小説モーニング娘。 第三十六章  「鏡の国のルシフェル」    


道重さゆみ生誕16周年記念連載小説 「鏡の国のルシフェル」


メイク用の鏡にチャーミングな美少女が映っていた。

「イ〜。ベェ〜。うっふん」
彼女は、鏡に向かって笑みを浮かべていた。どんな表情をしても彼女は可愛かった。

彼女の名前は、道重さゆみ。
人気アイドル集団として知られる、モーニング娘。の一員。

TV出演にステージ公演。ハードスケジュールの合間に、こうして鏡に向かう時間だけが彼女の唯一の息抜きだった。

あるドラマ番組の収録が終わったその日も、自宅の部屋で鏡を覗き込むことに夢中になっていた。

鏡に映った自分自分に感情移入することを心地よく感じているのであろうか。
鏡をみつめる彼女の目の輝きが明らかに違ってきている。


「!」  ・・突然、彼女の可愛らしい顔が歪んだ。

「鏡が・・しゃべった・・」

彼女の顔色は、驚愕の表情を表わしたまま、固まってしまった。

(失礼ね。あなただって、しゃべってるじゃないの)

「誰? あなたは一体!?」

(はじめまして、私の名はルシフェル。こちらの国の住人。どうぞよろしくね)

「そ、そんなこといわれても・・・」

(ホホホ、心配はいらないわ。私はあなたの願いを叶えに来たのよ。あなたは一番になりたいのでしょう?)

道重さゆみは、まるで異世界に迷い込んだかのような、奇妙な感覚にとらわれながらも、いつしか鏡の中の住人の言葉に引き込まれていった。


「エースになれるのですって!? 私が?」

(そう、あなたの願いはグループのエースとして、ステージで脚光を浴びることでしょう、違うかしら?)

「でも、どうやって・・・メンバーの中でエースの人はすでに決まっているし・・」

その異世界の住人は、口元に不気味な笑みを浮かべて言った。

(ホホホ、簡単なことよ。そのエースの方を消してしまえばいいのでしょう?)

「え?」

(そんなに驚くことはありませんわ。消してしまうといっても、銃を使ったり、事故をよそおうといった、発覚しやすい方法は使いませんもの)

「じゃあいったい、どんな方法で・・」

(決して不審をいだかれない方法、原因不明の病気で長期入院させるのです)

「原因不明の病気ですって?」

(そのエースの方に私の用意する薬を飲ませてほしいのです。命に別状はありませんが遅効性の毒薬ですの。
もちろん飲ませるにあたっては、あなたの手助けが必要になります)

「でも、もしやりそこなって失敗でもしたら、私までが破滅だわ」

(いいえ、あなたはただその薬を飲ませるだけでいいの。決して証拠は残らないわ。万事うまくいくことを保証してもよくってよ)

「薬を飲ませる・・たったそれだけでいいの?」

(そう、たったそれだけ。それだけでエースの座はあなたのもの・・)

エースの座は自分のもの・・
道重さゆみは、まるで暗示にかかったかのように、その言葉に惹かれた。

彼女は一瞬、自己陶酔したかのような表情を浮かべ、しばしの間沈黙した。
やがて意を決したかのように顔を上げると、鏡の中の住人に向かって言った。

「わかったわ、あなたの言う通りにやってちょうだい・・・」


窓辺で、ブルーとピンクの子猫が、なにやらささやいていた。

「あ〜あ、またご主人様の病気がはじまった」

「そうね、今日はいつもより症状が重そうだわ、さきほどから鏡に向かってずっと独り言をつぶやいているわね」

「あれがはじまると、キリがないんだよね。 『よし、今日も可愛い!」 だの 『私が一番』 だの 『エースの座は私のもの』 とか、えんえんと続くのだからね」

「でも、ご主人様もけっこう忙しいから、あれが唯一の息抜きになっているのかも知れないわね」

「それにしても、よく何時間も鏡に向かって、訳のわからない妄想を続けていられるものだね、やれやれ・・」