その前夜   1939年(昭和14年)     邦画名作選
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京都三条の宿・大原屋は、昔は繁盛していたが今ではすっかり暇になっている。

唯一の客といえば、長逗留している武士・滝川仙太郎(河原崎長十郎)ひとり。

彼は、武士でありながら、絵が描きたいばかりに禄を離れた変わり者である。


宿の主人・彦兵衛も、家業は女房と娘のおつう(高峰秀子)に任せ切り。

長女で芸者のお咲(山田五十鈴)は、滝川に秘かに恋心を抱いているようだ。


倅の彦太郎(中村翫右衛門)は、新選組の隊士相手に、ある時洗濯屋を始めた。

男手ばかりの新選組に重宝がられて、なかなか繁盛しているらしい。

ある日滝川は、その彦太郎から新選組による池田屋夜襲の情報を知らされる…。




1938年、中国戦線で戦病死した山中貞雄の遺稿「三條木屋町」を萩原遼が映画化。

新選組の池田屋襲撃事件(1864年)を、斜向いの旅館・大原屋の人々の視点で描く。


本作が公開された昭和14年は、日中戦争が本格化し、米や生活必需品の配給制など
戦時経済体制が強化された時期であった。

この戦雲濃厚な時代と幕末とを重ね合わせ、日々平穏に暮らしたい一市民でさえ、
否応なく戦乱の渦に巻き込まれていく時代の様相が暗示的に示されている。


本作は、戦陣の中を疾駆し、惜しくも病死せる山中貞雄に対する追悼の情やるかたなき
彼の愛弟子・萩原遼が演出し、故人に育てられた前進座一党の総出演となった。

山中が赤紙一枚で戦地へ連れ去られた事に対する、彼ら映画人の恨みが籠った作品であろう。


 
 
 製作   東宝

  監督   萩原遼  原作 山中貞雄

  配役    滝川仙太郎 河原崎長十郎 お咲 山田五十鈴
      彦兵衛 助高屋助蔵 おつう 高峰秀子
      おまさ 清川玉枝 茂木庄兵衛 市川莚司
      彦太郎 中村翫右衛門 松永恭平 市川扇升

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