杏っ子 1958年(昭和33年) 邦画名作選
作家・平山平四郎(山村聡)は、妻と娘・杏子(香川京子)、息子と四人暮らし。
杏子にはたびたび縁談が持ち込まれるが、まとまらない。
ある時、知り合いの亮吉(木村功)が、杏子を嫁に欲しいと平四郎に申し出た。
杏子は、父親の勧めに従い、亮吉と結婚して、本郷に新居をもった。
作家志望の亮吉は、結婚後も小説を書き続けるが、世間から全く相手にされない。
彼は自分の書く小説が全く評価されないという鬱憤を、妻である杏子に向ける。
そこには、小説家として成功した妻の父親に対する妬みやひがみが絡んでおり、
劣等感に苦しむ夫は次第に荒んでいくのだった。
1956年(昭和31年)東京新聞に連載された室生犀星の同名自伝小説の映画化。
成瀬巳喜男は、人生の「やるせなさ」を描かせたら天下一品の監督である。
本作でも「夫婦とは必ずしも幸せな関係でない」という前提で物語が語られる。
夫も妻も、不満と愚痴を言い合いながら「なるようにしかならない」といった
諦めの境地で、日々を懸命に生きている。これこそが成瀬流の夫婦観なのだ。
そういった暗く救いようのない物語の展開だけに、父と娘が二人きりになるシーンが
温かく心に感じられる。
ストレスが溜まると、娘は実家を訪ねて、ひとときの間、父親の愛情に心を休める。
父親は、食べ物や身の回りの物を、娘と一緒に「買い物」するという優しさを見せる。
人生は「やるせない」という現実。しかし、それを忘れさせてくれる瞬間もあるのだと
いう希望を描くのも成瀬映画の特色となっている。
製作 東宝
監督 成瀬巳喜男 原作 室生犀星