岸辺のアルバム 1977年(昭和52年) ドラマ傑作選
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田島則子(八千草薫)は、夫と2人の子供を持つごく普通の主婦である。
夫・謙作(杉浦直樹)は大手商社の部長、娘・律子(中田喜子)は有名私立の女子大生。
そして息子・繁(国広富之)は、大学受験を目前に控えた高校生だ。
多摩川沿いの一戸建てに暮らす一家は、平穏無事を絵に描いたような存在であった。
専業主婦の則子の日々は、炊事、洗濯、掃除、買い物で明け暮れる。
家族が揃うことは滅多になく、夕食も独りで済ますことが多い。
そんなある日、則子のもとに、見知らぬ男性(竹脇無我)から電話がかかってくる。
最初、市場調査を装っていた男の話は、回を追うごとに誘惑の色を帯びてくる。
「こんな情熱を引き出してくださったのは、奥さんなんです。
電話だから言えるんですが、奥さんの美しさなんです」
本作は、1974年実際に起きた多摩川決壊をモチーフにしたホームドラマ。
一見幸福そうな家族が崩壊に進む過程をシリアスに描いた衝撃作である。
電話が一家に一台だった当時、家庭におけるその存在感は大きかった。
ドラマの中の電話は、非日常的な事件を引き起こすきっかけとなっていた。
則子は、見知らぬ男性からかかってきた一本の電話を発端に、定期的に会話を
楽しむようになり、喫茶店で会うようになる。
そこで語られるクラシック音楽や絵画の話題こそ、まさしく則子にとって
非日常的な出来事であった。
やがて二人は、互いの家庭を壊さないという約束のもと、ラブホテルに通うようになる。
商社マンの夫・謙作は、会社が危機に陥ったため、東南アジアから入国させた女性を
クラブへ斡旋するという仕事に手を染めざるを得なくなる。
秀才であり、それを誇りにも感じていた娘・律子は、交際していたアメリカ人に
裏切られ、レイプ・中絶を経験する。
息子の繁は、そんな家族の秘密を知って、ドラマの終盤で一気にぶちまける。
これまでテレビドラマで描かれることのなかったこれらの非日常的な出来事は、
多くの視聴者に衝撃を与えた。
最終回、彼ら家族の家は、多摩川の決壊による濁流で押し流されてしまう。
壊れゆく家からたった一つ持ち出せたのは、家族の平穏な歴史を収めた
一冊のアルバムだけだった。
物質的にも、精神的にも多くのものを失い、再び否応なく家族として生きて
行かざるを得なくなった4人の後ろ姿が映しだされる。
そして彼らの後ろ姿に、エンディングのテロップが流れる。
「これが3年前の田島家の姿である。そして今、この4人がどんな幸せの中にいるか、
どんな不幸せを抱えて生きているかは、みなさんの想像にゆだねることにする…」
家族とは何かという問いに、最後まで安易な答えを与えない、きわめて冷徹な結末であった。
(制作)TBS(原作・脚本)山田太一
(配役)田島則子(八千草薫)田島謙作(杉浦直樹)田島律子(中田喜子)田島繁(国広富之)北川徹(竹脇無我)
堀先生(津川雅彦)秋山絢子(沢田雅美)沖田信彦(新井康弘)篠崎雅江(風吹ジュン)丘敏子(山口いづみ)
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