1月16日  パンドラの箱   (Pandora's Box)    コラム (緑黄色野菜)                  
直線上に配置

パンドラは最初の人間の女性で、その名前の意味は「すべてを与えられた」である。

神々は彼女に多くの贈り物を与えた。

アテナは知恵を、アフロディテは美しい肉体を、アポロンは美しい歌声を与えた。


そしてヘルメスは美しい彫刻を施した箱を与え、決して開けてはいけないと言った。

しかしパンドラは誘惑にまけて、その箱をあけてしまう。

パンドラが箱を開けると、病気、飢え、貧困、貪欲、憎悪、嫉妬、復讐、怒り、悲しみなど、あらゆる人間の災いが飛び出した。

あわてて蓋を閉めると、「希望」だけが中に閉じ込められて残ったままであった。



                    



災いと一緒に希望が入っていたのは、もし希望がなければあっさりと死んで楽になってしまえばいい。 

人間は災いから生き残ることは可能であるが、希望なしに生きることはできない。

しかし、希望があるために人類は苦しみを長い間味わわなければいけない。

よって希望も災いのひとつである、という解釈がされています。


寓話としては、なかなかよくできたお話だと思います。けれども、なにか変だと思いませんか?

「希望が残った」と言えば希望があるみたいですけれど、この場合残ったのは箱の中。

つまり単純に考えれば、人類に希望は行き渡らなかったのではないかと思います。


災いばかりで希望がないとすると、人類などとっくに絶滅しているはずではないでしょうか。

ではなぜ人類が存在し続けているのか、皆さんはどう思われますか?


直線上に配置
    (この絵のイメージは NELLA FANTASIA のご好意で使用させていただいています)