南浦】 地名、江西省南昌市
【槛】(栏杆)滕王閣の欄干。
【槛外长江空自流】 欄干のかなたには大河が空しく流れ続けるばかりだ。「空」は、とりとめもなく、そぞろにの意。
(用例)勝事(しょうじ)は空(むな)しく 自(みづか)ら知(し)る(王維・終南別業)
王勃 wáng bó (おうぼつ) (649~676年)
初唐の詩人。字は子安(しあん)山西竜門の人。
幼小より詩文にすぐれ、664年、15歳の時、その才を認められ高宗に仕えた。
その才気にあふれた華麗な詩で詩壇を圧倒し、楊烱(ようけい)、盧照鄰(ろしょうりん)、
駱賓王(らくひんのう)とともに「初唐の四傑」と称された。
作風は、律詩にすぐれ、感情のほとばしりを新鮮な詩風にうたい盛唐詩へのさきがけとなった。
著作に詩文集「王子安集(おうしあんしゅう)」(十六巻)