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1963年初春。山紫水明の地、芙蓉鎮では市が立ち町は賑わっていた。
中でも米豆腐を売る胡玉音の屋台は大繁盛だった。

国営食堂の女支配人・李国香は胡玉音の屋台の賑わいを苦々しく思っていた。
李国香は食料管理所の主任・谷燕山に米の特配を頼むのだが、なかなか相手
にされなかった。

それでいて谷燕山は胡玉音には米豆腐の原材料のくず米をまわしていた。
胡玉音は夫と二人で家畜のえさにしかならないくず米を夜遅くまでかかって
臼で挽き、おいしい米豆腐づくりに精を出す毎日だった。

そんな働き者の胡玉音は、土地改革を担当している怠け者の王秋赦から土地を
買い取り、新しい家を建て、今は盛大な新築祝いの真っ最中だった。


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【第八課 第二節】

每圩必来的主顾中,有个怪人值得特别一提。
这人外号 「秦癫子」,大名秦书田,是个五类分子。

秦书田三十几岁,原先是个吃快活饭的人,当过州立中学的音体教员,
本县歌舞团的编导,一九五七年因编演反动歌舞剧,
利用民歌反党,划成右派,被开除回乡生产。

次日、「运动根子」 王秋赦敲着铜锣一路走过青石板街径直来到秦书田家。

王秋赦 :  癫子。通知五类分子晚饭后到广场上集合。
秦书田 :  是。是是。

王秋赦 :  干什么呢,这么多烟?
秦书田 :  我弄点饭吃。

王秋赦 :  (向秦书田要香烟) 哎,来一根。
秦书田 :  要不,您先抽抽这个?

王秋赦 :  快通知,快通知!
秦书田 :  是。

这时、芙蓉镇政府办公室,李国香的舅舅,县委书记杨民高主持镇上干部会议。
室内气氛紧张,党支书记黎满庚、粮站主任谷燕山等与会者的神情十分严肃。

杨民高的眼睛停留在手中的笔记本上,上面画着胡玉音、谷燕山、黎满庚、
秦书田等 「反党小集团」 草图。他打着半官腔开始讲话。

杨民高 :  你们这里地处三省交界,情况复杂呀。
               不少社员弃农经商,破坏市场,扰乱人民公社的集体经济。

               我们这些干部,对这些现象,是怎么认识的呢。
               再说芙蓉镇历来是政治运动的死角,这次县委是下了最大的决心了,啊?


会议结束后,在芙蓉镇政府吊脚楼露台上。

杨民高 :  国香,你来芙蓉镇日子也不少了,终身大事怎么样了?
李国香 :  (不情愿地) 这儿的男人,我一个也看不上。

傍晚在广场上,黎满庚和王秋赦召集镇上五类分子训话,
五爪辣带着孩子在一旁收晒好的谷子。

王秋赦 :  黎书记,集合好了。
黎满庚 :  好。秦癫子!

秦书田 :  有!
王秋赦 :  快!

秦书田 :  全体起立!报告上级,芙蓉镇上五类分子全部集合完毕。
黎满庚 :  都到齐了?

秦书田 :  是。
黎满庚 :  点名!

秦书田 :  是! (从自己开始点名) 右派秦书田。有。地主张鸿德。
张鸿德 :  到。

秦书田 :  地主张姚忠。
张姚忠 :  到。

秦书田 :  坏分子田智芬。
田智芬 :  到。

秦书田 :  富农刘德启。
刘德启 :  是。

秦书田 :  反革命王精诚。
王精诚 :  有。

秦书田 :  富农,李富贵。
李富贵的孙子: 到!

黎满庚 :  嗯,李富贵呢?

