12月25日   青年の悩み相談室 (5)  春夏秋冬                    
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(質問)神が人間をお造りになられたのなら、どうして罪を犯すことのない完全な人間に造ってくださらなかったのでしょうか?
そうすれば、私たちは病気や災害などに苦しめられることもなく、幸福になれたのではありませんか?

(回答)人間は善と悪を併せ持つ存在であります。
神は人間をご自分のかたちに似せて造られました。

神が完全であるように、人間も完全無欠な存在として造られたのです。
すなわち完全無欠であるがゆえに、善も悪も内包しているのです。

エデンの園では、アダムとイブが善悪の樹の実を食べてから、善悪の区別ができるようになりました。
神は、人間の本来あるべき姿、善も悪も内包している魂にするために敢えて善悪の樹の実を食べさせたのです。

神は、人間に選択の自由を与えたのです。善を選ぶ自由もあれば、悪を選ぶ自由もある。
悪を選べば当然、神の期待に背くことになる。神に背く、すなわち罪を犯す自由も人間に与えたのであります。

病気や災害などの迷いの現象は、あなた自身が創造主としてこの地上に顕現させたものです。
しかし、この地上で苦しみを受けることは、人にとって自らの魂を磨く機会ともなりえるのであります。



(質問)前回、前世と現世のお話がありましたが、それでは人間はなぜ生まれ変わるのでしょうか?

(回答)人間は、罪の解消のために生まれ変わるのであります。
罪の無い生き方とは、神の視点で評価される方向に進んでゆくことです。

人間は神の似姿に創造されたのですから、神の摂理に沿って生きることが人間の使命なのです。

神はアダムとイブをエデンの園に住まわせました。

エデンの園は、時間や空間に支配された地上の世界でありました。
神はその地上世界に、調和ある善と美の世界をもたらすため、二人を人類の祖として下したのです。

しかし、人は神の御心に反して、罪の道を選びとったのです。

私たち人間の祖先は楽園を追放され、荒れ野に暮らすことを余儀なくされました。
その後、人類は苦渋に満ちた日々をおくり、死から逃れられない存在となったのです。

人類の潜在意識にこびりついた罪の意識、これを「原罪」と申します。
私たちはこの原罪の意識が消滅するまで、何度も転生を繰り返すのであります。

エデンの園は、人の故郷であり、人が本来戻って行くべき場所の象徴です。
エデンの園の状態にもう一度回帰し、神の祝福の状態が与えられることこそが、人間の最終目標なのであります。

しかし、この楽園に回帰するという願望は常に痛みを伴っています。
それは神に逆らって「善悪の樹の実」を食べてしまった、罪を犯してしまったという「迷い」からくるものであります。