下町(だうんたうん) 1957年(昭和32年) 邦画名作選
終戦から四年。矢沢リヨ(山田五十鈴)は、茶の行商をしながら、夫が戦地から帰るのを待っていた。
ある日リヨは、川沿いの小屋に住む復員兵の鶴石(三船敏郎)と知り合う。
リヨと鶴石は親しくなり、リヨは子供を連れて三人で浅草に遊びに出かける。
帰りに雨に遭い、小さな旅館に泊まることにした。そしてその夜、リヨは鶴石と結ばれる。
だが二人の冬の陽だまりのようにささやかな幸せは、思いもかけない形で突然絶たれてしまう。
ある日リヨのもとに、鶴石がトラック事故で亡くなったという知らせがもたらされる。
最後、リヨは子供と二人、とぼとぼと荒川土手を歩いて去ってゆく。
その後、彼女の夫が無事に帰ってきたかどうかは分からない。
1949年(昭和24年)小説新潮に掲載された林芙美子の同名小説の映画化。
戦後の混乱期、夫の復員を待ち行商で暮らしを立てるリヨと、復員兵の鶴石との出会いは、
二人にとって、孤独で寂しい暮らしの中で見つけたささやかな心の触れ合いと喜びだった。
だが二人の関係は、鶴石の事故死という急転直下の悲劇で幕を閉じ、観る者に深い喪失感を感じさせる。
打ちひしがれるリヨだが、それでも日銭を稼ぐために、休む間もなくまた行商に廻らねばならない。
救いのない悲惨な物語だが、おそらく終戦後の日本には、何百何千のリヨがいたことだろう。
この作品が、静かに語りかけるのは、戦争に翻弄されながらも、不平も言わず逞しく生き抜いてゆこう
とする彼女たちへの深い同情と励ましである。
製作 東宝
監督 千葉泰樹 原作 林芙美子