当喊到一个富农分子的名字时,一声稚嫩的 「有」,来自角落。
上前来的是个十一、二岁的小娃子。

黎满庚有些奇怪,十一、二岁的小娃子解放以后才出生的,怎么会是富农分子?
秦癫子连忙代为汇报。

秦书田 :  报告上级,富农分子李富贵今天下午三点二十九分突然吐血不止,
               不能亲自前来,由其孙子顶替,听候指示回去传达。

五爪辣 :  (边收谷子边满腹牢骚地) 造孽呀。
                阶级斗争,看样子,哼,起码要搞三代了。

黎满庚 :  都回去吧,回去以后都要老老实实,不许乱说乱动。解散!

王秋赦 :  快走,快走,快快快。走了走了。

黎满庚 :  秦癫子!
秦书田 :  有!

黎满庚 :  上次,写标语的材料还有吗?
秦书田 :  报告上级,还有。

黎满庚 :  在那边的墙上再写一条标语,写...我回去看看文件,呆会儿你过来抄。
秦书田 :  是是是。哎,报告上级,今天的标语是写仿宋体,还是等线体?

黎满庚 :  (犹豫片刻后) 嗯,上回怎么写的,这回就怎么写。
秦书田 :  是,保证完成任务。

秦书田当过中学教员,又任过县歌舞团的编导,因而琴、棋、书、画也拿得起。
所以需要在墙上刷大幅标语的时候,大都出自他的手笔。

「千万不要忘记阶级斗争!」

解散后,秦书田拿起排笔修正了自己写在墙上的标语后,
满意地对在一旁观看的小孩子说。

秦书田:哎, 怎么样?


