紀ノ川   1966年(昭和41年)     邦画名作選

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明治32年、22歳の春を迎えた紀本花(司葉子)は、紀州の旧家真谷家に嫁ぐ。

当主の敬策(田村高広)は、帝大卒、24歳の若さで村長の要職にあった。

真谷家に嫁いだ花は、自己を滅却して夫に仕え、家を盛り立てていく。

愛も結婚もここでは個人単位ではなく、すべて家が単位だった。


花は、父権的「家」制度下においても、個人の自我を保つことのできる女性であった。

夫の敬策の出世の基盤となった紀ノ川の治水事業の背景には、花の助言があった。

夫を後ろで支えているように見えて、その実したたかに実権を握っていたのである。

花が「家」制度を守る根底には、子を産み、立派に育てる強い意志が流れている。

世代を累々と繋ぐ意志は、花から娘の文緒、さらに孫の華子へと継承されてゆく。


物語の冒頭、豊かに水をたたえる紀ノ川を、嫁入り船が悠然と行くシーンで始まる。

本作には、川の情景が数多く登場し、紀ノ川がもうひとつの主役という印象を残す。

悠々と流れる母なる大河は、親から子、孫へ連綿と継承される生命を象徴している。



1959年(昭和34年)女性誌「婦人画報」に連載された有吉佐和子の同名小説の映画化。


当初、岡田茉莉子が主演に予定されていたが、司葉子が原作者の有吉佐和子と個人的に
親しかったことから、有吉の推薦により、司の主演が実現した。


司が扮するヒロイン花は、22歳で紀州の旧家に嫁ぎ、娘を育てながら、一家の栄枯盛衰と
明治・大正・昭和と移り変わる日本の流れを見つめ、悠揚と生きた女である。

22歳から72歳までの女の一生という難役を、司が控え目ながら内に情熱を秘めた演技で好演。


とりわけ若さを匂わせる娘時代よりも、長女(岩下志麻)、孫(有川由紀)を産み育て、
白髪を増した老女になってからの演技に、気品と威厳を漲らせていた。


司はこの年、キネマ旬報主演女優賞、ブルーリボン主演女優賞など、四つの女優賞を独占。

本作は彼女の、13年間に及ぶ女優生活の集大成とも言うべき作品となった。





 
 製作  松竹

  監督  中村登   原作  有吉佐和子

  配役   司葉子       文緒 岩下志麻 真谷浩策 丹波哲郎
      真谷敬策 田村高広       華子 有川由紀 ウメ 岩本多代
      政一郎 中野誠也       豊乃 東山千栄子 沢村貞子

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