小説モーニング娘。 第三十三章  「帰ってきた安倍なつみ」           Top Page



2005年 新春企画 連載小説  「帰ってきた安倍なつみ」    




約2ヶ月間の長期オフ。安倍なつみは、久しぶりに故郷の室蘭に戻っていた。

穏やかな晴天に恵まれた室蘭市の街並み。

雪混じりの冷たい強風が吹き荒れていた一昨日と比べると、まるで天国のような陽気だった。


もう、何年ぶりだろう。

大きなリュックを背に、旅行カバンをおもむろに引きずりながら実家へ向かって歩きだした。

歩いてる間にも、タバコ屋のおばちゃんや道沿いの畑で農作業をしているおじさんが安倍の顔を見るなり、次々と声をかけてくる。


「あれぇ、なつみちゃんやないか。ひさしぶりやなあ」

「安倍ちゃんようやった。室蘭の誇りや」

「がんばってちょうだいよ。期待してるで」

それに軽く微笑み返しながら、安倍なつみはひたすら実家への道を急いだ。


久しぶりに戻った実家。
帰るや否や、母が 「あんた、大丈夫やったん?」 とすごい剣幕で聞いてきた。

何事かと思ったら母が 「あんたしばらく行方不明やったやろ? うちのお父ちゃんといっしょにずっと心配してたんよ!」 と笑いながらきいてくる。

安倍なつみは、母の気づかいが嬉しかった。ああ実家っていいナー。
父も母も相変わらず元気で、安倍を温かく迎えてくれた。


あのときのままの自分の部屋。懐かしい気持ちになった。

部屋の掃除の途中、古いCDラックを見つけた。
未だに封を開けてない洋楽などがざっくばらんに収められていた。

その中で一枚のCD・・・ジュディ・マリーの 「小さな頃から」
思い出の曲、いや自分にとって運命の出会いとも言える曲だった。


イジメ。死のうと思ったあの日。
この曲が、この歌が、イジメのつらさから自分を救い出してくれた。

15歳の夢...歌は人の心を救うことができる。
人に勇気や感動を与えられる歌のすばらしさを知り、歌手への道を志したあの日。

その日、室蘭から実に3時間をかけて、札幌で行われることになっていたASAYANのオーディション会場へと向かった。


室蘭から札幌までの距離は、およそ130Km。
オーディション当日、自分のために仕事を休み、札幌まで車で送ってくれたお父さん。

「なつみ、オーディション頑張るんだぞ、お父さんも一生懸命に応援しているからな・・」


札幌会場での、盟友、飯田圭織との出会い!
それから、裕ちゃん、彩っぺ、そして明日香・・5人で全国各地を這いずり回り、手売りで5万枚のCDを完売した事が、モーニング娘。の全ての始まりだった。

デビュー曲 「モーニングコーヒー」 ではメインをどうしてもとりたいと悔し涙を流した自分。
矢口真里、保田圭、市井紗耶香。第2期メンバーとして知られる彼女たちとも、苦労を共にした。

売上げの落ち込みから、底知れぬ不安に眠れない日々もあった。
皆で励ましあう事で、さらに結束を高めた。それから、それから・・・。

全力でぶつかってきたこの8年間が、安倍の脳裏に走馬灯のようによみがえってきた。


そう、いつの日も自分はひとりぼっちではなかった。
ともに支え合い、励ましあってきたメンバーたちがいた。自分を応援してくれるたくさんのファンがいた・・。

涙があふれてきた。後から後から涙があふれ出て止まらなくなった・・。


ふと・・トントントン・・・
母がまな板で昼食をつくる音がした。みそ汁の野菜をきざむ包丁の音だ。

トントントン・・小気味良い野菜を切る音と心地よさそうな母の鼻歌が台所からきこえてくる。

久しぶりの娘の帰郷に、母親はいつになく上機嫌だったのであろう。


先ほどからテレビでは明日も天気がいいと言っていた。
窓の外を見る青空に浮かぶまっ白な雲。

安倍なつみは、力をグイッと入れて涙を拭いた。そして小さくささやいた。

「がんばろ・・・」

安倍なつみ、23歳の冬・・・。