原王秋赦的宅基地,胡玉音和黎桂桂用竹尺丈量土地。 这时,谷燕山路过。

胡玉音 :  谷主任,王秋赦把这片宅基地卖给我们了,我们想在这里盖两间新屋。
谷燕山 :  ···嗯。

国营食堂门口,李国香送即将离开芙蓉镇的舅舅。

女国营服务员:  您擦把脸。
李国香 :  噢,算了。

男国营服务员:  慢走,慢走。

两人单独走时,李国香不失时机地探问。

李国香 :  舅舅,我调动工作的报告怎么还没批下来? 你是县委书记,也不帮我催一催。
杨民高 :  调令很快就下来,让你去县商业局当科长。
 
这年秋末,国营饮食店的女经理, 李国香调走了,当了县商业局科长了。
镇上的居民都松了一口气,好像拨开了悬在他们头顶上的一块铅灰色的阴云。


转眼就是一九六四年的春天。
本镇居民的注意力都被一件事情吸引去了:摆米豆腐摊的胡玉音夫妇即将落成新楼屋了。

胡玉音两口子却为了这新楼屋请人描图、备料,请木匠泥匠,忙了一冬一春,都瘦掉了一身肉。
逢圩赶场的人却讲,「芙蓉姐子」 人瘦点,倒越发显得水灵鲜嫩了。

那年三月, 新楼屋终于盖起了,一色的青砖青瓦,雪白的灰浆粉壁。
临街正墙砌成个洋式牌楼,水泥涂抹,划成一格格长方形块块,给人一种庄重的整体感。

在庆祝新楼落成的那天早上,门口就响起了噼噼啪啪的鞭炮声,有五百响的,把芙蓉镇吵醒了。
红漆大门洞开,贴着一副惹眼醒目的红纸金字对联。

上联:勤劳夫妻发社会主义红财。 下联:山镇人家添人民公社风光。横联:安居乐业。
不用说,这副对联是出自秦书田的手笔。

整整一上午,亲戚朋友,街坊邻里,同行小贩,来 「恭喜贺喜」 的,
送镜框匾额、送 「红包」、打鞭炮的络绎不绝。

谷燕山 :  哎,挺好的。
黎满庚 :  喝茶,喝茶。

镇民们 :  这新屋子就是亮堂哇。

中午一时,人客到齐,新楼旧铺,摆下了十多桌酒席,济济两堂,热闹非凡。
老谷主任、满庚支书、税务所长、供销社主任等镇上的头面人物,坐了首席。

满面红光却又是一脸倦容的胡玉音拉着满庚哥说道。

胡玉音 :  等拆了老屋,我和桂桂想收养一个孩子,到时候要请大队上给我们做主哇。
黎满庚 :  好。做主。

胡玉音 :  谷主任,到时候,让孩子认你一个干爹呀?
谷燕山 :  (半开玩笑地)认了干爹,粮站再卖给你们碎米谷头子,人家要说闲话了。

胡玉音听罢假装生气,将谷燕山嘴上的香烟夺下,谷燕山见状机智地改口。

谷燕山 :  哎哎哎,笑话笑话。干爹要当,人财两旺嘛。

胡玉音听罢将香烟重新还给谷燕山。

谷燕山今日兴致特别高,第一轮酒喝下肚,在大队党支部书记黎满庚的催促下,
他端着酒杯站起,来了段即兴祝辞。

谷燕山 :  同志们! 今天,咱都和主人一样高兴,来庆祝这幢新楼房的落成!
               一对普通的劳动夫妻,靠了自己的双手,积蓄下款子,能盖这么一幢新楼房,
               说明了什么问题呢?  劳动可以致富,可以改善生活。

               咱不要苦日子,咱要过幸福生活。
               这就是社会主义制度的优越性,咱共产党领导的英明!

在会场上,大家对于这席祝酒词,不是报以热烈的掌声,而是报以笑声、叫好声,杯盏相碰的叮当声。

当然,也有少数人在心里嘀咕,家家住新屋,过好日子,就是共产主义?
可如今上头来的风声很紧,好像阶级和阶级斗争,才是革命的根本,才是通向共产主义的路径。

接着下来,镇税务所长也举起酒杯讲了几句话。
当他提议祝新楼屋的主人早生贵子、人丁兴旺时,获得了满堂的喝彩、叫好。



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【注 釈】

【五类分子】 wǔ lèi fèn zǐ
在 「以阶级斗争为纲」 时期的阶级划分。
即地主分子、富农分子、反革命分子、坏分子和右派分子。

1949年建国前后,在土改运动中被定为地主、富农和在镇反运动中被定为反革命、
坏分子的人,在社会上被简称为 「四类分子」。

1957年以后,加上整风反右运动中的右派,号称 「五类分子」。
他们从出生之日起便被打上了 「反动阶级的烙印」,和他们的祖辈一起沦为阶级斗争的对象,
在升学考试、入团入党、毕业分配、招工参军等方面受到严重歧视。

1978年12月,中共十一届三中全会在北京举行。
全会果断地停止使用 「以阶级斗争为纲」 的口号,确立了改革解放思想。
以后,审查和解决了建国以来的冤假错案,给 「五类分子」 平反与摘帽。
不仅使人从被侮辱、被歧视的状态中重新恢复了做人的尊严。

五類分子 (ごるいぶんし)
1949年の建国の前後に、一般に反動分子とみなされた地主•富農•反革命分子•悪質分子
•右派分子の五種類の階層をいう。

出身のみの理由でいっさいの市民権を剥奪され、就学、就職、入党、従軍など常に
社会的差別の対象となった。
その影響は彼らの子弟から一族郎党にまで及んだ。

1978年12月、第11回中共三中全体会議において改革開放思想が確立。
人は学習•教育によって進歩するものであり、出身によって差別すべきではないという事になり、
誤まった考えとして批判された。

【阶级斗争起码 qǐ mǎ 要搞三代了】
階級闘争は三代も続けにゃならんのか。起码 (=至少)

【等线体】 děng xiàn tǐ  (=Gothic typeface)
笔划粗细一致的字体。一般为方形字, 横平竖直, 结构端正, 起落整齐, 撇捺略成弯曲。

【也不帮我催一催】
ちょっと催促してくれない?
也不 (=by all means   一定,务必, 千方百计)
<用例> 我新买的迷你裙怎么样,好看吗? 你也不看看你多大了。
(このミニスカどう、似合うでしょ? おまえ歳を考えろ)

