小説モーニング娘。 第七章「ふるさと」    

2ndシングル「サマーナイトタウン」リリースから2ヵ月後の8月5日、突然「中澤ゆうこ」のソロデビューシングル「カラスの女房」が発売された。
そう、中澤裕子の演歌歌手デビューである。

事務所側が嫌がる中澤を説得し、ごり押しの形で通したこの企画であったが、オリコン初登場17位、しかし演歌チャートではダントツの1位を獲得。
一方、絶好調の本体モーニング娘。は9月9日、3ndシングル「抱いてHOLD ON ME!」をリリース。結果はオリコン初登場「第1位」を記録!(9月21日付)。

続いて石黒、飯田、矢口の3人による新ユニット「タンポポ」のデビューシングル「ラストキッス」が11月18日にリリース。
これもオリコン初登場2位という好記録を達成し、絶好のスタートとなった。
さらに12月31日、第40回日本レコード大賞「最優秀新人賞」を受賞、 NHK「紅白歌合戦」に初出場する事になり、最高の形で最初の1年を締めくくった。

かっての「落ちこぼれ集団」モーニング娘。がついに音楽界の頂点に立ったのである。
1998年後半、モーニング娘。は完全に「社会現象」と化していたといえる。

もともと「モーニング娘。」は、優れた才能を誇るエリート集団ではなかった。
どちらかと言えば、磨かれたダイアモンドの原石のような集団である。
厳しいトレーニングと競争原理の中で磨かれていく過程自体が、ファンの注目を集めるという二重の効果を生み出していた。
ともすれば集団の中で埋もれてしまいがちな個性の育成も派生ユニットを活用する事により行なうことになった。

この派生ユニットという手法自体、アイドルでは「おニャン子クラブ」が既に実践しているが、幅広いファン層をターゲットとしたユニット展開の面では「モーニング娘。」に軍配が上がる。
中高年世代をねらった中澤裕子の演歌路線、ヤング・アダルト世代にもアピールできる「タンポポ」路線、後に結成される子供向けの「ミニモニ。」路線という使い分けは見事である。
幅広いファン層をカヴァーする戦略がなければ、その人気を長期にわたって維持し続ける事は至難の業である。
「おニャン子クラブ」が2年という短命に終わったのは、その派生ユニットが「アイドル」路線一辺倒に終始していたからであろう。