暁の脱走 1950年(昭和25年) 邦画名作選
舞台は戦争末期の中国戦線。
敵の捕虜となり軍へ送還されて来た三上上等兵と慰問団の春美は、いつしか激しい恋に落ちる。
だが横恋慕する上官の策略で、三上は軍法会議にかけられてしまう。
三上と春美は、自由を求めて軍からの脱走を決意するのだが…。
田村泰次郎の「春婦伝」を題材に、黒澤明が脚色、谷口千吉が映像化した反戦映画。
山口淑子の役柄は、脚本では従軍慰安婦だったが、GHQの検閲により慰問歌手に変更された。
もともとの原作の意図は、従軍慰安婦を通じて、軍隊の独善性と非人間性を描くことであった。
だが検閲により、軍隊の理不尽な抑圧を受けた慰安婦という視点が決定的に欠落してしまった。
そのため谷口監督は、極限状況での愛に命をかける二人を軸に、ラストの砂漠への逃避行、
そして壮絶な死の場面など、力強い演出で軍国主義への怒りを浮き彫りにしている。
非人道的な軍の実態を、戦後初めて告発した作品であり、以降の反戦映画に大きな影響を与えた。
製作 新東宝
監督 谷口千吉 原作 田村泰次郎
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配役 |
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三上上等兵 |
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池部良 |
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百合 |
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利根はる恵 |
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春美 |
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山口淑子 |
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上官 |
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小沢栄 |
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薫 |
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若山セツ子 |
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中隊長 |
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清川荘司 |
池部良と山口淑子
池部良は、立教大学卒業の1941年(昭和16年)に東宝に入社。
だが翌年、軍隊に召集され、中国山東省に出征。その後南方戦線へと赴く。
そこで死線をさまよい、九死に一生を得て、1946年(昭和21年)無事帰国を果たした。
帰国後、東宝に復帰した池部は、山口淑子と共演で「暁の脱走」を撮ることに。
「山口さんって誰?」と、マネージャーに聞いた池部。
「知らないの。李香蘭だよ」との答えに、池部は驚きの声を上げた。
長年にわたって、中国の女優、李香蘭に憧れ、恋心さえ抱いていたからだ。
はじめて対面した池部は、いきなり山口から声を掛けられる。
「三上上等兵さん、そんな長い髪の毛、早く切っちゃいなさいよ」
憧れの人を目の当たりにした池部は「声がきれいで、唇も桜の花びらのようだった。
あまりの感動に、あやうく失神しそうになった」と、後の自伝に記している。
映画は、実人生でも戦争に深く翻弄された池部良と山口淑子の熱演が光る一篇である。