【到时候要请大队上给我们做主】
そのときは生産大隊で宜しく取り計らってちょうだい。
做主 (=対某项事情负完全责任而做出决定)
<用例> 好吧, 一切由我做主。(わかった、全部オレにまかせろ)

【粮站再卖给你们碎米谷头子】
そのうえ食管がくず米まで売ってやると。 再 (=还有, 另外加上)

【上头来的风声很紧】
指導幹部から伝わった情勢は厳しい。
上头来的风声 (=从领导传来的消息)

【人丁兴旺】 rén dīng xīng wàng
(=形容子孙后代人很多) 子々孫々家が栄える。

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【口語訳】

市の日に必ず来る常連客の中に、特に説明しておきたい変わった人物がいる。
「ボンクラの秦」 というあだ名で呼ばれているが、本名は秦書田  (チン・シューティエン)  といい、
五類分子の一員だった。

秦書田は三十数歳、もとは州立中学の音楽体育教員や、この県の歌舞団の脚本・演出家をつとめ
悠々自適の生活を送っていたのであるが、1957年に、反動的な歌舞劇を制作公演し、
民謡を利用して党に反対したというので、右派分子と認定され、歌舞団から除籍のうえ
帰郷して生産に従事するよう命ぜられたのだった。

さて市の翌日、「運動の核」 王秋赦 (ワン・チウシャー) は石畳の通りを銅鑼をたたきながら、
まっしぐらに秦書田の家にやって来た。

王秋赦 :  おい、ボンクラ。反動の 「五類分子」 の連中を晩めしの後広場に集合させろ。
秦書田 :  はっ。すぐに。

王秋赦 :  何だ、この煙は?
秦書田 :  はあ、食事の支度でして。

王秋赦 :  (秦書田にタバコを求める) おい、タバコくれや。
秦書田 :  よろしかったら、これを吸ってください。

王秋赦 :  早く知らせに行ってこい!
秦書田 :  はっ。

そのころ芙蓉鎮の政府事務室では、李国香 (リー・クオシアン) の叔父で
県委書記の楊民高 (ヤン・ミンカオ) が幹部会議を主宰していた。

室内の雰囲気は緊迫して、党支部書記、黎満庚 (リー・マンコン)、
食料管理所主任、谷燕山 (クー・イェンシャン) ら参加者の表情は厳粛そのものである。

楊民高の目は手元のメモに注がれていた。
そこには町の 「小集団」 相関図が書かれており、胡玉音 (フー・ユーイン)、谷燕山、黎満庚、
秦書田らの名前が記されている。 彼は半ば役人口調で語り始めた。

楊民高 :  この町は三つの省の境界にあって事情はなにかと複雑だ。
               このところ多くの公社員が農業を捨て勝手に商売をはじめ市場は混乱、
               人民公社の集団経済は崩壊の危機に瀕しておる。

               ここにいる幹部の諸君は、こうした状況をどうとらえているのか?
               しかもこの芙蓉鎮は、かねてから政治運動の死角になっている。
               そこで県委員会も改革に本腰をいれたいと考えているのだ。


会議終了後、芙蓉鎮政府の高床式家屋のベランダの上。

楊民高 :  国香よ、ここへきて長くなるが結婚はまだなのか?
李国香 :  (気の進まぬ様子で) ダメな男ばかりだわ、この町は。


夕刻広場では、黎満庚と王秋赦が町の五類分子を招集して訓話会を実施していた。
黎満庚の嫁、五爪辣 (ウー・チャオラー) はかたわらで乾いたアワをせっせと集めている。

王秋赦 :  黎書記、みんな集合しました。
黎満庚 :  よし。ボンクラの秦!

秦書田 :  はっ!
王秋赦 :  早くやれ!

秦書田 :  全体起立!報告します。五類分子、全員集合しました。
黎満庚 :  全員か?

秦書田 :  はっ。
黎満庚 :  点呼だ!

秦書田 :  はっ! (まず自分を点呼する) 右派の秦書田。はい!  地主の張鴻徳!
張鴻徳 :  はっ。

秦書田 :  地主の張姚忠!
張姚忠 :  はっ。
秦書田 :  悪質分子の田智芬。
田智芬 :  はい。

秦書田 :  富農の劉徳啓!
劉徳啓 :  はっ。
秦書田 :  反革命の王精誠。
王精誠 :  はい。

秦書田 :  富農の李富貴。
李富貴の孫: はい!

黎満庚 :  んっ、本人は?

ある富農分子の名前を呼んだ時、「はい」 という幼い声が隅の方から聞こえた。
前に出てきたのは十一、二歳の子供である。

十一、二なら解放後の生まれなのに、富農分子とはどういうわけだ、といぶかる黎満庚に、
ボンクラの秦があわててそばから説明する。

秦書田 :  報告します。じつは富農の李富貴は今日の午後三時二十九分に突然吐血し自ら来ることができません。
               それゆえ指示された事項は孫が伝えます。

五爪辣 :  (アワを集めながら、不平いっぱいに) ふん、あきれたね。
                階級闘争とやらを孫にまで押しつけてさ。

黎満庚 :  帰ってよし。今後とも行動をつつしむように。よし解散だ。
王秋赦 :  ほら、さっさと歩いて帰れ。

黎満庚 :  ボンクラの秦!
秦書田 :  はっ!

黎満庚 :  以前書いたスローガンのペンキはまだ残ってるか?
秦書田 :  残っております。

黎満庚 :  向こうの壁にまた書いてくれ。スローガンは後で資料を調べて決めるから写しにこい。
秦書田 :  はい、まいります。それで ・・・ 文字は明朝体、それともゴシックにしますか?

黎満庚 :  (しばらく考えて) うむ、前と同じでいい。
秦書田 :  はっ、ご命令どおりに。

秦書田は中学教員を勤めた後、県の歌舞団で脚色演出を担当した男だから、楽器や囲碁、書画もお手のものだった。
そこで壁の上などにスローガンを大書しなければならない場合、たいていは彼が筆を振るうのである。

「階級闘争を決して忘れるな!」

秦書田はハケを振るって壁の上にスローガンを仕上げたあと、そばで見ていた子供に対して自慢そうに言う。

秦書田 :  できたぞ。どんなもんだい?


胡玉音と黎桂桂 (リー・クイクイ) の夫婦は、竹の物差しで王秋赦から購入した敷地を測量していた。
そこへ、谷燕山が通りかかった。

胡玉音 :  谷主任、この土地、王さんから買ったの。私達ここに新しい家を建てるつもりよ。
谷燕山 :  ・・・ そうか。


国営食堂の入口。李国香が間もなく出立する叔父を見送ろうとしている。

国営店員女: おしぼりで顔をお拭きになってください。
李国香 :  ああ、いいから、気をつかわないで。

国営店員男: いってらっしゃい。

二人きりになった時を見計らい、李国香は叔父に何やら聞き出そうとする。

李国香 :  叔父さん、私の転勤、なぜ認可されないの? 県の書記の権限で、なんとかしてよ。
楊民高 :  もうすぐだよ。おまえは県商業局の科長だ。

その年の秋も終りになって、国営食堂の女支配人、李国香は転勤となり、県商業局の科長に就任した。
町の住民たちは一様に、頭上に垂れこめた鉛色の雲が去ったかのように、大きく息をついた。

そしてまたたく間に1964年の春がめぐってきた。
町の住民の関心はある出来事に集中していた。
すなわち米豆腐の屋台を出している胡玉音夫妻の新家屋が間もなく落成するということに吸い寄せられていたのである。

胡玉音夫婦はといえば、新家屋の図面を引いてもらったり、資材を手配したり、大工や壁塗りを頼んだり、
冬から春のあいだ大忙しで、体までやせ細った。

だが市に出かけた人々は、「芙蓉姐さん」 は少しやせたことで、ますますみずみずしくなったと話していた。

その年の三月、新家屋はついにできあがった。
かわらもレンガも青一色で、壁はしっくい塗りの真っ白なものだった。

通りに面した正面の壁は洋式の装飾になっていて、セメントを塗って、長方形の升目に区切ってあり、
全体的に荘重な感じを与えている。

新築祝いの日の朝、新家屋の入り口は、五百連発のパチパチという爆竹の音が鳴り響き、
芙蓉鎮の町はおのずとたたき起こされてしまった。
開け放たれた門には、人目を引くように紅地に金文字の対聯が張ってある。

対聯の上の句は: 勤勉な夫婦、社会主義によりて財を得、
対聯の下の句は: 山の住人は、人民公社に光を添える。 横聯は: 安らかに暮らし楽しく働く。

言うまでも無く、この対聯は秦書田の手筆によるものであった。

午前中ひっきりなしに親戚友人やら隣近所の者やら同業者やらが掛け軸やご祝儀をもち、
また爆竹を鳴らしながらお祝いに来た。

谷燕山 :  おっ、なかなかいい家だな。
黎満庚 :  どうぞ、お茶をどうぞ。

住民たち:  新しい家は広々として明るいな。

午後一時、お客は全員揃い、新屋と旧屋にびっしりと並べられた十数卓の酒席は異常な賑わいをみせた。
谷主任、黎満庚支部書記、税務所長、購買組合主任など町の主だった人物が主賓席に座っていた。

すでに顔じゅう赤みがさしているが疲れ気味にみえる胡玉音が黎満庚の手をひっぱりながら言う。

胡玉音 :  古い家を処分したら養子をとるの。その時は許可してよね。
黎満庚 :  ああ、いいとも。

胡玉音 :  谷さん、その時は養子の父親役お願いよ。
谷燕山 :  (冗談半分で) 父親役の上に、くず米まで回したら人のウワサになるぜ。

それを聞いた胡玉音は怒るふりをして、谷燕山の口からたばこを奪ってしまう。
谷燕山はあわてて口裏を返して言う。

谷燕山 :  おやおや、冗談だよ。父親役は務めるよ。ともかく家と子供、めでたい話だ。

胡玉音はその言葉を聞くや、たばこを再び谷燕山の口に返す。

谷燕山は、きょうは特別上機嫌だった。
一巡目の酒を飲み干すと、大隊支部書記の黎満庚にうながされて、杯を持って立ち上がり、即興の祝辞を述べた。

谷燕山 :  同志諸君! 今日、わしはこの家の者と同じ喜びを抱いて新築のお祝いにやって来た。
          ごく普通の夫婦が自分の両腕に頼って、金をたくわえ、こういった家を新築したこと、
               これは何を意味するか。働けば豊かになれるし、生活を改善することができるということだ。 

               我々は苦しい生活はいらん、幸せに生きなければならん! 
               これこそ社会主義の優越性であるし、共産党のすぐれたところだと思う。

会場では、皆この祝辞に対して、拍手でこたえるのではなく、笑い声や、いいぞという掛け声、
杯のぶつかりあう音でにぎやかに応えた。

もちろん、いくらかの人間は内心でぶつぶつ言っていた。
どの家も家を新築していい暮らしをするのが共産主義だって? 

しかし今のところ上から吹いてきた風はそんなになまやさしくはなかろう。
階級と階級が戦うことが革命の根本であり、そうすることで共産主義の道が
開けるのではなかろうかといったことらしい。

つづいて税務所長も杯をあげて、一言あいさつした。
税務所長が、新しい家の夫婦が早く子宝を生み、家族が増えるようにと祝杯をあげたときには、
その言葉を待ってましたとばかり満場の喝采を博したのだった。